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★俺にはできない

「さーて、と。なにすっかねぇ」


 ミーティングも終わり、自室。荷解きはもう済んでるし、アイドルになるったってなにしていいのかわかりゃしない。


 歌って踊るって、なにが必要なんだ? 丸腰の俺に本当に務まるもんなのか? リオちゃんが俺を誘った理由……いまだに、納得はできてない。


 確かに、笑顔を見るのは好きだ。俺の道具――いや、技術が笑顔を生み出してるのは間違いないんだろう。もう卑屈にはならない。けど、俺そのものが誰かを楽しませるコンテンツになるかっつったら、それはまた別な話のようにも思える。


 ……あいつなら、どうしてたんだろうな。もし、あいつが生きてたら? 俺はここにいなかったんじゃねーかな。


「……馬鹿言ってんじゃねーよ」


 生きていたら、なんて。そんな“もしも”になんの意味もない。この瞬間、この現実にしか意味はない。だからこそ――俺なんかがここにいる意味が、きっとあるんだろう。いまは影も形も見えないけど。


 ――悩んだとき、やることは一つだな。


 部屋の隅にある段ボールから、いくつかの手品道具を見繕う。シヴィリア孤児院、ここからは結構な距離だよなぁ……担いでくのも大変だ。けど、あそこで笑顔を貰えりゃ少しは気も晴れるはずだ。


 鞄に一通り道具を詰め込み、部屋を出る。そのとき、ネイトさんの姿が見えた。会釈だけでもしとくべきか?


「ッス、ちょっくら出てきます」


「かしこまりました。どちらへ?」


「孤児院に。手品見せてやりたいんで」


「でしたら、私も同行させていただいてもよろしいでしょうか?」


「は? 別にいいっすけど……」


 この人、なに考えてるのかちっともわからねーんだよな。その点はオルフェと同じで、少し苦手だ。悪い人じゃないのはわかるんだけどな。


 なにか考えがあっての頼みだろう。無碍に断るのも可哀想だ。ひとまず同行させる。礼は言えるみたいだけど、なんか怖いんだよな……。


 城門まで来ると、ネイトさんが急に道を外れた。場所がわからねーなら勝手に歩かないでくれんかね……。


「孤児院はこっちっすよ」


「ええ、存じています。シヴィリア孤児院の最寄駅まで通る馬車があるので、そちらを利用すればと思ったのですが……」


「え、そんなのあるんすか?」


 便利なもんだ。そもそもミカエリアに住んでるったって、行動範囲が東区か孤児院くらいのもんだったから、大きく移動するようなこともなかったんだよな。


 ネイトさんが無言で見つめてくる。なんだ、なにが言いたいんだ? こんなことも知らないなんて、とか言うつもりじゃねーだろうな。


「ギル様はミカエリア出身ではないのですか?」


「……あー、そっか。ネイトさんとはろくに話したことなかったっすね。はい、もともとは帝国の端っこ……フィーツの出身っす」


「フィーツ、確か漁村ですね。海の幸が魅力的な村であったと記憶しています」


「あれ、知ってるんすね。意外でした」


 素直に驚いた。帝国の騎士様にとっちゃ、記憶にも残らないような村だと思っていたから。ネイトさんはこくりと頷き、微かに――本当に微かに、口の端を釣り上げた、ように見えた。


「以前、魔物の駆除依頼を頂いて訪れたことがあります。当時はいまより感性が乏しかったので、いままた海鮮料理に舌鼓を打ちたいと思っています」


「まあ、確かに飯は美味かったっすね」


 ミカエリアの魚料理は、なんて表現するのが適切か……少し、臭い。それは恐らくここが帝都だからだ。叡煙機関のほとんどはミカエリアで生産されているはず。魔力を含んだ煙を取り扱っているならば、なにかしらの影響があってもおかしくない。魚料理がまずいのはそのせいだとは思う。


 そして、頭上。空を隠すような分厚い雲。あれも叡煙機関の影響だ。製造過程で利用した煙が空に滞留している、という話を聞いたことがある。なにかを犠牲にしないと進めないんだ。人間は――というより、世界は。


「ところで、ギル様はどうして孤児院に?」


「え? あー、ガキ共に手品見せてやりたくて。あいつら、いい笑顔くれるから」


「良い笑顔……ですか」


 なにか思うところのありそうなネイトさん。そういや、この人がアイドル志願したのって自分を知りたいとか言ってたっけ。確かに人形みたいな人だもんな。


「はい。ほんと純粋な笑顔なんです。ネイトさんも見てってください。笑顔の参考になるかもしれないっすよ」


「そうですね。学ばせていただきます」


 ――勤勉な人なんだな。


 佇まいからはなに一つわからないけど、そう思わせる真摯さがあった。抑揚もない、表情なんてぴくりとも動かない。なのに、この人はネイト・イザードという人間を十全に表現している。


 道具を使わなきゃ自分を表現できない俺とは、まるで正反対に思えた。無性に腹立たしくて、虚しい。


「……んじゃま、行きますか。案内お願いします」


「承知致しました。こちらへ」


 無愛想に見えるネイトさん。騎士で在ろうとし続けた弊害――それすらも、この人を表現する得物なんだ。丸腰でも、この人は確かに生きている。それを証明している。俺には、できないことだ。


 ――もし。この人が、エンターテイナーとしての自分を見出したら? 役目を奪われた俺なんか、ここに必要ないのかもしれない。

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