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★誠意の証

「来てしまった……」


 ケネット商店を目の当たりにして呆然と呟くアーサー。うちの店をなんだと思ってるんだこの野郎。そもそもお前の家の財産だっていうのに。不本意だけど。


 みんなで食事をするにしたって、母さんはまだアーサーを許していない。許さないって言っていた。


 だから、清算しなきゃいけない。完全に水に流すことは出来ないと思うけど、いまのアーサーをちゃんと見てほしい。オレとしてはそのつもりなんだけど……。


「いつまで棒立ちしてるんだ、根性なし」


 アーサーの尻を蹴ってはみる。あれだけ高慢ちきな態度を取っていた貴族の顔はどこに行ったのやら。ため息が漏れる。アーサーはぎろりとオレを睨みつけるが、なにも言ってこない。


 なにをそんなに怖がる必要があるんだか。と、思いはする。けど、想像も出来る。こいつはきっと、拒絶されるのが怖いんだ。オレだけに対してと思っていたけど、そうじゃない。


 いまのアーサーは伯爵子息じゃない。オレと同い年の、普通の人間なんだ。貴族でいた頃は、否定や拒絶とは縁のない生活だっただろう。なにせランドルフ家の一人息子だ。おべっか使われて当たり前。


 経験がないから怖いんだ。その気持ちはわかる。でも、それを乗り越えなきゃ始まらない。オレとアーサーの時間はまだ止まっているんだ。うちに嫌がらせをしていた、あのときから。


「……ここを超えなきゃ、進めないぞ」


「わかっている。だが……」


 まだ踏み出せないアーサー。このまま待っていたら日が暮れそうだ。オレに出来ることってなんだろう。こういうとき、オレはどうしたら?


 ――あ、オレ、この状況知ってる。知ってるから、やれることも見つかった。


「ほら、背筋伸ばせよ」


 アーサーの背中を叩く。優しく。撫でるように、寄り添うように。アーサーは驚いたようにオレを見る。まあ、そんな顔にもなるか。乱暴な対応してたもんな、自覚はある。


 オレに出来るかはわからない。だけど、やってみたい。いつか、オレが落ち込んだときに傍で話を聞いてくれた、リオみたいに。


「オレがついてる。だから大丈夫。気の利いたことは言えないけどさ。オレのこと、信じてよ。自分の言葉で謝れば、絶対大丈夫だから。な?」


 器用なことは出来ない。要領がいいわけでもない。オレに出来ることなんて、真っ直ぐ走ることだけ。言葉に説得力なんて持たせられない。だけどきっと、オレはこれでいいんだ。リオだって、そう望んでるはず。


 アーサーは少しの間、オレと視線を交え続けた。逸らすことはしなかった。信じてほしかったから。そうして、ため息を吐くアーサー。


「……ああ、わかったよ。腹を括る」


「遅すぎるんだよ、馬鹿野郎」


 笑って告げる。後はこいつ次第。なんとかなる、そう信じて傍にいてやればいい。


「オレが先に顔出すから、合図出したら来い。――ただいま」


「うん? ああ、おかえりアレン。どうしたんだい、忘れ物?」


 父さんが不思議そうな顔をする。ついさっき帰ったのに、すぐ戻ってきたからね。母さんはなにか勘づいているようで、少しだけ不機嫌そうだった。


「母さん、客人がいるんだ」


「……連れといで」


 やっぱりわかってたみたい。あとはアーサーが頑張るだけ。あいつなら大丈夫。オレがいるから。


 =====


「――ほら、いいよ」


 店内から僕を呼ぶ声がする。正直、いまも足が竦んでいる。だが、アレンが背中を押してくれた。寄り添ってくれている、だから頑張れる。僕なら、僕だから頑張れる。


 恐る恐る顔を出すと、店長――アレンの母上が僕を睨み付けていた。彼女の顔を見ると、余計に体が固まる。


「……あ、えっと……」


「上がりな。あんた、売り場は任せたよ。アレンもおいで」


「うん、任された。さ、行ってきなさい。アーサーくんも」


「は……はい。お邪魔します」


 父上は母上ほど敵対心はないようだった。いや、隠しているだけか? まずい、警戒心からか疑念が胸を渦巻いている。


 本当に許してもらえるのだろうか。アレンは大丈夫と言ってくれた、しかし信じ切れていない自分がいる。それはあいつに失礼なのではないか?


「ほら、しゃんとしろ」


「は、あ、ああ……」


「言ったろ? オレがいるから大丈夫、信じてくれよ」


 笑うアレン。その顔は、僕に勇気をくれる。絶対に大丈夫、そんな気がしてくる。いや、それでいいのか。そのくらいの気持ちでいないと、成るものも成らない。


 深呼吸を一つ。気持ちを整えろ。僕はいま、戦場にいる。ど真ん中だ。必ず生きて帰る。そのつもりで。


「――よし、行こう」


「ああ、ちゃんと傍にいるから安心しろよ」


 僕の背中をアレンが叩く。もう迷うのは終わりだ。意を決して、階段を登る。


 リビングに到着すると、母上は台所に立っていた。なにか用意している、のか? 薬でも盛られて……いや、さすがにそれはない。息子も一緒に呼んでいるわけだし。なにかあって困るのは店の方だからだ。


 母上がトレイに三つのカップを置いた。テーブルにそれを並べると、僕たちを手招きする。


「突っ立ってないで座ったらどうだい」


「そうだね。さ、座ろう」


「あ、ああ……失礼します」


 正面に母上、隣にはアレン。重苦しい沈黙が始まる。


 何気なくカップを覗く。湯気が立っている。香りから察するに、紅茶だ。勿論、淹れたて。熱々だ。話の最中にかけられたりしないだろうか……考え過ぎだ、失礼が過ぎる。


「――で? 話があるって?」


「うん。ほら、アーサー」


「……え、えっと……ご無沙汰しております」


「あんたの顔なんて見たくなかったねぇ。今更なんの用だってんだい」


 辛辣な言葉。だが、当然だ。それだけのことをしたのだから。つい目を伏せてしまいたくなるが、それじゃいけない。僕は謝りに来たんだ、これ以上誠意を損なう真似をするな。自分に言い聞かせる。


「……私がこれまで行っていた、商品の独占、そして数々の非礼を、謝罪に参りました」


「頭下げて許されるもんかい」


「それで結構です。許していただく必要がございません。この場は私の我儘で設けられたものです。お時間も取らせません」


 僕は椅子から降り、膝を折る。両手を床に着き、上半身を倒す。リオから聞いた誠意の証、ドゲザだ。果たしてこれが母上に通じるのか。僕にはわからない。


「――大変申し訳ございませんでした」


 アレンはなにも言わない。僕としてはそれでよかった。口出しされるより、見守ってくれていた方が気持ちが楽だから。


 沈黙が続く。やがて聞こえてくるため息。それは母上のものだった。


「貴族の坊ちゃんが庶民に頭を下げるんじゃないよ、みっともない」


「みっともないとしても、私に出来得る精一杯です。恥ずかしながら、傲慢で甘えた人生でした。誠意の伝え方などこれしか知りません。肩書などこの場には不要。一人の人間として、誠意を尽くす限りです」


「……ああ、まったく。なんだってんだい」


 呆れたような、困ったような声。僕が誠意を示すことがそんなに不都合なのだろうか? 毅然とした声を取り繕ったところで、心は震えたままだ。だが、中途半端な真似はしない。アレンの前で、格好悪い姿を見せてたまるか。


 ――そうして、また深いため息。


「もういい、顔上げな」


「は……え?」


 言われるがまま顔を上げれば、母上はそっぽを向いていた。アレンを一瞥すれば、笑っている。いったいなにが起こったんだ? 状況の理解が出来ない僕を他所に、母上は口を開く。


「こっちとしては一生憎たらしいガキでいてほしかったんだがねぇ。そこまでされて突っ撥ねるほど、あたしゃ性格悪くないんだよ」


「え……えっと……? これは、いったい……」


「察しの悪い子だねぇ、言わなきゃわからないのかい!」


 ど、怒鳴られた……僕がなにをしたというんだ? さっぱりわからない。困惑する僕を見兼ねたか、アレンは笑う。


「母さん、許したみたい」


「え……何故だ?」


「ちゃんと伝わってことだよ。だから言っただろ、大丈夫だって」


 あっけらかんと告げるアレンに、猶更困ってしまう。僕のドゲザにいったいなんの効果があったのだろう? 誠意は伝わった、ということでいいのだろうか?


 だが、こんなにあっさりと許しを得られるとは思っていなかった。些か出来過ぎではないだろうか? 猜疑心がじわじわと湧いてくる。


「お前、まだ疑ってるだろ」


「え? あ、ああ……まあ、多少は……」


「ほーう、そうかい。疑り深い坊ちゃんだねぇ」


「はっ!? 失礼致しました、ご厚意を無碍にするような真似を……!」


 慌てて頭を垂れるが、母上の苦笑が聞こえた。


「あんたも忙しないねぇ。どっしり構えたらどうだい」


「ど、どっしり……?」


「びびらなくていいってことだよ。ほら、とりあえず座れ」


 無理矢理立ち上がらされた僕は、再び椅子に腰掛ける。目の前には紅茶のカップ。これは飲んでいいものなのか……? いや、飲んでいいんだろう。出なければ三つも用意するものか。


 だが手が伸びない。まだ、僕が僕を許していないんだ。二人は許してくれているのに。自然と、目を伏せてしまう。すると――


「まぁーったく! あんた本当に男らしくないねぇ! しゃんとしな! 背筋を伸ばす!」


「ハ、ハイッ!?」


「同感! いつまでじめじめしてるんだ! 大丈夫だって言ったし大丈夫だったってのに! っていうかせっかく淹れたんだから飲めよ! 冷めるだろうが!」


「わ、わかった! 飲む! 飲むから!」


 ケネット家からの猛攻についたじろいでしまう。なるほど、アレンは母上似か……いやそこはどうでもいいんだ。ひとまずは紅茶に口をつける。温かく、ほのかな甘みを感じた。


 どうしてだろう、つい――目頭が熱くなった。必死に隠すもそれすら見抜かれ、二人から追撃の説教を貰う羽目になったのは、他の面々には内緒にしたい。

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