そんな尊者は迷惑だ
溜息が漏れるのは当然の話だ。
俺はそもそも実戦部隊の人間で、こういう調査仕事は……お手のものじゃねえんだよ。
何をやっても雲をつかむようで、落ち着きが悪い。
普段なら、仕事で飲み歩くなんてなんて羨ましいんだと思うところだが、実際はそうじゃねえよ。
安直な安酒場なんてものは、たいてい少し離れたところからでも匂いがわかる。
食い物は兵営と同じく煮込み料理が主流だし、そいつも毎日継ぎ足しながら使っていたりするもんだから、得体の知れない匂いがする。それに酒だ。これも上等な酒じゃねえから、ということは樽が汚れてたりする事もあるんで、やっぱり臭う。
だから、よほどの貧民街でない限り、女は近づかないもんだ。
匂いで女を追い払っているとも言える。
そうか、世の中けっこううまくできてるんだな。
そして俺みたいな老兵になれば、この悪臭をかぐと飲みたくなるわけだ。
おいって、兵士ばかりがいる店じゃあ俺の目的は達せられない。
仕事をあがったらしい辻馬車を探して、そいつらが向かう先を探した。
家に帰るんでなくとも、馬が疲れれば休ませねばならないから、そういう時も御者は居酒屋に入る。そういうもんだ。
なんなら辻馬車の御者を見て見ろ。
十人中九人は飲み過ぎで鼻を赤くしてるんだから。
絶好の店がようやく見つかった。
俺はぶらりとそこに立ちより、空いたところを探して見回した。
「よう、兵隊さん。一杯やるのかい」
「よく俺が兵隊だってわかったな」
勿論軍衣は着ていない。
私服なんだがな?
「あんたみたいにびしっと背筋が通っているような男は兵隊に決まってらあね」
畜生。そういうところで見分けられるのか。
潜入任務とかやる連中はこういう事にも注意を払うんだろうな。ま、俺は違う。だから仕方ない。
給仕が、どん、と音をたてて麦酒を置いた。
どうやらここは麦酒だけを置いているらしい。
「まあ飲みなよ。水でなんか割ってねえからさ」
向かいにいる男が声をかけてきた。
ほんとかね。水で割った麦酒は最悪だが……。
ジョッキを持ち上げて試してみると、ふむ、まあ確かにその通りだ。いける。
そして何も言わずに煮込みがきた。
やっぱりな。
多分ここで客に出すのはこれだけだろう。
一口含むと、味も悪くはねえが……。
かなり薄味だった。
まずいと感じなかったのは、いろいろな香味でごまかしているからだ。
前はそんな事はわからなかったもんだが、最近薄味のもんばかり食べているせいか、かなり塩があるかないかに敏感になってきてるんだ。
半分かた食べてから、俺は座るところをあけてくれた左右の男に、誰ともなく尋ねてみた。
「塩気が薄くねえか?」
「あんたもそう思うかね」
右の男がまず話にのってきた。
「そうなんだ。最近この町じゃあ、薄い味が流行ってるんだ」
「なんだってそんな。不味いじゃねえか」
「流行りだよあんた」
と、左の男だ。
ははあ。塩味が薄い事にふたりとも不平があるのに違いない。だから話に乗ってくるんだ。
「流行り? へんな流行りだな」
「いやいや、この町の聖堂には、最近になって尊者がひとりやってきててな、この人の説教がえらく人気があって」
「女子供にな」
「女にだよ」
「ちげえねえ」
左右のかけあいに、俺は無理矢理割って入った。
「その尊者がどうかしたかい」
「ああ、なんでもな、塩は健康に良くない。なくてもいけないが入れすぎないようにとか言いやがって……」
「なんでも、料理ひとつに小さじ一杯とか言ったらしい。うちの女房の話だがね」
普通の料理にどれくらいの塩を入れるかなんて俺は知らねえ。
でもとりあえず、聞いた話は憶えていくことにした。
尊者?
女に人気?
……面がイケてるのかな。