非日常
もうすぐ9月です
「あと一周!」
一番前を走ってるアネットの声が響く
「はあ…はあ…」
日々のスタミナ作りに毎日走らせられる
周りの七割は女
この国は男より女の方が強い
…らしい
どう強いのかアネットに聞いた所
女性は生命を宿す身体であり、強い精神力を持つ事があるらしい
傷を治してもらったりしたフィアはその最たる存在らしい
あの年齢で相応の実力があり、王国の医師としてこの城にいるとか
…よくわからんが、まあそういう事らしい
あの魔法みたいな力は精神力であり、潜在能力と言われている
まあ女の人が潜在能力強いってだけで男が使えないわけじゃないらしいが
「はあはあ…!」
そんな事を思考していたら、いつのまにか最後の一周は終わっていた
─────
そもそも訓練しているのは俺が狙われても生き残る為らしいのだが
「あー」
部屋のベッドで仰向けになる
…まだ狙われてる実感がない
俺自身、戦った事がないからなのもあるんだろうが…
エイミを持って人に振るう事が出来るのか、わからない
「どうした?」
そんな事を考えていたせいか、エイミの事を見つめていたみたいだ
「いや…いつまでその服なんだ?」
メイド服のまま、着替えようとしない
「な、なんだ…ダメなのか?」
メイドっぽい行動もせずにいつも食っちゃ寝しているのがなんというか…
「いや、似合ってるしいいけどさ」
「そ、そうか…」
褒められたのが嬉しいのか、エイミは頬を染める
まあ、いいか…
…………
次の日
「行くぞ」
起き抜けからアネットとの打ち合いが始まる
「…!」
アネットの重心が下がり一瞬視界から消える
「っ!」
木刀を握る力を込める
「ふっ」
どう打ってくるかよく見る
「…ッ!」
なんとか見切りアネットの初撃を防ぐ
「うっ…わ」
一撃がかなり重い…!
「くっ!」
アネットの木刀を弾く
そのままアネットは後ろにかなり飛んで下がる
普通にアネットの身体能力が高すぎて飛ぶだけで五メートルくらい距離が出来る
こいつの身体能力はわかってるのでそれを見越して俺は前に一歩、二歩と飛ぶように走り
「はあ…!」
アネットが着地する前に木刀を突きに構える
「なっ!?」
突きの姿勢に入った俺に向かってアネットも着地すると同時にそのまま突きの体制に入る
…嘘だろ?
「ふんっ!」
全力で一気に突く…が
「ダメだな」
アネットも同じ突き…しかも片手で俺の突きを真正面から"突きで止めた"
「おいおい」
うちの爺さん並の事しやがる…
「ほら、次はどうするんだ?」
こんな奴相手にほんとどうしろと
………………………
「今日はこれで終わりだ」
何度もこなしている内に、途中でばてる事はなくなった
「はあ、はあ、はあ」
息を整える
「いいか?」
俺が息を整えるのを待ってから話し掛けてくる
「明日は大丈夫か?」
「…?」
いきなりすぎて訳が分からない
「明日、私の部下と試合をしてもらおうと思っている」
「…は?」
アネットの部下って事は王国騎士の人間か
「試合って…えぇ?」
「お前は我流の色合いが強い、私だけではなく色んな者と戦った方がお前にとっては学ぶ事も多いだろう」
「…明日?」
「なんだ、都合が悪いのか?」
「いや…そういう訳じゃないけど」
アネットとの打ち合いは毎日あるわけじゃないから疲れ抜けない内に明日もこんな風になるのかって思うと…
「…しょうがない、明後日に伸ばしてやる」
「まぢで!?」
「どうせ疲れてるんだろ?」
「う…」
「まあいいさ…だが」
「うん?」
「敵がいつも全快の時に来るとも限らない、それは覚えておけ」
「…わかった」
…………
部屋に戻れば
「すぅー…」
エイミがベッドの上で寝ていた
いつもメイド服なのでスカートが捲れあがっているが…
「色気の欠片もないな…」
へそが見える位置まで捲れあがっているからまた色気が…無い
「はあ」
エイミをベッドの端に追いやり、自分のスペースを確保する
「なんで二人で一つなんだよ…」
エイミが寝ていたせいかベッドが暖かい
─────
2日後
試合場と言う場所があるらしく
文字どおり試合をする場なんだが、位置は外の訓練場から少し奥にある
そして、そこにエイミと二人で向かい着いた訳だが
「…」
木刀を携えたあからさまに不機嫌な顔をして俺を睨んでくる女とアネットが居た
「"また"なにかしたのか?」
「"また"ってなんだよ"また"って」
エイミの目には俺がどんな風に映ってるのか小一時間問い詰めてやりたい
「ん…ああ、来たか」
アネットが俺達に気付いたみたいだ
「…」
すんげぇ睨んまれてる
「こいつが私の部下の…おい」
アネットが自分で紹介するように促す
「あ、はいお姉様…」
お姉様…?
「私は、リリィ・タスクだ」
アネットに言われたから仕方なく、それもまた不機嫌な様子で言ってくる
「あ、ああ…俺は一樹だ、こっちがエイミ」
エイミの頭に手を乗せる
「な、なんだ」
「いい位置にあるんだよ」
そのままぽむぽむと頭を撫でる
「ん…」
猫みたいな奴だなこいつ…
「相手はリリィだ、それと今日は真剣…エイミを使って戦え」
「は?なんで?」
「お前は今までエイミをまともに使った事ないだろう?」
「ちげーよ、そっちじゃねぇって」
リリィの木刀を指差す
「あぁ…そうか、まあヒントを一つやろう」
何故か得意気な顔になるアネット
「見た目に騙されれば、お前の負けだ」
そんな事を言われる
見た目に騙されるなって言われても…まんま木刀にしか見えないし…
「主、どうするんだ?」
「アネットがああ言ってるんだ、行くぞ」
「…ああ!」
エイミが光りだし、鋭い刀の姿に変わって行く
「毎回思うんだけど、お前抜き身だから危ないんだよな」
地面に突き刺さったエイミを引き抜く
「しょうがないだろ、一樹がしっかり扱えば大丈夫だ」
しっかり一樹って言い直してるし…
「準備はいいのか?」
「ああ」
エイミを一振り
「あんまり振るな、気持ち悪くなる」
…なんて剣だ
「…」
スッと、目の前に立っていたリリィの目の色が変わる
「始めだ!」
アネットが合図をすると同時に
「…!」
リリィがかなりのスピードで飛んで来た!
「一樹、下から来る」
「!」
エイミに言われた通り下段からの攻撃に注意する
「ッ!」
リリィの木刀が下段から勢いよく俺の顎を狙ってくる
それを受け流そうとして
誤った
「うわ!?」
いきなり木刀から無数の尖った枝の様なモノが伸びて来た
なんとかエイミを振って枝を切り捨てるが、何本か残って頬を掠めた
「ちょっ…待てよこいつ殺す気で戦ってるだろ!?」
アネットに抗議するが
「寸度目で止めるように言っている、ちょっとの傷くらいで騒ぐ者があるか」
そんな事言われても…こいつ殺気が尋常じゃないだろ…
「リリィ、多少は手加減してやれよ」
「はい!お姉様!」
アネットに返事する時だけ殺気が消える、が
「ギンッ!」
と音がしそうなくらい俺を睨み瞬間で殺気が復活する
「うぅ…」
こいつ怖い…
枝が伸びて木刀が釘バットみたいになってるし
「一樹、さっきのヒント覚えておけよ」
見た目に騙されるなってやつか…?
「一樹、あいつの能力…かなり特殊だ」
能力…?
ああ…そうか、王国騎士はなにかしら能力の発現が必要だからな…
「なんだよ、特殊って」
「普通の能力なら私には知覚出来る、がこいつの場合出来ない」
「…どういう事だ?」
「わからん…かなり特殊な能力だ」
「あんま参考にならんな」
「…帰ったら覚えてろ」
酷い事言いよる
「…」
向かい合ったままリリィは動かない
「…一樹!後ろだ!」
「う…わぁ!?」
何かに足を取られる
見てみると草が俺の足に絡んでいた
「なんだ、これ」
足を抜こうにもかなり絡まっていて足が抜けない
「…こんなものか」
リリィが冷めた顔をしている
…これ、あいつがやったのか
リリィが俺に近づく
「お姉様が気に入っているみたいだし、期待していたが…」
アネットに聞こえないくらいの声量で言ってくる
「興冷めだ」
木刀を向けてくる
「ここで殺してやってもいいんだぞ」
──!
そう、か
やっぱり、わかってなかったみたいだ
戦うってこういう事だ
命の取り合いだ
こいつはアネットの言葉があるから俺を殺す事は無いと、何処か緩く"試合"をしていたのだろう
だが、リリィの"死合い"は違う
殺気を持ち、本気で俺を殺す寸前まで戦うつもりだろう
「…くそ」
こんなもん、やってられっか
「さっさと終わらしてやる!」
何が興冷めだ、ムカついた
こいつの殺気に恐怖する前に…終わらせる!
「っ!」
姿勢を低くして足に絡まっている草をエイミで切り捨てる
「ちっ」
リリィが舌打ちをする
「おい」
エイミをリリィに向ける
「何が興冷めだ、こちとらアネットに無駄に鍛えられてんだ…お前なんかにやられるか」
「…」
目の前のリリィからブチッと何かが切れた…音がした
「"無駄"に…だと?」
「はあ…?」
「お姉様との訓練を…二人きりの時間を"無駄"だと!!」
なんか知らないけどキレてるーーーーーーッ!?
今までの殺気と比べものにならないくらいになっている
「ちょ、待て…どうした」
この殺気はやばい
こいつ…本気で俺を殺る気だ…!
「り、リリィ?」
アネットが止めようとする
「大丈夫です…馬鹿は死ねば治るらしいですから」
…ダメだこいつ
「…やば」
さっきから思ってたが、こいつはやっぱ…
「お姉様に群がるハエは私が駆除する」
百合…なのか…?
「…ッ!」
今までないスピードで俺に飛んで来た
「うわっ!?」
力任せの一振り、避けたつもりが枝に引っ掛かり皮膚が破れる
「くそっ!」
エイミを構え直す
目の前にリリィを据える
くそ
変な勢いで出てきた殺気だが緊張で切っ先がブレる
「ッ!」
リリィが一振りすると木刀の枝が更に伸びた
ただの木刀なんだからエイミで折れる…とは思うんだが、あの異常なまでに伸びた枝が邪魔だな
「一樹、どけ!」
アネットが助けに入ってくれる
「アネット!」
それを制止する
「ヤバくなったら逃げるし、大丈夫だって」
「一樹…」
アネットが下がってくれる
「どうするつもりだ?」
エイミが聞いてくる
「知るかよ、なんとかなるだろ」
「お前は…」
飽きれた様に言われる
リリィが足を踏み込む
「いいか、動くなよ」
エイミが勝手な事を言う
「はあ?どういうこと…」
どういうこだよ…と言い終わる前にエイミを持つ右手に熱を感じる
視線を落とせばエイミの刀身が青白く光っていた
「うわっ」
足下から魔法陣みたいなのが広がる
「な、んだこれ…?」
「いいか、これはお前の力だ…引き出せるとこまで私が引き出す」
「は、はあ…?」
「イメージだ、勝つ事を考えろ、次の一撃であの女を倒せ」
リリィが土煙を上げ向かってくる
イメージ…?
次の一撃つったってまったく想像出来ない
足下も魔法陣みたいなのもなにがなんのかわかんねーし…
…魔法陣?
魔法…か
イメージ…イメージ…
次の一撃…か
考えろ、考えろ…ラノベ読者だろ、こんなファンタジー大好物じゃねーか
いける、いける、いける…!
「一樹、いいか!?」
「ああ!」
エイミに気を集める
集めると言っても本当にイメージだけだ
だがそのイメージにだんだん現実味が出てくる…!
刀身の青白い光から赤紫の色が広がる
「!!!」
そして、そのままエイミを振り上げる
リリィはもう目前まで迫っている
イメージだ、あんな木の枝なんかへし折ればいい
…だけど
もしイメージ以上の威力で
リリィに当たったら?
ダメだ
イメージだ、威力を抑えろ気絶させればいい!
「くそ、があああああ!!」
体のバネを使い、エイミを一気に振り下ろす
振り下ろした後には光の軌跡が現れ、そこから出来た光の柱がリリィに向かう!
「なっ!?」
リリィが驚いた顔をする
が
「ちぃっ!」
また舌打ちをして、横っ飛びをしてギリギリで避けられた!
「まーぢかよ!?」
その瞬間、ぐらりと世界が歪んだ
「うぉっ…と…」
膝を着いてしまう
「一樹!」
アネットが駆け寄って来て、エイミは刀から人の姿に戻っている
「リリィ!」
アネットがリリィを叱り付けると、リリィは悪戯がバレた子供の様にしゅんとなる
そんな姿を見ながら
意識が落ちた
────
多分、あんな一撃を打ったからだろうか
ラノベでよくある展開だ、主人公が全力で放った一撃の後に倒れるなんて
「あっつつ」
目覚めてから思ったのはそんな事だった
「はあ」
自室のベッド
「よっと」
立ち上がれる
「…どうするか」
エイミも居ない
沙織は仕事忙しいからまともに会えないし…
アネットが自室に居るとも限らないし…
エイミを待つか、アネットに会いに行くか悩んでいたその時
「…ん?」
扉がノックされる
挨拶する前に扉が開かれた
「…なんだ、生きてたのか」
リリィだった
会った瞬間なんて奴だ
「お陰様でな、お前こそ大丈夫か?」
「擦りもしてないが」
…最悪だ
「…なんか用か?」
何か言い出したそうだっので聞いてみる
「…悪かったな」
「あぁ…いいよ、別に」
「…一つ言っておくが」
「ん?」
「私はお前の事が大嫌いだ」
うーわー
「それでは、私は戻るからな」
「え、ちょっ」
止めようとするが
「なんだ、お前も来てたのか」
アネットがノックも無しに入って来た
「姉様っ」
一気に顔が明るくなるリリィ
「また来てたのか」
アネットの後ろにはエイミが居た
「…また?」
「主は昨日から一日中倒れてたからな」
…まぢかよ
「打ち所が悪かったのか心配してたんだぞ?」
アネットがリリィを見る
「こっちを見るな気持ち悪い」
酷すぎる!
でも…
「ありがとな」
何回も心配して来てくれたのだろう
「…私は、お前が、嫌いだ」
区切られて言われる程嫌われてるのかよ
「それと、私はお前の心配なんかしていない」
耳を引っ張られる
「二人が居なければお前の寝首を切っていたところだ」
小声でそんな事を言う…ダメだこいつ
「姉様、私は戻ります」
「ん…そうか、じゃあ私も戻るか」
リリィの顔が明るくなる
「さあ行きましょう!」
「引っ張るな!一樹、身体を労れよ」
「お、おう…じゃあな」
扉が閉まる
「リリィ・タスクねぇ…」
ヤバい奴と知り合ったもんだ…
っていうかもしかして王国騎士ってあんなやつらばかりなんじゃないだろうな…
「あー」
…これは…怖い
今回は新キャラですね、リリィ・タスクです…百合なツンデレです…多分ツンデレです…きっと…僅かに…ツンデレ…なのかなぁ