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無限大

 ミランダさんとの打ち合わせも終わり、帰路に着く私とオルフェさん。自然とため息が漏れる。オルフェさんは穏やかな笑みを湛えていた。どうしてそんな顔ができるんだ……。


「不安かい?」


「私は大丈夫です。ただ、緊張しちゃって……」


「ふふ、そう固くならなくていいのに。ミランダは口が悪いけど真面目な人だ、トレーナーとしては申し分ない」


 それはわかってる。ため息の原因はそれじゃない。提案された稽古の時間が、午前五時ということだ。私はともかく、みんなが起きれるかどうか……。


 それに、基礎的なトレーニングから始めるとはいえ、あまりゆっくり鍛えてもらうわけにもいかない。イアンさんが膨大な借金を抱える可能性があるのだ。残された時間は少ない。


 またため息。不意に、頬に指が押し当てられた。オルフェさんだ。だからそういうのやめてください、私が常人なら死んでましたよ。


「きみがそんな顔をしていたら稽古に身が入らないよ」


「あ、すみません、そんな鬱々しい顔をしてました……?」


「うん。巨大な魔物を相手に崖を背負ったときのような顔をしていたよ」


 平成生まれの日本人には馴染みのない比喩ですね。言いたいことはわかるけど。よっぽど絶望的な顔をしていたんだろうな。お恥ずかしい。


 でも、オルフェさんの言う通りだ。私はどっしり構えてなきゃいけない。アイドルのみんなが頑張るんだ、私だって頑張る。私にしかできないことだってある。みんなのケアは、私だけの仕事だ。


 頬を叩いて、気を引き締める。オルフェさんの顔面を真っ直ぐに見つめる。ウッ、顔がいい……でも、もう動揺したりしない。慣れ、なのかなぁ……。


「私、弱いですね」


「仕方ないさ。人間は手を取り合い、支え合う生き物だ。そうすることで、どこまでも強くなれる生き物なんだよ」


「ふふっ、そうですね。たくさんの人間を見てきたオルフェさんが言うなら、きっと間違いないです」


 支え合って、強くなる。私だけじゃない、みんなそうなんだ。誰かが誰かの手を取って、困難に立ち向かっていく。殻を破っていく。私のアイドルも、そうやって強くなっていってほしいな。


「彼らはもっと強くなる。リオ、きみもね。僕に出来ることがあればなんでも言ってほしい。力になるよ」


「ありがとうございます。でも、オルフェさんもですからね? エルフのあなたからすれば、私たちなんて頼りないかもしれないですけど……」


「……ありがとう、嬉しいよ」


 ――あれ? いま、なんか……気のせい?


 一瞬、オルフェさんの顔に影が差した気がした。その顔にすごく違和感を覚えた。彼は実体の掴めない、霞のような印象がある。けれど、見間違いかと思うほどの僅かな時間、とても“人間臭さ”を感じた。


 エルフに対して“人間臭い”なんて、妙な喩えだとは思う。私の言葉で表現するからこうなるんだろうけど、あながち間違っていないような気もした。でも、正しい表現でもない気がする。


「……さ、帰ろうか。皆に報告しなければいけないし」


「あ、は、はい……行きましょう」


 先んじて歩き出すオルフェさん。幻覚だったのかな、そうとも考えにくいけど……。


 頼ってほしい、なんて言われたことなかったのかな。なんていうか、あの顔だもんなぁ。旅先でも依存する人とかいそうだよね。頼られることの方が多かったのかもしれない。


 ひとまず、置いて行かれるわけにもいかない。彼の背中を追って走り出した。


 =====


「お、帰ったか。おかえり」


 文化開発庁の事務所ではイアンさんがペンを指先で弄んでいる。この人、さてはまた歌詞に挑戦しているな……?


「イアンさん、すごく言いにくいんですけど、あなたの歌詞はアイドルの楽曲とは合わないと思います……」


「お、おう……そうか……」


「挑戦するのは良いことだと思うよ。いずれ歌詞を担当することもあるかもしれないし、続けるといい。努力は無駄になりにくいからね」


 オルフェさんは微笑ましそうにフォローしてくれる。イアンさんもいくらか救われただろう。


 それはそれとして、打ち合わせの内容を報告しないと。


「皆さんにお話があります。声かけて来ますね」


「ああ、それなんだが……ギルとネイトが出かけてんだよな」


 ギルさんとネイトさん? どこになにをしに行ったんだ? 全然想像つかない。組み合わせも予想外だし。


 まあ何日も空けることはないだろうし、帰りを待てばいいか。


 アレンくんとアーサーくん、エリオットくんは残ってるのかな? 彼らだけでも先に話しておこう。


 そう思った矢先、事務所の扉が開かれる。


「失礼しまーす。あれ? おかえり、二人とも」


「帰っていたのか。お、おかえり……」


「おかえりなさい、二人とも! 打ち合わせ、どうでした?」


 タイミングよくティーンエイジャーが集結した。ここ三人も一緒にいたんだ? アレンくんとアーサーくんは歌詞を書いていたんだろうけど、エリオットくんも手伝ってたのかな?


「ただいま、みんな。一緒だったんだね」


「歌詞書いたり、喋ったりしてたよ。みんなで頑張ろうな、って話してたんだ」


「はい! いっぱい頑張ろうって思いました!」


 微笑ましい面子だな、この三人は。いい感じに切磋琢磨していってほしいなぁ。若いから大丈夫だね。ティーンの可能性イズ(むげんだい)


 人知れずほんわかしていると、アーサーくんが「そうだ」と声を上げた。


「リオ、アレンが作詞に難航しているようなんだ。アドバイスしてやってくれるか?」


「アーサー! いま言わなくてもいいだろ!?」


 アレンくんの左手が彼の口元をがっちりロックする。めきめき、って音が聞こえてきそうだ。言われたくなかったって伝わったから解放してあげないとね。


「アレンくん、ひとまず離してあげよっか。ガチガチに決まってるから」


「えっ、あ、悪い! 取り乱した……」


「お前……絶対にやり返してやるからな……」


 アーサーくん、般若の顔になってる。人って本気で怒るとこんな顔できるんだ。でも穏やかじゃないから一旦鎮まってもらおうか。どうどう。


「ストップストップ、落ち着いて。それでアレンくん、やっぱり難しい? どこで詰まってる?」


「あーっと……その……」


 言い淀むアレンくん。難航してるのはわかってたけど……これ、デビュー曲に関しては私が書いた方がいい説もある?


 いや、そもそも本来なら私がやるべきなのかもしれない。だってサンプルがないんだもの。やっぱり私が代わった方がいいかもしれない。


「ねえ、アレンくん。やっぱりわた――」


「うーっす、ただいま戻りました。……あん? みんな集まってんじゃん」


「おや、皆さんお揃いでしたか」


 そのとき、ギルさんとネイトさんが帰ってきた。彼の手にはパンパンに膨れ上がった鞄。手品を披露しに行ってたのかな? だとしたら、なんでネイトさんも一緒?


 いや、なんにせよいい機会か。打ち合わせの結果を報告しないと。


「……この話、後でね。おかえりなさい、二人とも。ひとまず、打ち合わせの内容を報告させてもらいますね」


 私の言葉で空気が引き締まったのを感じる。アイドルとして――というか、仕事の話だって、みんなわかったんだね。この点については心配なさそう。ちょっと安心した。

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