★行方
帰りの馬車の中、僕はアレンの言葉の意図をずっと考えていた。
僕にも言えないって、いったいなにをするつもりなんだ? いやそれより、僕が同行するのを善しとしないのは何故だ。なんとなく胸がざわつく。
「アーサーくん、そんな顔しなくても大丈夫だよ」
「は……僕、どんな顔をしていた?」
リオの言葉で我に返るが、自分の表情なんて見えっこない。彼女はクスッと笑って人差し指を眉毛に添えた。その指先は、眉間方向に下がっている。心なしか、目つきも鋭くしているように見えた。
「こんな顔」
「……まあ、なんだ。愉快な顔ではないな……」
「アレンくんのことで悩むのは程々にね」
「べ、別にあいつのことで悩んでいるわけではいない!」
つい声を荒らげしまう。視線が集まる。くっ、恥ずかしい……ここにいないのに僕を辱めるなんて、あいつはなんなんだ。少しだけ腹立たしい。
「アーサーさん、アレンさんのことが本当に大好きなんですね!」
「だっ!?」
爛々とした視線を向けてくるエリオット。無邪気の恐ろしさを目の当たりにして声が裏返ってしまった。ああ、皆の視線が痛い……特にギルさん。顔が怖い。にんまりしている。僕、おもちゃにされるんじゃないか……?
ひとまず、エリオットの言葉を否定しなければ。このままだと僕が本当にアレンのことが大好きという話になってしまう。
「エ、エリオット……僕は決してアレンのことが好きというわけでは……」
「違うんですか?」
「あ、いや、違う……いや、違わないんだが……なんて言うのが適切か……」
「ハハッ、そんな困ることかよ? 可愛いとこあんじゃん、アーサー」
愉快そうに口の端を吊り上げるギルさん。ああ、思った通りだ。やはり彼は目敏い。隙を見せたらここぞとばかりに突いてくる。油断ならない人だ。
「ぼ、僕は別に可愛くなんて……」
「ふふ、否定することでもないだろう? 愛らしいという感情に性別は存在しないさ。受け入れた方が楽だよ、自分の一部なんだから」
オルフェさんの追撃が胸に突き刺さる。この人、なんの悪気もないと思わせてくる。質の悪さだけならギルさんと同等だ。彼とはあまり友好的な関係ではないように見えたが、こういうときに息を合わせて来る辺り、波長は合うのかもしれない。
居た堪れない空気だが、イアンさんが「まあ」と声を上げた。助け舟を出せる、いい大人だ。
「ま、アレンが心配だろうがどんと構えとけ。勝手にどっか行くような奴でもねぇだろ」
「彼は我々の象徴です、無責任に行方を眩ますことはないかと。アイドルという未知の仕事に対しても積極的に挑んでいるのが窺えます。故に、アーサー様の心配は杞憂に他ならないかと」
ネイトさんまで乗ってきた。待て、大いに誤解されている気がする。僕は別にあいつの心配しているわけじゃないのに。
「リ、リオ……」
元はと言えばリオが僕の表情に触れたからこんな流れになったんだ。責任は取ってくれ。彼女と目が合うと、曖昧に笑うばかり。悪い女だ。
ここまで来れば、もう否定するのも面倒だ。アレンについて思っていることを話してしまおう。
「……はあ、まあ、気がかりなのは間違いないです」
「ふふっ、やっぱり」
私の目に狂いはない、とでも言いたげにリオは笑う。もういちいち指摘する気もない。
「僕とあいつは、長い間すれ違っていました。和解出来たのはつい最近のことです。だから、その……同行を断られてしまったのが何故か、気になってしまって……またなにかしてしまっただろうか、と……」
「やっぱりアレンさんのこと大好きじゃないですか」
「エリオットくん、しーっ……」
リオが人差し指を唇に添える。エリオットはハッとして口を手で覆った。その気遣いは鳩尾に拳が埋まるような痛さがあった。
優しさはいつも温かいわけではない。こんなに鋭く突き刺さる優しさもそうそう経験できるものではないだろう。
「とにかく……僕が一緒にいると不都合な寄り道、というのが、なんだ……気に食わないんです」
「うん、可愛らしい悩みじゃないか」
「それな。乙女じゃん」
オルフェさんもギルさんも茶化すのが上手なことだ。二人の口を仲良く縫い合わせてしまいたい。ある意味、父上が最も恐れていたことだとさえ思ってしまう。
笑い者とは異なるが、ランドルフ家の跡取りが「可愛い」だの「乙女」だの言われては示しがつかない。
貴族の息子として扱われたくない、と申し出たのは僕だが、この扱いは完全に予想外である。見兼ねてか、イアンさんが再度口を開く。
「ま、アレンにもなにか意図があって断ったんじゃねぇのか? お前がいると先方がブチ切れるとか」
「アーサー様はランドルフ家のご子息です。それほどの恨みを買うようには思えませんが……」
「ああ……はは、はあ、そ、そうですね……そうだと、いいですね……」
ケネット商店との確執を話していないと、そうなるか。話してしまってもいいのだが、余計な詮索や憶測は避けるべきだろう。適当に笑ってごまかしていると、リオがおずおずと手を挙げた。
「えっと、言っていいのかわからないけど……」
「アレンの行方を知っているのか?」
「その……ご実家に帰ってるみたいで……」
「は?」
「みんなでご飯を食べに行っていいか、ご両親に相談しに行くって……」
「……そういうことは隠さずに言えばいいだろう! あの馬鹿!」
――早朝のミカエリア。出勤や買い出しで人々が行き交う中、僕の怒りが木霊した。