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蜘蛛の糸

 春暮二日、朝の気配を感じて体を起こす。私の隣ではアミィが寝息を立てていた。この子、デバイスという割にはちゃんと生き物してるんだよね。なんか可愛く見えてきた。


 さて、タイムリミットまで六十日を切ったわけだ。イアンさんの破産を回避するためにも、優先順位を間違えないようにしなければ。


 でも、本人の口から言われるまで知らない振りしておくべきかな……? 何食わぬ顔で挨拶して、様子見だなぁ。


 事務所に向かう途中、窓の外に目をやる。城門前が賑わっていた。馬車が見えることから、メンバーの誰かだと察する。この塔に住居を移すわけだし、荷物の搬入で馬車を利用したのだろう。


 アレンくんとアーサーくんはまだ時間がかかるだろうから、ギルさんかオルフェさんかな? イアンさんと一緒に迎えに行こうか。事務所の扉を開ける。


「おはようございまーす」


「おう、おはよう」


 意外と顔に出さないんだ、偉い……と言えるような状況じゃないけど、悟らせないようにしてるならこっちも触れないでいよう。


「城門前に馬車が来てますよ、メンバーの誰かが荷物運んできたのかもしれません」


「ああ、それじゃ迎えに行くか」


 本当に、なんでもないように振る舞う。それが彼の危うさなのかもしれない。全部自分が背負い込めばいい、そう思っている節がある。


 一蓮托生って言ったの、忘れたのかな? わからせてあげないといけないけど、余計なことをして盗み聞きしてたのがバレると厄介だ。いまは目を瞑っておこう。手遅れになる前に、なんとか助けてあげないと。


 塔を降りていくと、忙しない足音が追いかけてきた。振り返ると、エリオットくんの姿が見える。獣人化したからか、身のこなしがとても軽やかだ。興奮冷めやらぬといった様子の表情で私たちに追いつく。


「おはようございます!」


「おはよう、階段は一段ずつ降りようね。転んだら危ないから」


「あ、すみません……誰が来たんだろう、って思ったらわくわくしちゃって」


 しゅん、と落ち込めば耳も垂れる。表情の豊かさにより磨きがかかったと感じた。これはこれで武器になるか……でもこれ、本当に年上キラーとして売り出せる気がする。


 待って、駄目。彼のお姉さんにどう謝ればいいかわからない。未成年のプロデュースは命懸けだ……。


 一人、冷や汗を掻く私を他所にイアンさんが「まあ」と口を開いた。


「荷物の搬入自体は騎士たちが手伝うだろうし、俺らはひとまず迎えるだけになりそうだな。さて、誰が一番乗りになるか」


「ギルさんだったらいいなぁ」


「手品、すごかったでしょ」


「はい! すごく楽しかったです! ギルさん、魔法使いみたいだって思いました!」


「本人に言ってあげるといいよ、絶対喜んでくれるから」


 手品を見たエリオットくんがこんなに素直に喜んでいるんだ、ありがとうって言わなかったらお尻叩いてやろう。ギルさんだったらね。


 城門に到着すると、馬車から荷物が運び出されていた。ギルさん……かと思っていたが、現れたのは優雅な佇まいのエルフ。オルフェさんだった。正直、驚いた。ミランダさんたちの説得に時間がかかると思っていたから。


 オルフェさんは私たちを見るなり、愉快そうに口の端を釣り上げた。何回見ても凶器にしか映らない。並大抵の女なら卒倒するから慎んでください。


「どうしたんだい、その顔。愛くるしいけれど、らしくないな」


「はぇ、はあ……いえ、正直一番最後になると思っていたので……」


「ああ、ミランダのことだろう? 大丈夫、拳骨一発で済んだから」


 それって大丈夫なんですかね。彼女、結構容赦ない拳骨のイメージがあるんですけど。


 本人が大丈夫と言うなら、敢えて心配する必要もないだろう。なにはともあれ、ここに移ってくれるのはありがたい。彼には楽曲の制作を手伝ってほしいから。


 ……っていうか、ちょっと待って。この世界、アイドルテイストの楽曲ってないよね……? ってことは、参考として私が歌う可能性もあるの……?


 オルフェさんやアレンくんの前で歌うの、プレッシャーがえげつない。笑われたりしないかな、という不安が私の呼吸を浅くする。笑い者になるのは嫌だ、社畜時代を思い出す。


「リオは本当に表情が豊かな子だね」


 くすくすと笑うのはオルフェさん。なにわろてんねん。駄目駄目、落ち着いて。いずれ楽曲を提供してもらうことになるんだから。扱いは丁重に。


「ま、なにはともあれお前が一番乗りだ。部屋に案内するからついてこい」


「うん、よろしく。ふふ、きみたちとひとつ屋根の下で暮らすなんてね、楽しみだよ」


「ぼくも楽しみです! よろしくお願いしますね!」


 彼の手を嬉々として握るエリオットくん。爛々と輝く眼差しを受け、オルフェさんはまた微笑んだ。この人、口が動くから余計に駄目なんだ。縫い合わせた方がいいんじゃなかろうか。歌えなくなるからこれは却下ですね。


 それからオルフェさんを部屋に案内する。十畳程度の部屋だが、荷物はそう多くなかったようだ。ベッド、テーブル、椅子、その程度だった。冷蔵庫もないのか。たぶん劇場に備えてあったからだろうね、事務所にもあるし。


「うん、居心地がいいね。部屋は広過ぎなくていい」


「遊びに行ってもいいですか?」


「どうぞ。弾き語りをしてあげよう」


「やったぁ! 楽しみにしてます!」


 わーい、と両手を上げるエリオットくん。尻尾がその喜びを物語っている。ぶんぶんだ。本当に嬉しいのだとすぐわかる。この素直さが年上キラーの可能性を消させないんだね。


「ところで、これからは歌やダンスの稽古もあるんだろう?」


「あ……はい、そのつもりですが……」


「当てはあるのかい?」


「……それなんだが、すまん。依頼の文書を方々に送りはしたが……」


「突っ撥ねられた、と」


 重々しく頷くイアンさん。わかっていたことだけど、残念そうにするべきだろう。まぶたを固く結ぶ。オルフェさんもため息を吐いた。


「アイドルという文化が浸透していない以上、二つ返事で協力するような慈善家はいないだろうね。想像の範疇さ」


「面目ない……」


「大丈夫、拳骨を貰った甲斐があったみたいだから」


「はぇ……? どういうことですか?」


 トレーナーが見つからないことと、拳骨を貰うことと、なんの関係が?


 私たちの疑問に針を刺すように、オルフェさんが人差し指を立てる。その指が、私たちに一筋の光明を差した。


「“スイート・トリック”に口利きしておいたんだ。未来のエンターテイナーに投資してくれないか、とね」


 ――底の知れない暗闇。垂らされた蜘蛛の糸は、なによりも力強いものだった。

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