あの親にしてこの子あり
「ただいま……って、なに? なんでみんなにやにやしてるの?」
アレンくんが戻ってくると、メンバーたちは微笑ましそうに彼を見つめる。まあ、アーサーくんの怒号を聞いた人にしかその表情は出来ないよね。かくいう私もにっこり笑顔。
当のアーサーくんはというと、むすっと唇を尖らせてそっぽを向いた。かわいい子だな。
「……よく戻ってきたな」
「なんだよ、王様みたいな口振り。それにその顔、ムカつくぞ」
「どの口が言ってるんだ、まったく……」
「どの口が喋ってるのか見えないのか? どうしたんだよ、アーサー」
「お前にはわからないだろうな」
「なんなんだ、急に面倒臭いな……?」
困惑するのも無理はない。アレンくんの気持ちとしては、ご両親と確執のあるアーサーくんを連れて行けないと判断しただけだろう。ただ、それを直接言わなかった気遣いがこの事態を招いている。
誰もなにも悪いことはしていないんだけど、思春期って難しいね。私がフォローに入った方が良さそう。
「まあまあ。言いたいことはあるだろうけど、ひとまずはアレンくんの話も聞こっか」
「あ、うん。いま、実家に帰ってたんだ。みんなでご飯食べに行ってもいいかって相談をしたくてさ」
「リオちゃんから聞いてるよ。んで、結果はどーだったんだ?」
「オッケーだって。毎日は無理だけど、週に二回くらいなら」
この世界では一週間が十日。つまり、五日に一回は十分な栄養を確保できる。それはありがたい。ただ、私としてはやはりアーサーくんが懸念材料だ。ご両親――特にバーバラさんと確執のあった彼が除外されたりしていないだろうか?
アーサーくん自身もそれは感じていたようで、少しだけ表情が強張っている。まあ、やったことがやったことだから仕方ないか……反省出来るのはきみのいいところだけどね。
彼の不安などいざ知らず、みんなは思い思いの表情を浮かべてた。
「アレンの母ちゃんが作ってくれんの?」
「そうだよ、オレも手伝うけど」
「ぼくもお手伝いしますよ!」
怪訝そうなギルさんだが、アレンくんの料理の腕は私が保証する。それだけで安心感がワンランク上がった。彼はね、家事の出来るいい男ですよ。
エリオットくんも嬉々として名乗りを挙げていた。アレンくんもありがとうって返してるけど、あまり難しい作業をさせる気はないと思う。気持ちはちゃんと受け取ってくれるだろうけどね。
イアンさんが深々と息を吐いた。嫌なものではなく、なにか思うところがあるようなものだった。
「他人の作った飯なんて何年食ってねぇだろうなぁ……」
「皆で食卓を囲うという経験は貴重なものです。私としても楽しみですね」
「家庭料理に舌鼓を打つのなんていつ以来だろう、僕も楽しみだよ」
大人たちも、みんなでの食事に想いを馳せている。オルフェさんは特に感慨深いだろう。なにせ根無し草だ。家庭料理に触れることだってそうなかっただろう、意図的に避けてきたとも考えられるか。
みんなが和む中、一人。見る見るうちに表情に影を落とすアーサーくん。いよいよ心配になってきたのだと思う。大丈夫、と声をかけてあげられないのがつらいところ。
そのとき、アレンくんが彼を見た。肩を竦めて、ため息。
「お前を連れて行けなかった理由、わかったか?」
「ああ……痛いほど実感している……」
「なら話は早いや。謝りに行くぞ」
「……え?」
顔を上げるアーサーくん。アレンくんは困ったように笑うばかり。
「父さんはともかく、母さんはまだお前を完全には許してないぞ。だから、ちゃんと謝ろう。そしたら許してくれるさ」
「……そうだろうか」
「オレがこう言ってるんだからそうなるんだよ、下向くなって」
「だが、僕にはそう思えない……」
やけに悲観的だな、この子。真面目だからだと思うけど、さすがにこれはアレンくんが黙ってなさそうな気がする。だって彼、お母さん似。髪の毛だけじゃなく、性格も結構似ている気がするし……。
ちらりとアレンくんを見れば、口の端がぴくぴくしている。あ、これ秒読みだ。案の定、彼はぐしゃぐしゃと頭を掻き乱し、叫んだ。
「あーもう! お前のそういうじめじめしたところ、本当に腹立つな! オレの言葉が信じられないのか!?」
「じめじめ……!? それに腹が立つってなんだ!? 僕は真剣に悩んでいるのに……!」
「悩む時間が無駄なんだって! オレが大丈夫って言ったら大丈夫なんだよ! お前がいやでもだってって言ったところで結果は変わらないから! いいから黙ってオレについてこい! いいな!?」
「なんだその横暴な……!」
「返事は『ハイ』だ! やり直せ!」
「ハ……ハイ……」
うーん、あの親にしてこの子あり。やっぱりアレンくんはバーバラさんにそっくりだ。有無を言わさない、頼り甲斐のある感じ。すごく好感が持てるけど、尻に敷かれるアーサーくんが妙に様になっているのは不思議な気持ちである。
「ここにもかかあ天下があったとはねぇ」
「アレンは母ちゃん似ってのがわかったな……」
呆れたように笑うギルさんと、身震いするイアンさん。両者の反応を見るのも面白い。
ところで、ここにもってなんだろう。どこかで見たのかな? あ、私とイアンさんか。
私は違います~。社会人の礼儀を粛々と語ってただけです~。なんて言ったところで、ではある。
アレンくんはアーサーくんの襟をぐいと掴む。この辺りは男の子だから、かな? バーバラさんから譲り受けたところ……ではないことを祈る。
「ほら、早く行くぞ。自分で歩け」
「わ、わかっている! だからあまり引っ張るな!」
「行ってらっしゃい、二人とも。気を付けてね」
足がもつれたアーサーくんと、躊躇のない足取りのアレンくんを見送る。なんとなく沈黙が続いたけど、ギルさんが笑い声をあげた。
「ハハッ、なんだあれ? あいつらっていつもあんな感じなわけ?」
「二人は友達ですから! ……でも、友達ってあんな感じなのかな……?」
エリオットくんの疑問もまあわかる。一般的にイメージする友達とはまた違うもんね。彼らの場合、なんていうか、友達って言葉も微妙にしっくり来ない。友達以上の関係だと思うけど。
「彼らの間には、友情以上のものが窺える。積み上げてきたものがあるんだろう、知り合って日が浅い僕たちと違ってね」
オルフェさんの言葉は尤もだ。アレンくんとアーサーくんは唯一、過去に繋がりがあった。アレンくんとギルさんも交流はあったけど、あくまで店員とお客さんだったしね。
彼の言葉を聞いてか、ネイトさんは興味深そうに息を漏らした。
「友情以上のもの、ですか。いずれは私たちの間にも芽生えてほしいものですね」
「どうだかなぁ……友情以上のものってなんなのか、俺にはわからねぇや」
興味津々なネイトさん。人との繋がりを大切にしつつあるのは喜ばしいことだ。
対して、イアンさんは少し不安げ。あまり人に深入りしないように生きてきたのかな? わからないけど、みんなといろんなことを乗り越えて行けたら、きっと芽生えていますよ。
「ひとまず、彼らの帰りを待ちましょうか。一旦解散で。皆さんも部屋でやることあるでしょうし」
「それな。はー、復習が一番面倒臭ェや……」
「復習したら、すごく成長出来ると思いますよっ!」
「エリオットの言う通り。さ、頑張ろう。本気には本気で返してあげないとね」
「へーへー、わかってますよ。そんじゃ、お先に」
「お疲れ様です。エリオットくんとオルフェさんも」
部屋を出ていく三人の背中を見届けて、イアンさんとネイトさんもあくびを漏らした。ようやく気が抜けた、といった様子だ。
「さて、俺たちも部屋に戻るか。うっかり寝ちまわないようにしねぇと……」
「同感です。良ければご一緒にいかがです?」
「お、そうするか。気も紛れそうだし。ってことだ、お先に」
「お疲れ様です、お二人とも。頑張ってくださいね」
大人組も去り、一人。みんな、それぞれ頑張ってくれている。体力も余裕がありそうだし、路上パフォーマンスの件も本気で考えていいかな?
なんにせよ、私にとっても頑張りどきだ。いまに見ていろレッドフォード帝国。この暗い空を、満点の“星”で満たしてやるからな。