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掴む力

「どういうことですか……?」


 オルフェさんの提案も難題だ。そこまで大きく変えずに、パフォーマンスとして成立させる? いったいどんな設定にすればいい?


 みんなもいま一つピンと来ていないようだが、オルフェさんはネイトさんに向き合う。美しい顔面が見つめ合うのは画になるな……違う違う、いまはそういう空気じゃないでしょ。


「ネイト、例え話をしよう。まぶたを閉じて、イメージして」


「イメージ……」


 すんなりまぶたを閉じるネイトさん。頑固な人だと思っていたけど、意外と素直だ。


 いや、素直というか、真面目なんだ。変に斜に構えていないし、自分が未完成であると知っているからこそなんだろう。ひょっとすると、伸びしろは誰よりあるのかもしれない。


 ネイトさんの準備が整ったところで、オルフェさんが語り始めた。


「きみには信頼できる腹心がいる。彼の存在あってこそのアンジェ騎士団であり、ネイト・イザードでもある。彼の存在が、きみと騎士団の存在を確かなものにしている」


「……はい」


「――ある夜のことだ。きみは一人、ミカエリアを歩いていた。夜風に当たりたい日もあるね。すると、背後に人の気配を感じた。非日常の気配だ、なんだと思う?」


「……私怨、あるいは殺意?」


「そう仮定しよう。振り返ると、一人の男。その手にはナイフが握られていた。ただならぬ気配を感じる――手練れの暗殺者だろうね。きみは丸腰だ、背を向けて逃げることも考えた。だが、選べなかった。それはどうして?」


「……背を向ければ、殺されるからです。あくまで直感ではありますが」


「そう。その男の熟練度は相当なものだ。隙を見せたが最後、きみは真っ赤な血の池に倒れている。体から熱が引いていく感覚がイメージできる?」


「……考えたくはありませんが」


「だから動けない。ううん、違うね。動かないんだ。きみの直感は正しい。冷静に戦況を分析出来ているんだ、それは素晴らしい才能だよ」


 当事者ではない私ですら息を飲む。オルフェさんの語りが巧いからだ。喋りのプロでもあると思い知らされる。


 吟遊詩人として、観客を世界に引き込む力が確かにある。伊達に旅を続けていなかったということか。


「――ところが」


 オルフェさんは目を細めて続けた。その表情に背筋が粟立つ。良くないことが起こる、そう予感させた。表情も、声音も。ギルさんとは違ったベクトルで心を奪う才能を持っている。“スキャン”も侮れない力だ……。


「そこに腹心が現れるんだ。勿論、丸腰で。信頼を築いた仲間が殺意の標的になっている。正義と秩序を尊ぶアンジェ騎士団の要だ、黙って見過ごすはずもない。きみが殺されるのも善しとしない、出来ない。彼は――きみを救おうと男に飛び掛かった」


「……っ、やめ――!」


「伸ばした手は虚空を掴む。目の前で崩れ落ちる腹心、男は足早に去っていく。思わず駆け寄るが、相手は手練れだ。腹心は間もなく息を引き取るだろう。きみがすべきことはなに?」


「……敬意を払って弔うこと。そして、(あだ)を討つこと」


「――はい、ストップ。目を開けて」


 ぱん、と手を叩く音がした。ネイトさんが目を開ける。相当イメージに浸っていたのだろう、途端に息を乱し始めた。


 これが、音色で人々を魅了してきた吟遊詩人。語りには緩急があり、抑揚もある。並外れた表現力はもはや催眠術にも匹敵するだろう。あのネイトさんをここまでイメージに浸らせたのだ、末恐ろしい才能である。


「お疲れ様。酷なことを想像させてごめんね」


「い、いえ……驚きました。腹心が刺される場面が、まるで現実であるかのような感覚だったもので……」


「で、だ。オルフェ、これになんの意味がある?」


 イアンさんの問いかけに、オルフェさんは笑う。ネイトさんを一瞥し、彼に囁く。


「思い出してごらん。彼、きみの腹心を刺した男に似ていないかい?」


「なっ!? お前なに言って……!」


「言われてみれば……面影が……」


「んなもんねぇわ! 例え話っつったのはお前だろうが!」


「そう、例え話。こういう風に、イメージを鮮明に作り出す練習をしよう。そうすれば、ネイト。素直なきみは“自分じゃない誰か”になりきることが出来るはずさ」


 目から鱗、みたいな顔をしているネイトさん。自分じゃない誰かになりきる、なんて彼の人生には存在しない考えだっただろう。そもそもこの世界、お芝居という概念が日本以上に明確に存在していない気がする。


 “スイート・トリック”の道化師――確か名前は、ジェフさん。彼のように演じることを生業とする人はいるだろう。ただ、ピエロを演じることと自分以外の誰かとして生きることはまるで別物だ。


 彼が参考にならないというわけじゃなく、この世界にお芝居という文化が根付いているか。それによって、この二人のパフォーマンスは毒にもなり得る。


 アンジェ騎士団のネイトさん、宰相を降ろされたイアンさん。この二人が街中でドンパチ繰り広げてみろ、お芝居が存在しないならオーディエンスに不安しかもたらさない。


 クッション役にギルさんでも置いておく? あれ、でもオルフェさんって強制的に眠らせたりできたよね? 置くなら彼か……本当なら作曲に専念してほしいところだけど。アレンくんの進捗次第か。


「これは一旦保留にしておきましょうか……私もリサーチが必要だと思うので」


「わかりました」


「おう、頼んだ。物騒なことはしたくねぇんだがなぁ……」


 アレンくんを組み伏せた人がなにを言うのやら。ちらりと見れば、彼も怪訝な眼差しを向けている。わかるよ、その気持ち。あれはイアンさんとしても不本意だったと思っておこう。


「それじゃあ、今日は解散しましょうか。路上パフォーマンスについてはまた後日、私から連絡します。今日はお疲れ様でした」


 みんなが部屋に帰っていく。その中で、アレンくんだけが残った。真剣な面差しだ。どうしたんだろう?


「どうかした?」


「その……作詞のことなんだけどさ」


 ああ、来たか。アーサーくんのフォローがあっても、やっぱり難しかったかな? となると、私が筆を執るしか――


「――オレたちに、どうなってほしい?」


 そう問う彼の顔は、迷いで歪んでいた。

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