「腹括ったぞ」
「なんだよこの状況……? いったいなにがあった、なにしようとしてた?」
このタイミングで合流すれば、そりゃそうなる。アーサーのことを誤解させないように、私から言わなければ。そんな意図を汲み取る者がこの場にいるはずがない。口火を切ったのは伯爵だった。
「お前は確か、ケネット商店の息子だな?」
「はい、そうですけど……伯爵はどうしてここに?」
「ということは、アーサーに余計なことを吹き込んだのはお前だな?」
「余計なこと……?」
「っ、違います! 責任者は私です、彼はなにも関係ありません!」
アレンくんが原因だとわかれば、交渉の余地もなくケネット商店に危害を加える恐れがある。強引な解釈だが、アレンくんを勧誘しなければこんなことにならなかった。
アレンくんは悪くない。全ての責任は私にある。そう伝えなければならないが、この男が素直に納得するはずもない。
「黙れ。無駄口を叩くなら即座にケネット商店の援助を断つ」
「このっ……!」
「落ち着け、リオ」
イアンさんが私を庇うように立つ。怒りで気が狂ってしまいそうだったが、これ以上口を挟む余地もない。それがわかるだけに、余計にはらわたが煮えたぎる。
なにか出来ることはないのか、なにか……。
伯爵は険しい眼差しでを向ける。アレンくんは、たったいま来たはずなのに、ずっとこの場にいたような真剣さを目に映していた。
「お前が、アイドルとやらにアーサーを誘ったのかと聞いているんだ」
アレンくんはなにも言わない。ただ、視線が馬車に向いたのはわかった。アーサーと視線を交え、頷く。伯爵の目を真っ直ぐに射貫き、告げる。
「そうです。オレが誘いました」
「自分の立場がわかっていないようだな、小僧。ランドルフ家の跡取りを笑い者にするなど、家がどうなってもいいのか?」
「笑い者になんてさせません。オレが頑張るから」
冗談なんかじゃない、至極真剣に言ってのけるアレンくん。伯爵に理解できるはずがない。私にだってよくわからないんだから。伯爵は苛立ったように舌打ちする。
「お前が頑張ることでアーサーになんの保証がつくと言うのだ」
「あいつはオレに『頑張りたい』って言いました。だからオレは頑張ります。オレが頑張るなら、あいつが頑張らないわけがない。だから、笑い者になんてならないんです」
「暴論もいいところだ。なぜ、お前が頑張ればアーサーが頑張れると言える?」
「オレと同じ夢を見てくれてるから。それ以上の理由なんてないし、要らない」
言葉が足りない。根拠がない。子供ながらの不器用さ。この場において、なんの力も影響力もない。それでも、真っ直ぐな気持ちは伝わってくる。子供だからこそ、なのかもしれない。
人の心があれば、多少揺らぎもするはずだ。固唾を飲んで見守る。
「話にならん……まだ諦めんのか?」
「諦めません。アーサーのやりたいことを邪魔するのは、オレの邪魔をするのと同じですから。認めてくれるまで、あいつの手は放さない。絶対に」
しばしの沈黙。私も、イアンさんも、アーサーでさえ口を挟めなかった。それくらい、アレンくんの想いは本物だ。アーサーと一緒にアイドルをやりたい。そんな強い意志を感じたから。
観念したのか、ため息を吐く伯爵。さすがに折れたのか?
「……どうしても、アーサーと共にアイドルをしたいと言うのか?」
「はい。それがオレたちの夢だから」
「ならば、私と契約しろ。アーサーが笑い者になるようなことがあれば、お前の店を潰す。成功すれば、今後の活動にも目を瞑る」
「……っ! あんたねぇ……!」
イアンさんを押し退け、怒りのままに歩み寄る私。腕を掴まれたが、知ったこっちゃない。ここまで言われて、責任者として黙っていられるか!
でも、アレンくんが手で制した。大丈夫だよ、と。そう伝えるような、優しい顔をしていた。
「わかりました。失敗したら、うちの店を潰してくれても構いません」
「アレンくん!?」
「アレン! お前なにを……!」
血相を変えて馬車から降りるアーサー。アレンくんは彼を見て、笑う。
「オレは腹括ったぞ」
「……!」
「お前はどうするんだ。嘘吐き野郎になるか、アイドルになるか。決めるのはお前だ」
アーサーは黙る。その顔には明らかに動揺が浮かんでいた。私も、イアンさんもだ。いくらなんでも無茶だ。前例のないプロジェクトで、失敗すれば三人の人生をめちゃくちゃにしてしまうのに。
――どうしてなんの臆面もなく笑えるんだろう。
張り詰めた空気。アーサーの深いため息が聞こえた。
「……お前は馬鹿な奴だな」
「オレは庶民だからな。お前と違って、人生に安定も約束もないから」
「……安定や、約束より、大切な夢がある」
「つまり?」
そう問いかけるアレンくんの顔は、私の知るものだった。素直で、年相応の、晴れ晴れとした笑顔。この二人は、もう決めたみたいだ。
アレンくんの隣に立つアーサー。彼は伯爵と対峙して、真っ直ぐに、力強く告げた。
「僕は夢を叶えたい。アレンと――仲間たちとアイドルになります。そして、必ず成功させてみせる。笑い者になど絶対にならない。だから、リオ」
アーサーが私に呼びかける。腹を括るのは私もか……道連れみたいなものだけど、責任者は私だ。アイドルが覚悟を決めたのに、私が及び腰でどうする。ため息を一つ、伯爵を見据える。
「……伯爵、そちらがご提示いただいた内容で契約させてください」
「……詳細は後日、契約書を送る」
伯爵はそれだけ言い残して馬車を走らせた。残された私たちは一瞬の沈黙に包まれ――拍手を浴びた。騎士様、侍女たち、この場に居合わせた誰もが私たちに称賛を送った。
――でも、功労者は私じゃないね。
私は主役の二人に歩み寄って、抱き締めた。アレンくんもアーサーも、驚いたような声を上げる。それでも私は、力を緩めない。
「子供なんだから、無茶しないでください……!」
「あははっ! 子供って、リオだってそんなに変わらないじゃんか!」
「下手をすれば僕たちより年下だろう……それより、いい加減放してくれ! 結構痛い……!」
「俺からしてみりゃ全員ガキだ、馬鹿共。っとに無茶ばっかしやがって」
イアンさんが私たちの頭を撫でた。彼、一応最年長だもんね。心はアラサーだから、ちょっとくすぐったい。
でも、本当によかった。アーサーが夢を諦めなくて。アレンくんが来てくれて、正直助かった。あの契約内容じゃ、私には判断が下せなかったから。
……でも、後でバーバラさんたちにも話に行かないとな……筋は通さなきゃ……。
いまから気が重い。けれどいまは、アーサーの芸能活動を認めてもらったことを素直に喜ぶべきだろう。最難関は突破した、あとはネイトさんと……最終手段に手を出すだけ。
ここから始まるんだ、私の夢が。自然と、胸は高鳴っていた。