表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/200

白羽の矢

「……というわけで、オレが徹夜した結果、意識が途切れてリオに向かって倒れただけです……はい、深い意味や関係性は一切ありません……」


 あれからアレンくんを少し休ませ、事務所でミーティング。あの現場の証言は彼にしてもらった。ギルさんがにやにやと笑みを浮かべている。この人、本当に一回厳しく絞った方がいいと思う。


 アーサーくんはため息を吐く。ある意味きみも当事者だもんね。


「まあ、なんだ……朝から盛んだな、などと思って、すまなかった……」


「ううん、謝らないで……これはね、誰も悪くないの……」


 申し訳なさそうに目を伏せるアーサーくん。本当に、この件は誰も悪くない。むしろ頑張ったアレンくんに功労賞を授けたい。


「それで、イアンさんに歌詞を頼んだみたいだけど……」


「う、うん……オレ、本当にセンスないみたいでさ……なんか、みんなの紹介文みたいになっちゃって……」


 それはそれで見てみたいけど、確かにアイドルの楽曲じゃないね。やっぱり難しいのかな。私が筆を執るべき?


「念のため代えは用意しといた方がいいんじゃねーの?」


 そこでギルさんが手を挙げた。代えってどういうこと? ゴーストライター?


「稽古つけてもらうのはいいけどさ、楽曲がないと振り付けも決まんねーだろ? だから、アレンが筆を折ったときのための作詞家」


「いてくれると助かる……オレ、やり切れる自信がないから……」


「一理ありますね。そうなると、誰が適任かなぁ……」


 白羽の矢を突き立てるのは誰にすべきか。メンバーの顔を見ていく。


 エリオットくん。語彙が足りてなさそう。ストレートな言葉を使うという点では、向いてはいる? あまり任せたくはないけど。


 ギルさん。どんな言葉を綴るかは未知数だけど、挑発的な歌詞になりそう。私のアイドルにはそぐわない可能性が高い。


 イアンさん。今朝見せてもらったけど、なんていうか、口が悪い。ヤンキーがラップしましたみたいな歌詞だった。却下。


 ネイトさん。ものすごく固い言葉しか並ばない気がする。却下。


 オルフェさん。さすがに過労死させられない。却下。


 ……となると、実質一人か……。


「アーサーくん」


「は……ま、まさか……」


「きみしかいない、きみならできる!」


「冗談だろう!? なにを根拠に!?」


「いいんじゃね? 貴族だし教養深そうじゃん」


 ギルさん、こういうときに背中を押すのは見方によっては性格が悪いですよ。この場面においてはいい仕事してますけど。


 オルフェさんも顎に手を当てて息を漏らした。


「アレンのフォローにアーサーが回るのは他のメンバーよりも自然だと思うけれど」


「二人は友達ですもんね!」


「なるほど、友は助け合うものなのですね。これが友情……美しいものです」


「ま、異論はねぇわ」


 よしよし、これで逃げ場はなくなった。この包囲網を逃れる術がきみにはあるかい、アーサー・ランドルフくん。


 アーサーくんはうろたえながらも抵抗の意志を見せていた。往生際が悪いな。


「ぼ、僕にはできない……」


「ふーん、そっか。オレの尻拭いなんてしたくないよな、貴族だもんな」


 駄目押しの一言。アレンくんに言われたら引き下がれないでしょう。男が廃るんじゃないかな。


 唇を噛み、なおも抵抗を続けるアーサーくん。なにが彼の足に鉄球を繋いでいるんだろう。アレンくんは投げやりな息を漏らした。


「ま、いいよ。無理なら仕方ないよな。オレが頑張ればいいだけだもんな」


 無愛想にそっぽを向くアレンくん。私にはわかった。いま、この子は釣り糸を垂らしたのだ。


 口を抉るような鋭い針と、落胆という名の生き餌。他でもないアーサーくん相手だからこそ、抜群の効き目を発揮する。


「ちょっと待て」


 ほら見ろ、男の子って単純だ。アレンくんはしてやったりと口の端を上げた。


「誰が頑張らないと言った? そこまで言われて黙っていられるか」


「へぇー、じゃあ頑張るんだ?」


「あくまでお前のフォローを、だ。僕がいないとままならないこともあるだろう」


「はいはい。頼りにしてるよ、アーサー」


 この二人の関係、すごくわかりやすい。アレンくんはやっぱりお母さん似だなぁって思うよ。たくましいよね、いろいろ。アーサーくんも嵌められたのがわかっただろう、それでも文句を言う気配はなかった。


 アレンくんとアーサーくん、自分たちの関係は自分たちが一番理解しているはずだ。私がいまさらなにを言うこともない。他のメンバーも、それについてわかってきたようだった。


「それじゃあ、歌詞はオレとアーサーに任せて。頑張るから」


「うん、お願いします。オルフェさんとの擦り合わせも忘れずにね」


「とはいえ、二人とも初めての経験だ。伴奏を先に仕上げた方がいいかもしれない。僕も頑張らないとね、真剣に」


 そう語るオルフェさんの表情に、自然と震えた。見たことがない、想像できなかった顔だった。彼はいつも穏やかで余裕があって……そういう、ある種の浮世離れした印象があった。


 けれど、一瞬。ほんの一瞬だけ、彼の顔に真剣さが見えた。余裕のなさ――というか、必死さみたいなものが確かに映っていた。この人、こんな顔をできるんだ……。


「それじゃあ、一旦解散しましょう。私もミランダさんと打ち合わせをしなければいけないので……」


「そうだね。稽古場までは僕が送っていくよ」


「そ、それならオレも行きたいです!」


「お前はミランダさんに会いたいだけだろう……黙って僕と作詞だ、焚きつけておいて逃げるのは許さないからな」


 不貞腐れた様子のアレンくん。この辺りはアーサーくんがブレーキの役目を果たしてくれそうだ。本当に、いいパートナーになりそうだなぁ。


 ひとまずミーティングは終わりだ。私も部屋に戻って身支度しないと。ああ、スーツが恋しい……仕事用の服、調達しないと。私服じゃ気持ちが整わないや……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ