“視”えてくるもの
春暮一日、午後二時。みんなを事務所に招集した。最難関だと思っていたアーサーがここにいることに驚いてしまう。伯爵、随分素直に送り出したなぁ……失敗すると確信してるから? あるいは、アーサーを見限ったか。
どちらにせよ、いい感情を抱いていないのは事実だろう。それはアーサー自身もなんとなく感づいているかもしれない。敢えて触れる必要もないか。
「まずはお集りいただきありがとうございます。今日集まってもらったのは、改めて皆さんの適性を“視”るためです」
「オレたちを“視”る? 適性なんて見てわかるの?」
「リオちゃん、随分目が肥えてんだなぁ……お手柔らかに頼むぜ」
ギルさんがわざとらしく身震いする。茶化すようなら情け容赦なく言及しますけども。目で訴えると、伝わったのか姿勢を正した。仕事関係の話ですよ、真面目に聞いて。
「でも、ぼくは“視”てもらいましたよ?」
「改めて、ね。エリオットくんは成人を迎えたからまた変わったかもしれないし」
「なるほど。だからエリオット様は耳と尾が生えているのですね」
「あ、あんまり見ないでください……変な感じしますから……」
隠そうとしても手が足りない。あんまりもじもじするんじゃない、男の子でしょ。ネイトさんもまじまじと見ないの。セクハラですよ。セクハラ……? 耳と尻尾って性的なもの……? わからないけど、きっとセクハラ。
「実際に“視”たのはエリオットくん、イアンさん、ネイトさんだけですね。なので、ギルさんとオルフェさん、アレンくんとアーサー様は初めてになります」
「あ……すまない。僕から一つ、頼みがある」
不意に手を挙げるアーサー。いったいなんだろう。神妙な面持ちだけど、この場でする頼み事ってなに? 彼は重々しく……というよりは、どこか面映ゆそうに告げた。
「……ここでは、伯爵子息じゃなく、個人として扱ってほしいんだ。だから、様付けは要らない」
「ふふ、可愛らしいお願いじゃないか。鎧を捨てて裸になったきみも愛してあげよう。よろしくね、アーサー」
「は、裸のアーサー……? 愛する? えっ?」
違う、違うよアレンくん。そうじゃない、絶対そうじゃない。オルフェさんのことだ、心の鎧のことだと思うよ。伯爵子息っていう肩書を鎧に喩えているんだね。
彼は言葉を綺麗に飾るのに肝心なところが抜けている。不安を煽らないでください、私も不安になっちゃったので。
そんな中でもクールなアーサー……くん。うーん、脳内でも違和感があるな。まあ、慣れるだろう。彼は冷えた眼差しでアレンくんを見つめる。
「お前はいったいなにを想像している? ただの比喩だろう」
「アーサーは賢い子だね。アレンはそういう年頃なのかな?」
「どういう年頃の話、それ……?」
まあアレンくんは十七歳だしね、仕方ないか。いや仕方なくない。彼は純粋だから、本当にやめてください。五寸釘の出番はそう遠くなさそうだ。
待って、私がこの空気に呑まれてどうするの。手を叩いて引き締める。
「さて、しっちゃかめっちゃかになる前に始めましょうね。皆さん、並んでください」
ひとまずみんなを横一列に並ばせる。その間に小声で“スキャン”を起動した。目に映るものの詳細なデータが浮かぶ。これもアップデートで改修してほしかったな、情報量が多すぎる。範囲選択とかできないの?
なんの気なしに、アレンくんからイアンさん指で囲う。するとどうだ、しっかりその部分の情報だけが表示された。もっと詳しい説明書を寄越しなさい! 霊魂案内所、本当に転生者に優しくない。
「えっと、それじゃあアレンくんから……」
「うん、お願いします」
項目は五つ。ボーカル、ダンス、パフォーマンス、ビジュアル、カリスマ。さあ、私の目に狂いはなかっただろうか……? 私としても、彼らとしても緊張の時間が訪れる。
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そうして、全員を“視”終わった。結論から言えば、アレンくんをセンターに据えたのは間違いじゃなかったみたいだ。“スキャン”を停止して、ため息を一つ。
「ざっくりですが、一人ずつお伝えします。まずアレンくん」
「は、はい。緊張するなぁ……」
「やっぱりボーカルの適性はダントツだった。力強さは勿論、表現力もある。それだけじゃなく、ダンスやパフォーマンス……えっと、ファンサービスの点でも高く評価できる」
「そんなことまで“視”えるんだ? へへ、ありがとう」
アレンくんは恥ずかしそうに頭を掻く。この素直さは失くさずに、ずっと歌い続けてほしいと思う。みんなに愛されるような、最高のアイドルになってほしい。
次はアーサーくん。視線を移すと、ごくりと生唾を飲んだ。そんなに緊張することないんだよ。
「それで、アーサーさ……くん。特に際立った部分はなかったけど、軒並み高い水準でまとまってる。安定感がある、というイメージで構いません」
「そ、そうか……個性が課題、みたいだな。精進する」
ちゃんと受け取ってくれる。出会ったときがおかしかっただけで、根っこは真面目なんだろう。この姿が本来のアーサーくんだとわかると、応援したくなる。
続いてギルさん。彼はおどけたような仕草を見せるが、きっと虚勢だ。私にはなんとなくわかる。
「ギルさんはパフォーマンスの適性がこの中で一番高かったです。元々それを見抜いた上での勧誘でしたので、案の定ではありました。ファンを喜ばせる、楽しませることに最も長けていると捉えてください」
「恐縮です。リオちゃんのお眼鏡に適うように頑張らせてもらうわ」
余裕めかした口調ではあるが、内心はらはらしていただろう。自信がないような印象があったし。いまは変わろうとしてるみたいだから、信じてみようと思う。
そして、エリオットくん。一回“視”てはいるけど、獣人の体になったからか少しパラメータに変化があった。
「エリオットくんはダンスの適性が前より伸びてる。体が獣人になったからかな? ボーカルが少し頼りないけど、練習次第でどうにでもなると思う。頑張ってね」
「歌の練習……アレンさんに教えてもらって、頑張ります!」
「オレも独学だけどね、一緒に頑張ろうな」
「はいっ! よろしくお願いします!」
この二人は兄弟みたいだなぁ。お互いに刺激し合えるような仲になってほしい。エリオットくんはやる気だし、アレンくんもまんざらでもないと思う。なんだかんだ頼られたい年頃なのかもしれない。一人っ子だしね。
その次はオルフェさん。この人は本当にどっしりしている。泰然自若ってこういうことを言うんだ。
「オルフェさんもアーサーくんと同じで、軒並み高水準でした。吟遊詩人の経験からか、中でもボーカルとパフォーマンスが持ち味みたいです。表現力で魅了する感じ、でしょうか」
「へぇ、吟遊詩人をやっていた甲斐があるね。僕は僕なりにお客さんを楽しませるとするよ」
「顔がいい分、あんたに食われちまいそうだなぁ……」
「僕とギルじゃあ楽しませる方法が違うさ。同じ道を歩んでも、どちらかが翳り燻ることもない。心配要らないよ」
「別に心配なんざしてねーっての、勝手に決めつけんな」
「ふふ、ごめんね。僕らは各々のやり方で楽しませよう」
この二人もある意味刺激し合える仲なのかなぁ。なんていうか、ギルさんがオルフェさんに意地を張って高めていく感じに見える。オルフェさんも、彼に触発されてほしいところではあるかな。
さて、ネイトさんだ。目を向けると、にわかに体が強張っているようにも見えた。本当に、本当に微かな変化だけど。見極められるようになったなぁ。
「ネイトさんは鍛えているからでしょうか、ダンスの適性はとても高いです。パフォーマンスの適性も高めではあるので、楽しませること、喜ばせることを強く意識してみてください」
「楽しませること、喜ばせること……皆様を観察して、学ばせていただきます」
「それは僕にも言えることです。共に頑張りましょう、ネイトさん」
「ええ、是非とも」
意外とここ二人も接点があるんだ。もしかして、アーサーくんを焚きつけたのってネイトさんなのかな? 一緒に頑張る仲間がいるって、いいものだなぁ。アレンくんに妬かせないようにね。
最後はイアンさん。びくりと肩を跳ねさせるが、そんなに怖がることあります?
「イアンさんですが、ネイトさん同様ダンスの適性がとても高いです。加えて、ボーカルも適性があります。両方とも力強さがある、と捉えてください。ファンサービスは恥ずかしがらないように」
「おう……やるだけやってやる……テメェのケツはテメェで拭くよ」
「期待してますからね、よろしくお願いします」
成り行きではあったけど、必要な要素は揃ってる。頑張ってくれる、頑張れる人だと信じている。経歴不明の宰相ではあったけど、国民のことを蔑ろにはしなかった。絶対にやれるはずなんだ、この人は。
「ざっと見ただけですが、こんな感じでした。参考になりましたか?」
みんな頷いてくれる。今後の指針になればいいけど……。それと、もう一つ連絡があったんだ。連絡? というか、相談か。
「それから、皆さんに相談なんですけども……可能であれば、ここに住所を移してもらいたいんです。アレンくん、アーサーくんはご両親の許可が必要ですけど……」
「その方が都合いいよね、相談してみる」
「僕もまあ、大丈夫だろう。父上の様子を見る限り、もうなにも言う気はないようだから」
アーサーの表情は複雑そうだ。寂しそうな、気楽そうな、不安そうな。他人を巻き込んだ親子喧嘩に負い目を感じているのかもしれない。私とアレンくんが迎えたんだから、気にしなくていいのにね。
その点について、一人暮らしの面々は快諾してくれた。さて、そうなるといまはレッスン――というか、トレーナーの確保が最優先事項か。イアンさんが方々に依頼の文書を送ったみたいだけど、それは明日にでも聞こうか。
……願わくば、全滅でありませんように……。