塩気がねえから不味いんだ
手を着けたばかりだから、簡単な中間報告ですませようとしたダンカーを引き留め、アンシャルは詳細を説明させた。
ダンカーはうんざりした様子を一瞬見せたが、すぐに表情を隠した。
「兵隊の口は、チーズとベーコンと腸詰で釣ったんだよ」
他に誰もいない小さな事務室だからか、ダンカーは昔通りのぞんざいな口調になったが、誰に聞かれないとも限らないからか、声の大きさは低く抑えている。
「要するに飲みに誘ったのだな」
「いや。持ち込んだんだ」
ダンカーは肩をすくめた。
「兵隊の外出許可はそう簡単には出ないんだぜ」
なるほどな、とアンシャルは頷く。
「だから、塩気のあるもんを餌に、倉庫の片隅で宴会としゃれこんだのさ」
麦酒なども持ち込んだか、あるいは軍の貨物から抜き取ったのだろう。アンシャルはそこまで聞き出すつもりはない。不正を摘発するのが目的ではないのだ。
ダンカーが再びしゃべり始める前に、アンシャルはふと気になって、止めた。
「待て。塩気のあるものというのは理由があるのか?」
ダンカーが林檎好きである事は、前の旅で知れている。
生の果物が出るのは将校食堂だけだ。
従って、林檎やオレンジで他の兵士を釣る事だってできるはずだ。
ダンカーは軽く顎をかいた。
「なあ。ここの飯はまずいだろう?」
「うん? ああ……それほど旨いとは思わないが、兵営の食事などそんなものだろう」
ダンカーが天井を仰いだ。
「あ~あ。やっぱりあんたは支援部隊の人なんだな」
おまえも今のところは支援部隊の兵なのだぞ、という言葉を飲み込みつつアンシャルは先を促す。
「塩気が薄いだろ?」
「言われてみればそうかもしれない」
「おい~」
ダンカーがいとも情けなさそうな顔をするので、アンシャルは我知らず腰を引いた。
「私にはわからん。どういう事なんだ?」
「あんたは頭のいい支援部隊の士官さんだろうが」
おまえだって元は実戦部隊の将校だろう。
「兵隊の一日ってのは、訓練か肉体労働で成り立ってるんだ。座学はほとんどない」
ほんの一瞬だが、ダンカーは幸せそうな表情になった。
そうか、座学が苦手なのだな。
「……あんた、長時間の野戦訓練とかした事あるだろ?」
「士官学校の頃ならな」
「あ~あ」
「ダンカー!」
「つまり、体を長時間動かしていると汗をかくだろ? 汗には塩が混じってるもんだ。だからさ、そういう運動をした後は塩気のあるもんが欲しくなるんだ。なんならただの塩をなめてもいい」
「なるほど。言いたい事はわかった。ここの食事は、兵士が必要としている塩分が薄いからまずいと思う、とそういう事だな」
「……まあな……」
ダンカーは奥歯にものがはさまったような顔をした。
「まだ、あるのか?」
「いや、そういう事は色々噂になっているんだよ。勿論、ただの不平がほとんどだ。だが、兵隊仲間の話によると、一部だが、平気な顔で不平も言わずに喰っている連中がいるそうだ」
それは好みの問題ではないのだろうか。
アンシャルがそう言うと、ダンカーは鼻を鳴らした。
「わかってねえなあ……で、当然兵隊はがっついて外出許可をもらう。外の酒場になだれこむ。ところが一年か少し前から、酒場も味の薄いところがだんだん増えているそうだ」
「流行じゃなくて?」
「馬鹿いえ。お大尽さまが通うような上等な料理屋じゃねえんだぞ。兵隊や荷馬車引きずれが行くような安酒場に流行りも廃りあるもんか」
アンシャルは腕組みした。
確かに、それはそうかもしれない。もしかしたら、塩の件は重要な問題なのかも。




