何者かが馬車を襲う
馬車は揺れるものだ。鉄の箍がはまった車輪が、石で舗装された道を走るのだ。田舎道のようにはいかない。
ダンカーは半眼になっている。
アンシャルも眸を閉じた。
体に伝わる揺れより、ぶれる視界の方が不快だった。
音も凄まじい。
両手で耳を押さえたいくらいだが、そうもいかない。
アンシャルは膝の上で軽く拳を握った。
そんな風にしているからか、カンっと堅い音が響いた。
馬車の騒音ではない。
カンッ。
ダンカーが少し腰を浮かした。
アンシャルも半眼になり、腰の方に手を伸ばす。
カンッカンッ。
ダンカーがいきなり腰を浮かせて馬車の扉を開いた。短銃をぶっ放す。
続けて四発。
「倒したか」
「逃げられた」
ダンカーは舌打ちとともに言った。
「座れ」
ダンカーが渋い顔で扉を引き閉め、閂をさす。
ダンカーの視線が問いかけを含んでいるのを承知しながら、アンシャルは口を閉ざしていた。
ひとつには、下手に口をきくと舌を噛みそうだという理由もある。もうひとつには、御者に聞かれたくない。
任務を受けた時の事を思い出す。
上官はなんでもない事のように付け加えたのだ。
「どこに聞き耳を立てている者がいるかもわからない。注意してくれ」
その後は何も起こらず、無事に馬車は兵営に走り込んだ。
門から最も近い兵舎の正面につけると、ダンカーが閂を外す。
御者が外から扉を開いた。
先にダンカーが飛び降り、荷物を下ろした。
アンシャルが次に下りて、御者に金を払う。
心付けは多くも少なくもない額にした。
御者は被っている帽子のつばに軽く手をやり、再び馭者台に上がると、兵営を出ていった。
「行くぞ」
アンシャルはダンカーを従えて兵舎に入る。
現在のアンシャルの身分は、情報局所属の将校で、秘密任務のもとにある。
地元の軍は常に情報局にはいい顔をしない。
ここでも同じような反応を示すのだろう。
連隊長には幸いすぐに会うことができた。
相手は将校というより、むしろ地方の官吏と言った方がいいような風貌だった。
「そうか、大変な任務dな」
内容を聞き出そうともせずに相手はにこにことしながら言った。
「宿舎などについては副官に聞いてくれ。任務の無事完了を祈るよ」
アンシャルは差し伸べられた手をとって握手し、連隊長室を出る時に敬礼した。
妙にすんなりいった。
これを疑問に思うべきか?
ダンカーは黙って後に従う。
兵舎の中で任務について説明すべきか。
アンシャルはどうするかを考えていた。