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カガスタ!〜元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト〜  作者: 中務善菜
序章:逸る社畜、異世界へ
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無宗教にも神はいる

「うわっ……今日の私、ブスすぎじゃない……?」


 電車の窓に映る私の顔はひどくくたびれていた。仕事用のスーツもしわくちゃで、半開きの口からは意識が漏れ出ている気がした。


 私以外の乗客は皆、革の鞄を抱いて舟を漕いでいる。どうか最寄りで目覚めてほしいと願うばかりだ。


 長針は十一をまたぎ、短針は十二にほぼ重なる。そんな時間でも休まず走る電車はとんだ仕事中毒だと、自分に重ねて笑う。決して愉快ではない、半ば自嘲のようなものだった。


 夢を追ったわけでもなく、一山当てたかったわけでもなく。田舎町を身一つで飛び出し都会に出た。


 ブラック企業に勤めてもうすぐ十周年を迎えるが、そろそろ限界。いま思えば、最終学歴高卒の田舎者である私を雇う会社がまともなはずがなかったのだ。


 それでも就職を決め、頼りもない都会に出た理由は極めて簡潔。田舎よりも綺麗な“星”を拝めるから。


 夜にぎらつくネオンより、給料三か月分の指輪よりも強い輝き。私は携帯を取り出して情報発信ツールを起動する。


 画面をなぞり、発信されたものを眺めていく私。自然と頬が緩んだ。


「ンフッ……」


 咄嗟に口元を隠す。意図せず溢れた喜び。画面には十代から三十代の男性の画像。自撮りであったり、雑誌の表紙を飾る一枚であったり。


 いずれも美形揃いで、多くの女性を虜にする“星”――アイドルだ。業界大手の芸能事務所からデビューした少年たちは成長と共にどんどん魅力を増していき、やがて太陽よりも輝くスターになる。


 三十代を折り返したベテランたちは幼い頃から素敵な男性だったし、いま十代の若手たちはこれからの成長を見守っていける。仕事に疲れた女性に元気を与える彼らを、私は何より愛していた。


 ふふふ、とつい笑みが浮かぶ。今日は金曜日、明日は私にとって特別な日だ。私がいま特に応援している若手のグループ、セブンスビートのファーストライブ。目も眩むような倍率の中、見事に当選した。なんとしてでも行かねばならない。


 一ヵ月をギリギリ凌げるだけ手元に残し、貯金をすること三ヵ月。物販で遠慮なくグッズを買い揃えられるだけの資金は蓄えた。準備は万端。無事に帰り着き、明日に備えて寝るだけ。疲れているのに気持ちが高揚し、眠れる気がしなかった。


 最寄り駅に到着し、足早に改札を抜ける。気をつけなければならないのに、気が逸る。足を急がせる。こんなときに交通事故にでも遭ってみろ、一人分の応援が届かなくなる。私個人に大きな力があるとは思わないが、支援者は一人でも多い方がきっといい。


 駅を抜け、横断歩道。信号は生憎の赤。止まらなければいけない、小学生だって知ってる。


 私は右を見て、左を見る。車は遠い。渡れる。そう判断してしまった。危険を報せる色を軽んじてしまった。


 無宗教ではあるが、神様というものは存在するようで。古ぼけたパンプスのヒールが折れてしまった。バランスを崩し、呆気なく転ぶ。こんなことってあるんだ、と驚いた。


 迫り来る車。様子がおかしい。千鳥足だ。まさか、まさかと思った。咄嗟に転がれるような瞬発力はない。


 とつてもない衝撃と、浮遊感。熱が溢れて冷たくなる。自業自得、因果応報。それでも、信じたくなかった。まだまだこれからの少年たちを応援できない、もう二度と最高の星を拝めない。


 ――死にきれないよ、こんなの……。


 薄れゆく意識の中、横切るエンジン音。せめて救急車くらい呼びなさいよ……祟ってやる、絶対。

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