辻馬車を待ちながら
数時間も軍用列車に揺られて、ようやくプラットフォームに降り立ったところは、ものさびしい貨物駅だった。
町の名は青魚港。
元来は漁港であり、後に交易港として発展したところで、町もsこそこ大きな町なのだ。
だが、通常の旅客が使う中央駅は別の場所にある。
アンシャルとダンカーが下りたのは貨物駅で、すでに空には星が幾つも煌めいたいた。
プラットフォームには他に人はない。
二人分の雑嚢を持って降り立ったダンカーをそのまま従え、アンシャルは駅舎の外に出た。
そこも、全く閑散としている。
ダンカーが荷物を下ろした。
「辻馬車をつかまえてきますか」
「そうだな……兵営までは距離があるはずだ。頼む」
再教育隊に半年放り込まれていた効果なのか、ダンカーのしゃべり方はだいぶ改善されていた。
しかしその分、ダンカーが殻に閉じこもっているような気がして、アンシャルは落ち着かない。
以前の旅で、互いの間には一種の友情のようなものが育っていたように思っていたが、それは勘違いだったのか。
沿海の土地にはありがちな事だが、薄く夜霧が流れてきた。
巻きひげのように、小さな渦を巻きながら霧が腕をのばしていく様子を、アンシャルは眺めていた。
そうしてただ立っていると、冷気が否応もなく外套の厚い生地を通して沁み込んでくる。
その場で足踏みしたくなるのをこらえてアンシャルはダンカーを待った。
思ったよりも、戻ってくるのが遅いのでは?
まさか遠くまで馬車を拾いに出かけて道に迷ったなどという事もあるまい。
そのうちに、どこか邪悪な気配が迫ってくる気がして、アンシャルは眉を寄せた。
勿論そんなものは気のせいだ。
今回の任務に関係のある事だが、事前にアンシャルはこんな話を聞かされたのだ。
「最近、青魚港では奇妙な出来事が起こっているようだ。おかしなふるまいをする人々がいる。もしかすると、魔物が新たな攻撃をしかけてきたのかもしれない」
聖咒兵団は長らく魔物と戦ってきていたが、このところ、戦線が拡大の一途を辿ってきたのに、魔物の攻撃そのものはかなり
散発的なものになってきたという。
その原因を聖咒兵団はつかめていない。
ここで起こっている事件が事実魔物の仕業であるなら、今後に与える影響は非常に大きなものとなるだろう。
だが、聖咒兵団は事案を裏付ける証拠は何一つとしてつかんでいるどころか、事案の概要すら、いたって曖昧だった。
正直言って、不確かな噂をもとにあやふやな任務をアンシャルに丸投げして寄越したのだ。
表向き、それはアンシャルがダンカーとともに、新型の魔物と戦った経験を買っての事、と説明された。
しかしその裏には、ダンカーのためにさる有力な公家に抗ったアンシャルを、再び危険で秘密の多い、そして主流からはずれた任務に送り込んだのだ。
アンシャルが冷気に耐えて待っているところへ、ようやくダンカーが走り戻ってきた。
息は切らしていない。
さすがだ。
「一台確保しました。こっちです」
ダンカーが雑嚢をとりあげる。
辻馬車は駅舎の前につけていた。
馬の鼻面あたりには、吐く息が白く薄雲のようにわだかまっている。
御者が馭者台から飛び降りて、馬車の扉を引き開けた。
アンシャルが先に乗り込むと、ダンカーが雑嚢を抱えて後に続いた。
アンシャルはちらりと、それへ目をやった。
普通、荷物は屋根に積み込むものだ。
だがダンカーは抱えて来ている。
ダンカーの視線をとらえると、相手は小さく肩をすくめた。
アンシャルは一刻も早くダンカーに真意を問いただしたかったが、鉄の意志で口をとざした。