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★片鱗と決意

 夕暮れの丘は幻想的だ。眼下に広がる青い海と、夜を迎える前の赤い空。水平線で交わる青と赤は、思わず息を飲む美しさだった。


 アレンと共に訪れた僕は、懐から小さな球体を取り出す。これも叡煙機関(えいえんきかん)の一種で、近距離の音声を録音することが出来る。決して安価とは言えないが、商談や会議の際には心強い道具である。


 最も海に近い場所、そこに立つアレンの背中はかつてないほど大きく見えた。一皮剥けた、とでも言うべきか。なにがこいつを変えたのだろう。僕にはわからない、わからなくてもいいんだ。


 ――アレンが一歩先にいる。その事実さえわかればいい。


 遅れを取りたくない。僕にそう思わせるのは、後にも先にもこいつだけだと思う。負けられない、負けたくない。他の誰にも隣を譲りたくない、絶対に。


「いまなら歌える――紡げる気がするんだ」


「心に素直に歌えばいいさ、お前はそれでいい」


 ずっとそうしてきたなら、今更やり方を変える必要はない。アレンにはアレンのやり方がある。培ってきたものを存分に発揮できる、他の誰にも真似できない――“スイート・トリック”にだって見劣りしない才能を見せつけられるはずだ。


 夕暮れの水平線を見据えるアレン。録音の準備を始める。深呼吸を繰り返し――歌った。


 聴き馴染みのない曲調、端的で真っ直ぐなフレーズ。アレンの力強い歌声がよく映える、素直な歌。じんわりと胸が熱くなる、自然と口の端が上がる。輝いているのに身近に感じる。強いのに、優しくて柔らかい。


 ――ああ、こうなるのか。


 アイドルというものがどんなエンターテイナーかは知らない。この世界には呼称すらない。それでも、心のままに歌うその姿に、確かにアイドルを感じた気がした。


 そうして、歌が終わる。波の音だけが響く中、振り向くアレン。どこか恥ずかしそうにしているが、なにを恥じらうことがあるのか。


「……キラキラし過ぎてた?」


「あ……どうだろうな。リオに聴いてもらわないと、その辺りは……」


「馬鹿、そうじゃない。お前がどう感じたかを聞いてるんだよ」


 僕がどう感じたか。言語化するのがとても恥ずかしい。どうしてお前があんな顔をしたんだ、僕の方が絶対恥ずかしい思いをするのに。


 だが、ここでそっぽを向いてはなにも変わらない。素直になるべきときなんだ。恥なんて要らない。


「……キラキラしていた、と思う」

 

「へへ、そっか。ならよかった。さ、帰って確認しよう。リオとオルフェに聴いてもらわないと!」


「あっ、こら! 先に行くな! 録音したのは僕だぞ!」


 機嫌よく駆け出すアレン。その背中に、もう迷いや不安は映っていなかった。


 =====


「……これは……」


 それだけ呟いて固まるリオ。


 事務所に戻った僕たちは、リオとオルフェに録音したものを聴いてもらっていた。アレンを一瞥すると、表情が固い。緊張しているのが目に見えてわかる。


 かくいう僕も、この歌が受け入れてもらえるか。僕の感性は間違っていないか。贔屓目(ひいきめ)じゃないか。自分に対する疑念が湧いている。


 固唾を飲んで言葉を待っていると、オルフェが尋ねる。


「これ、即興で作ったのかい?」


「え? あ、うん……オレ、いつもそうやって歌ってたから……」


 おずおずと答えるアレン。やはり不安は感じているようだ。オルフェは「ふむ」と息を漏らして、柔らかく微笑んだ。


「大したものだ。アイドルの楽曲らしい真っ直ぐなフレーズもある、曲調もわかりやすくていい。なにより元気が出る。いい曲だね」


「ほ、本当に……!?」


 アレンの表情が微かに晴れる。だがリオはなにも言わない。やはりアイドルに拘りのある彼女を納得させるには至らないか……?


「……アレンくん」


 ようやく口を開いたが、表情は重々しい。声も低い。アレンの顔が曇った。清々しく歌ったんだ。どうか否定しないでやってくれ。僕の緊張も加速的に高まっていく。


 やがて、リオが俯いた。顔を手で覆い、指の隙間から息を漏らしている。


「……きみ、天っ才か……!?」


 絞り出したような声。僕はアレンと目を合わせ、沈黙。再びリオに視線を戻した途端、彼女の腕が僕らを抱いた。突然のことに妙な声が出てしまう。


「うあっ!? リ、リオ!?」


「な、なんだどうした……!?」


「ウッ……ウェェェエェェ……! きみたち……ほんと、最高……! これ、超いい……! なつっ、懐かしい、気持ちになっ、ウエエェェエエェン……!」


 聞いたことのない声で泣き始めるリオ。そんなに感極まるようなことがあるのか? アイドルは故郷の文化なのだから、里帰りすればいつでも触れられるだろうに。


 帰れない事情でもあるのだろうか。だとしたら、こうなるのも必然なのかもしれない。あれだけ熱を持って語れる、メンバー選抜にも拘れる。そんな文化から隔絶されれば、この泣き方も納得ではある。


 アレンは苦笑している。こんなに感動されるとは思わなかったのだろう、安心こそすれどこの反応には困っているようだ。


「自信なかったけど、リオがこんな調子なら大丈夫そうかな……?」


「そう捉えて支障ないだろう……リオ、いい加減離れてくれ。そろそろ苦しい……」


「はっ、ごめんなさい! はしたない真似を……!」


 我に返るとすぐさま飛び退くリオ。本当に感情の忙しない奴だ。


 リオは改めて歌を聴き直している。多少冷静になったおかげか、表情は真剣そのもの。アイドルの楽曲に対して並々ならぬ思いがあるのが顔から伝わってきた。


「……少し言い回しを変えてもいい、かな? ダンスの基礎練習が終わったら話し合おっか。それまでもう少し聴き込んでみるね」


「……わかった! よろしくお願いします!」


「アーサーくん。この叡煙機関、少しの間借りててもいい?」


「ああ、構わない。好きに使ってくれ」


 元々リオかオルフェに預けようとしていたものだ。破壊さえしなければ、どう使うかは彼女たち次第。僕に出来ることはここまでだ。


「さ、アレン。僕たちは部屋に戻ろう。基礎練習を復習しないといけないだろう?」


「うあっ、そうだった……! それじゃあリオ、オルフェ、よろしくね!」


 さては忘れていたな、こいつ。ミランダさんに怒られたらどうなることやら……やっぱり僕がいないと駄目そうか。世話の焼けるセンターだ。


 なんにせよ、収穫のある一日だった。アレンとしても良い流れが出来ただろう。作曲の件は落着した。後は、路上パフォーマンスだ。エリオットと踊るのも難しいだろうが、やり遂げてみせる。


 ――格好つけたいしな。

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