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塩の話が好き過ぎる

 久々に、俗人の衣服に袖を通した。

 母が持っていくようにとおしつけてきたものである事を考えると、いささか面はゆい。

 あたりを見回せば勿論軍衣姿も多く目につく。

 当然だ。

 ここは町一番の聖堂で、兵営から週末の説教を聞きに来る者も多いのだろう。

 それにしても人出が多いのは、噂の尊者にそれだけ人気があるとみえる。

 しかし、既に合唱隊の聖歌が始まっているというのに、会衆席は私語が多い事だ。

「薄い味の料理もこうしてみるといいもんですな」

「野菜の味が際立ちますよ。はっはっ」

「体がねえ、楽なんですよ……」

 そんな内容の声があちこちから耳に飛び込んでくる。

 アンシャルは心の中で首を傾げた。

 ダンカーは兵営の食堂がやけに塩味が足りないと言っていたが、町全体がそうなのか? まさかそんな事もあるまいが。

 ……そうとも。

 まさかな。

 だが、どうもここに来てから、「塩味が薄い」という話をよく聞く。実際、兵営の食堂は味が薄く感じた。

 ふむ……やはりどこかおかしい。

 説教を聞き終わったら、帰りに適当な料理屋に入ってみよう。

 はたしてそこも味が薄いかどうか。


 終始ざわざわとうるさかったのに、尊者が姿を現すと、あたりは水を打ったように静まりかえった。

 尊者の見掛けは、いかにも苦行者めいて痩せ細っている。

 皺だらけの老人で、顔には穏やかな笑みを浮かべている。

 悪い感じはしなかった。

「さて、みなさん! もう食事から塩を減らしていらっしゃる方はかなり増えているのではないかと思うのですが……」

 また塩か!

 いったんは静まったあたりの会衆が嬉しそうにどよめき、それをまた尊者が嬉しそうに両腕を広げて受けた。

「どうです、減らしてみれば簡単な事でしょう。味は薄い。ですがそれはね、皆さんの心と体の健康に良いのです。普通の暮らしをしていれば塩はそれほど必要としません。慣れればもっと減らせます。そうすれば誘惑に勝つのもたやすくなる。なぜなら……」

 尊者はにこにこしながらも、意味ありげに間合いを置いた。

「塩というのは、最も強い誘惑だからですよ」

 そうだ! そうだ! と会衆が口々に声をあげた。

 なるほどな。

 まあそれは、一理ある。

「塩は料理の味を良くすると考えられています。美味しい料理は誰でも食べたい、だから人は塩を欲しがるのですよ。つまり誘惑です。この誘惑に抗う事ができれば、どのような誘惑にも強く抵抗できるようになるのです」

 説教はなおも続いたが、続くほどにアンシャルは違和感をおぼえ始めていた。

 塩の害を訴える医者の論文を、新聞紙上で読んだ事はある。

 何年か前の事だ。

 しかしそれは医学の問題だ。

 なのにこの尊者は塩にこだわりすぎていはしないか。

 説教といえば神の教えを噛み砕いて、俗人にわかるように話すというものだ。聖職者のはしくれとして、そのくらいは心得ている。

 だから、もっと神の本質とか、教えとか、そういう話をするものなのだが。

 ……塩?

 なぜ、塩なんだ?


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