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成人の証

「そういえば、エリオットくん来ませんね」


 事務所で朝食を摂る私たち。ふと気になって話題に挙げてみたが、イアンさんも頷いていた。


「声はかけたんだが、部屋から出てこようとしなくてよ。寝小便でもしたんじゃねぇか?」


「いやいやまさか……ちょっと様子見てきますね」


 エリオットくんの部屋は事務所からそう遠くない。そういえば、他のメンバーはどうしよう。正直な話、レッスンのことも考えたらここの空き部屋を使ってもらいたい。その方が都合がいい。


 今後のことに想いを馳せながら彼の部屋に到着する。耳をそばだててみるが、なにも聞こえない。眠っている? 鍵は……さすがにかかってるか。ひとまずノックしてみよう。


「エリオットくん? 私、リオだけど。起きてる?」


「うわわっ、リオさん!? 起きてます! 大丈夫です!」


「朝ご飯用意してるから、出ておいで。イアンさんも来たよね?」


「だだ、大丈夫です! その辺に置いておいてください!」


「いやそうは言っても……出てこれない事情でもあるのかな?」


「あは、あはは! なんにもないですよ! 大丈夫です!」


 大丈夫です、ってこの短い掛け合いで何回出てきた? 絶対大丈夫じゃない。もしかして本当におねしょ……? いやいや、そんなことないさ。でも、そうなると原因はなに?


 ――ま、まさか……。


 え、いや、相場ではとっくに越えてるはず……ちょっと待って相場ってなに?


 こ、これは触れない方がいいこと、だよね? なんとなく察してあげるのが大人、だよね? どうしよう、男の兄弟がいなかったから、そういうのわからない。


「……リ、リオさん」


「は、はいっ!?」


「……見て、もらえますか……」


「ハイィッ!?」


 ちょーっと待って!? それは駄目でしょ!? いろいろまずいよ!? 絶対良くない! これは大人として諭してあげないといけない! 男の子なら誰でもあることなんだよって! 教えてあげないといけない!


「エッ、エッ、エリオットくん! それは男の子だから仕方ないことなの! わわ、わた、私が確認するまでもないんじゃないかなぁあぁ?」


「でも、こんなの見たことないし……びっくりして……」


「いやいやいやいやだからって……」


「と、とにかく見てください!」


「ちょーっ! ちょっと待って心の準備待って!」


 私のことなど意にも介さず、扉が開かれる。目のやり場はどこに!? 頭、頭なら大丈夫だ! 顎を上げて、視線を落とさなければだいじょ――って、え?


「……リオさん、これ、なんでしょうか……?」


 しゅん、と縮こまるエリオットくん。私はじっと、彼の頭部を見つめていた。


 彼の心情を語るかのように垂れる耳。私の耳とは場所が違う。頭の上にある。加えて、毛が生えている。なんていうか、動物。犬猫に似てる。


 ……えっと、コスプレ……?


 でも彼の反応を見る限り、意図しない耳みたいだけど……でもよかった、下半身の話じゃなくて。安心感から、視線を落とす。と、なんか、もふもふした細長いのが足元に垂れている。根元はお尻の方にあるみたい。


 ……え、本格的だね……?


「あの、リオさん……その、ぼく、どうしちゃったんでしょう……?」


「ど……どうしちゃったんだろうね……?」


 なにが起こったのか、全然わからない。エリオットくん、どういう路線に向かおうとしているんだろう。これ、イアンさんに聞いた方が早そうだ……。


 =====


 ぐずるエリオットくんを宥めながら事務所に戻るとイアンさんが驚いたように目を見開いた。恥ずかしさから顔を隠すエリオットくん。耳も尻尾も隠せてないよ、なにを隠しているつもりなんだろう。可愛いな。


「なんだ、そういうことか」


「イアンさん、エリオットくんどうしちゃったんですか?」


「今日が成人なんだよ、エリオットは」


 ますます意味が分からない。この世界の成人って何歳? っていうか動物の耳となんの関係があるんだろう。


「獣人ってことだ。俺もいま知ったがな」


「獣人……?」


 まあエルフもいるし獣人がいても不自然じゃないか。それより、なんで急に耳と尻尾が生えてきたんだろう。成人って言ってたけど、獣人は人間と基準が違うのかな?


 私とエリオットくんの疑問に答えるように、イアンさんが語る。


「獣人の成人は十五歳なんだよ。んで、成人を迎えた日に体が獣人化するんだ。今日、春暮(はるくれ)の一日がお前の誕生日ってことだろ」


「……そっか、今日、誕生日だった……」


 なんにせよ、耳と尻尾の原因がわかってよかった。けど、どうしてそんなに悲しそうな顔をするんだろう。エリオットくんは誰にともなく呟いた。


「いつも、姉さんがいてくれたから……忘れてました」


 その言葉に胸が詰まった。エリオットくんの時間は止まっていたんだ、お姉さんといた頃のまま。成人になったことで体が変化して、ようやく“現在”に気付いたのだろう。喪失感が彼の顔を曇らせる。


「けどよ、悲観することでもねぇんじゃねぇか?」


 暗い顔のエリオットくんとは対照的に、あっけらかんと言うイアンさん。


「なぜですか?」


「手がかりが出来たじゃねぇか、お前と同じ耳と尻尾を持った女がお前の姉貴ってことだろ。いまはそう思っとけ。せっかくの誕生日なんだからよ」


 彼なりに気遣っているのだろう。こっちを向いていないのは照れ隠しか。強面なのに可愛いところあるじゃないですか、ねぇ。


 エリオットくんもそれに気づいてか、少しだけ表情を綻ばせた。ちゃんと伝わってますよ、よかったですね。


「……ありがとうございます。そうですよね、今日は誕生日ですし」


「有名になればいろんなところで歌ったりもするし、お姉さんと再会するためにも頑張らないとね」


「はい! ぼく、いっぱい頑張ります!」


 なんとか持ち直してくれてよかった。私も私で、これから頑張ることがたくさんだ。


 ひとまずは、またメンバーには集合してもらわないといけない。結局、いまに至るまで“視”れなかった人もいるから。


 ああ、こういうときに携帯電話が欲しくなる……ささっとグループ通話なりメッセージ一斉送信とかで呼び出したい……地球で暮らしていた頃が懐かしい。この世界では自分の足で迎えに行くしかない。ああ、もどかしい……。

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