曖昧な、とても曖昧な話
「まあ座れ」
ダンカーは最初逡巡した風だったが、やがて小さく息をついて示された椅子に腰をおろした。
兵営に与えられた部屋は、アンシャルの階級ではすこぶる狭い。下士官がこの広さをふたりで使っているのに比べたら全く違う。
書き物机も少し大きいそうだ。
「任務の概要を説明しよう」
ダンカーが頷く。
「新型の魔物が出現した……らしい」
ダンカーの眉が片方だけぴくりと上がった。
「らしい?」
今度はアンシャルが頷く。
「そうだ。らしい」
太い眉がぎゅっと寄る。
「前回は飛ぶ魔物が出ましたな」
「今度のはそういう方向ではない。それに、どの前線でも、一度は飛ぶ魔物が出現したが、今は全体的に減少しているという。従来から居た魔物もな」
ダンカーの顔が微妙に歪むのをアンシャルは見た。実戦部隊のダンカーは、敵が減るのは嬉しくもあり、つまらなくもあるのだろう。
「じゃあいったいどんな魔物なんです」
「魔物としての形はわかっていない。人に取り憑く……らしい」
「らしい?」
「そう。取り憑かれた者に接触するとその者にも取り憑く……らしい」
アンシャルとしても、なんとも歯切れが悪かった。
上官から聞いた話がそもそも「らしい」だらけだったのだ。
アンシャルとしても不本意だった。
今度はアンシャルが溜息をついた。
「曖昧な話なのだ」
「任務なのに?」
「そうだ」
ぴしゃりとアンシャルは言った。
「そのわからない部分を探すのが支援部隊の仕事だ」
ダンカーは何も言わなかった。
さぞや、自分は実戦部隊の所属だ、と主張したかったのだろう。
だが支援部隊の将校の下に配属されれば、実戦部隊の者でも支援部隊の一員となる。
アンシャルは薄く笑った。
そもそも、階級の名称が異なるのは将校だけで、兵士や下士官には関係がない。
「魔物はこの町に蔓延しているというが……」
「蔓延……」
ダンカーはまたしても眉をぴくり、と上げた。
「跳梁、ではないんですか」
「そうだ。跳梁しているのではない。蔓延している、と上官は言われた」
ううん、とダンカーが唸る。
「病気みたいですな」
「全くだ。ともかく、まずは噂を集めねばならない。駅馬車の御者が出入りするような酒場や、屋敷の奉公人が行くような飯屋に網を張る必要がある」
一瞬、ほんの一瞬だが、ダンカーの顔がにやけた。
この男は酒が好きなのだ。
泥酔したり二日酔いになったところはまだ見た事がないが。
よし、とりあえず酒場の方はダンカーに任せよう。
アンシャルはそう決めた。
「最近になって急に人が変わったような者がいないかを聞き出せ。できるな?」
「できます」
「よし」
アンシャルは金の入った袋を取り出すと、机の端に押しやった。
「軍資金だ。使え」
ダンカーが頷いて袋を取る。
「軍衣では行くなよ」
アンシャル自身、私服で動く事になる。
それにしても曖昧な話だ。
最近になって人格が変わった者など、そううまく見つかるのだろうか。