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きみはきみのまま

「……皆さん、意外と余裕……?」


 屍のように横たわっていると思っていたけど、各々ストレッチに精を出していた。体力に余裕がある? ミランダさんが優しくなった? いやいや、あの様子だと本気で指導していた。


 まだ二日目、慣れたとは思えない。なにがあったんだろう? きょとんとする私を見て、みんなも同じ顔。真っ先に返事をしたのはアレンくんだった。


「おかえり、リオ。余裕……とは言えないかなぁ」


「でも、昨日は屍みたいだったのに……」


 昨日の今日でこれなのはさすがに違和感だった。依然、理解が追いついていない私にアーサーくんがため息。


「他に表現がなかったのか……? 疲れているのは事実だが、倒れる程じゃない。それだけだ」


「基礎練のキツさを知らなかったから、ってのがでかいわ。やることさえわかっちまえばどーってことねーよ」


 疲れを顔に映しながらも、あっけらかんと言ってみせるギルさん。なんだかんだ要領良さそうだもんね、あなた。大見得切った手前、こうでなきゃ困るっていうのも本音だけど。


「私たちの中ではギル様が最も余力があるように見えますね」


「確かにな。運動とかやってたのか?」


「いえ、別に? 現状、同じ動きの繰り返ししかやってないでしょ? 体の動かし方さえ掴んじまえば初日みたいにはならねーっすよ」


「ふふ、ギルは天才肌なのかもしれないね。末恐ろしいよ」


 微笑を湛えるオルフェさんだが、実際その通りだ。要領良く吸収を続けていけば、そのうちグループ内で一番のパフォーマンスを身に着けるかもしれない。


 センターのアレンくん以上に脚光を浴びるのは避けたいところだが、成長を阻むのは私の主義に反する。それに、人々の心に訴えかける力は、身に着けようと思って着くものではない。あまり不安視する必要もないか。


「ぼくもギルさんみたいになれたらなぁ……」


 羨ましそうに呟くエリオットくん。天才肌、っていう言葉に惹かれたのかな? 事情的にも目立たなきゃいけないし、憧れがあるのもわかる。でも――


「エリオットくんにはエリオットくんの良さがあるよ。それを捨ててまでギルさんみたいになる必要はないの」


「そーそー。俺は俺、お前はお前。その方が選択肢があっていいじゃん」


「選択肢?」


 首を傾げるエリオットくん。まあわからなくて当然か、ギルさんみたいにパフォーマンス慣れしてる人にはわかるんだろうな。


 だけど、理解したのは彼だけじゃなかったようだ。拳を顎に当てたアーサーくんが続く。


「僕たちを知ってくれた人たちが、誰を応援したいと思えるか。七人がそれぞれ違った個性を持つならば、獲得できるファンの層も広がるということですね」


「アーサーくんの言う通り。ギルさんが二人いたら、どっちを応援したらいいか迷っちゃうでしょ? エリオットくんを応援したい、って思う人は絶対いる。羨んでもいいけど、エリオット・リデルっていう一人の人間も大事にしてあげてね」


「うん……? うーんと……ぼくを大事にする?」


「深く考えずともいいさ。きみの望むままに挑んでいけばいい。そうすれば、きみはきみのまま強くなれるよ」


 オルフェさんの表現で伝わるだろうか、エリオットくんには難しい気がする。案の定、ピンと来ていない様子だった。


「簡単に言うと、いまは目の前のことをいっぱい頑張るといい、ってことかな?」


「うーん……まだよくわかってないですけど、いっぱい頑張ればいいってことはわかりました!」


「私もお供しますよ、友人ですので」


 ここぞとばかりに口を挟むネイトさん。初めての友達だからかな、エリオットくんとは関わっていたいみたい。依存にならないように気を付けてほしいところ。


 エリオットくんは彼の手を握って「一緒に頑張りましょうね!」と目を輝かせていた。この二人、本当に微笑ましいな。アレンくんとアーサーくん、ギルさんとオルフェさんはこういう素直さ、ないもんね。


 そのとき、扉がノックされた。呼び込むと、顔を見せたのはアメリアさんだった。


「失礼、馬車が来たみたいよ」


「あ、すみませんわざわざ……」


「構わないわ。今日もご苦労様。明日も頑張って頂戴ね」


 それだけ言って、部屋を去るアメリアさん。思ってたよりあっさりしてるな……? あんまり期待してないってことだろうか。去り際の顔からはなにも窺えなかったし、深く考える必要もないか。


「それじゃあ、皆さん帰りましょっか」


「あ、ごめん。先に帰っててくれる?」


 代わりに、アレンくんの言葉に頭を使うことになった。一緒に帰ればいいのに、どこか寄りたいところがあるのかな? 私が問うより早く、アーサーくんが声を上げた。


「寄り道なら僕も行くが……」


「あーいや、アーサーは……」


 言いにくそうなアレンくん。目を逸らすのも不信感が募る。なにを躊躇うことがあるんだろう、他ならないきみたちの仲で。


 その疑問は私だけのものではなく、勿論アーサーくんも抱いていた。ただ彼の場合、アレンくんほど強引ではない。自分がついて行ってはいけないと拒絶されたことにしょげているようだった。


「そうか……道中、気を付けるんだぞ」


「わかってるよ、子供扱いするなよな」


 つっけんどんな態度を取ってこそいるけど、アレンくんの表情は少し緩んでいた。まったく、きみたちの仲なんだから素直に言えばいいものの。


 話は済んだ、とわかっただろう。ギルさんがあくびを漏らした。


「そんじゃ、行こーぜ。お先に」


「ギルさん、待ってくださーい!」


「エリオット様、転ばないように」


 先んじて部屋を出るギルさんと、走り出すエリオットくん。その背中をネイトさんが追った。本当に、エリオットくんが絡むと一気に和やかになるな。それもまた彼の才能なんだけど、気づかないままの方が効果はありそう。


「僕たちも行こうか、御者を待たせるわけにもいかないしね」


「ええ、そうですね……」


「しょぼくれてんじゃねぇよ、今生の別れじゃあるまいに……アレン、夕飯までには帰って来いよ。午後六時が文化開発庁の門限だ、いいな」


「大丈夫です、お昼過ぎには戻りますよ。お疲れ様です」


 門限、という言葉に苦笑するアレンくん。やっぱりイアンさん、その辺厳しいよね。っていうか、過保護……? このご時世、あんまりいないタイプのお父さんって感じがする。いや、異世界の家庭環境はよく知らないけど。


 どこに行くつもりかは知らないけど、私にだけこっそり教えてくれたりしないかな? いや、さすがに無理か。心配には心配だけど、危ないことをする子には見えないし、大丈夫か。


「あ、リオ」


「はぇ?」


「相談なんだけどさ、少しいい?」


「うん、なにかな?」


 ちゃんと相談してくれるのね、きみはやっぱりいい子だ。イアンさんとオルフェさんにも見習ってほしい。アレンくんは注意したらちゃんと気を付けてくれる立派な子ですよ。


「これから店に帰ろうと思ってたんだ」


「あ、そうだったんだ。お店の手伝い?」


「それもしてくる。でもそれが目的じゃなくてさ……夕飯、みんなで食べに行っていい? っていう相談がしたくて」


 やっぱり実家の味が恋しくなっちゃう年頃なのかな? いや、若い子ってそういうの感じるものなのか? でも、迷惑じゃないだろうか。だって七人と私でしょ? 結構な量を用意しなきゃいけないと思うけど……。


「勿論、両親に相談してみてからの話。定期的には無理だと思うけど……オレたち、いま自炊してないでしょ?」


「……私の不徳の致すところ」


「あっ、違う違う! リオを責めてるわけじゃないよ! 出来合いの総菜とかお弁当は手軽でいいけど、やっぱり栄養ある美味しいご飯もたまには食べないと体力もつかないかなって思っただけ!」


 そのフォローもいまは痛い。私が料理を頑張れば済む話だというのに……気遣ってくれるのは嬉しいけど、それは時として鈍器にもなり得ることを知っておくといいかもね。


「リオ! なにしてんださっさと来い!」


「は、はい! いま行きます! じゃ、じゃあ私行くね、アレンくんも気を付けて!」


「うん、ありがとう。リオたちも気を付けて。それと、あんまり気にしないでね。母さんのご飯が恋しくなったのも事実だし」


「かっわ……じゃなくて、わかった! また後で!」


 うっかり本音が出かけたけど、イアンさんにシメられるのは御免だ。急いで合流しないと! 慌てて駆け出して、盛大に(つまづ)いたのはアレンくんと私だけの秘密である。

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