転移魔方陣
あれから特に戦闘もなく進んでいた3人は、ある森の中を歩いていた。
だが、歩いているのは整備された道ではなく獣道だ。人が通らないからでは無い。森の中に入る時は整備されていた道を通っていたのだが、途中から2人が躊躇い無く其方に進み始めたのだ。
「……なぁ……目的地ってこんな場所通らないといけないのか?」
慣れない獣道に何度も転びそうになったり、木の枝などにぶつかりそうになって疲弊してきた明が口を開くと、レナが足を止めた。
「すまない。もう少しだと思うから頑張ってくれ」
「そりゃ頑張るけど……」
置いていかれるのは嫌なので着いて行く気は満々だが、本当に疲れて来たのだ。
前の世界では運動部に所属していて体力に自信はあったが、獣道はそれを容易く打ち砕いた。やっぱ辛いなと思っていると、前方から声が聞こえた。
「口を動かしていては余計に体力を使いますよ~」
その声に顔を上げれば、アシュレイが手で口元を隠しながら振り返っていた。絶対に笑っている。顔を隠しているつもりか、煽るつもりか分からないが。因みに明は後者だと確信する。
「分かってるよ!」
「そうですか~」
ムッとなって返した言葉だが、やはり気にした様な感じはなくあっさりと返され、身を翻したアシュレイは進む。
「はぁ……」
ただ少し会話をしただけなのに、どうしてか疲労が募った気がした明だった。
あれから更に奥に進み、また明が口を開こうとした時だった。
「着きましたね」
先頭にいたアシュレイがそう言うのが聞こえ、明は口を閉じて足に力を入れる。そして残りの短い距離を登り切った明は足を止めて目を見開いた。
「すげ……」
思わず漏れた声。目の前に広がる光景に対しての素直な賛美の声。
透明な水を湛え、太陽を反射して輝く小さな湖。湖を囲む様に咲き誇る花々。そして辺り一面に光の粒子が舞っていて、とても幻想的な空間だった。
「では、少し離れて下さいね~」
目の前の光景に見とれていると聞こえた声に、明はすぐに足を動かす。レナと共に少し距離をとった所に移動した所で、アシュレイはスッと手を持ち上げて指を動かし始めた。
何をするのかと見つめていた明は、次に怒った光景に驚いた。
「え……文字……?」
そう。アシュレイの指がなぞられた箇所に、光輝く文字が浮かび上がったのだ。
「な、なにあれ?」
「呪文。 魔法はあれを空中に書き込んで発動させるんだ」
その説明後にもう一度アシュレイを見る。時代は浮かばないが何処となく古代文字に似ているそれを、アシュレイは迷うことなく書き込んでいる。
「すっげ……」
呆然と呟くのとほぼ同時に、アシュレイの指が止まる。そして指が止まるのと同時に、書かれた文字が僅かに輝き地面に魔法陣が展開された。藍色に輝く魔法陣。それをしっかりと見た後、アシュレイは振り返った。
「これで大丈夫です」
「すまないな」
アシュレイにそういいながらレナは魔法陣を見る。レナの後について来ていた明も同様に魔法陣を見て、首を傾げた。
「これは?」
「転移魔法陣だ。一時的に空間を歪めて、一瞬で移動する術」
「ほー」
ゲームではよく聞く言葉だ。だが、大抵は物語の終盤で便利な移動手段の1つとして登場してくる事が多く、こんな当に序盤と言える様な段階で出て来るとは思っていなかった。
「すげーな……あ、もしかしてこれ使うからこんな奥に来たのか? 人目避ける為に」
この世界ではどうか分からないが、もしかしたらこの魔術は高度なモノなのかも知れない。それなら人目を避けるのは納得できる話だ。
「それもあるけど、一番の理由は魔法粒子が多い所が必要だったから」
「魔法粒子……魔法を使うのに必要な粒子ってことか?」
初めて聞く単語だが、雰囲気的なそのような感じがしたので尋ねると、レナは頷いた。
「そう。魔法を使う為の粒子の事。空気と同じ様に存在していると言われているが、集まりに偏りがある。」
「自然の中の方が集まりやすいのか?」
「そう。ヒトの手がつけられていない所には集まりやすいと言われている。例外もあるけど、私は自然の中でしかこの現象は見た事が無い」
この現象とは、光の粒子が舞っている現象を指しているのだろう。と言う事は、目の前で輝いているコレは魔法粒子。明は側にあった粒子を触ろうと手を近付けた。だが、粒子は触れる前に明の手の中に吸い込まれる様にして消えてしまった。
「あ。触れないのか……」
温かいのか冷たいのか、興味本位で手を出したのだが残念だと息を吐く。と、横から声がかかった。
「明、そろそろ魔法陣に入るぞ」
「あぁ、分かった」
そうだ、何時までも此処にいる訳にはいかない。明はレナに続いて魔法陣に入った。
「では」
しっかりと魔法陣の中にいるのを確認したアシュレイはそう言うと指を鳴らした。すると魔法陣は更に輝き、3人の姿は光に包まれて見えなくなった。
そして光が消え魔法陣も消えた時には、3人の姿は何処にもなく。静寂が辺りを包みこんだ。