第八話:婚約発表
壇上でシリルが開会の挨拶をして祭りが始まった。
クーナの母親たちが言った盛大にするという言葉は嘘ではなかった。エルシエの中央にある広場に、たくさんの椅子や机が運び込まれ、豪華絢爛な料理が並んでいる。
エルシエは豊かな国だ。
生産量そのものは多くないが、ここでしか作れないものが多く輸出で外貨を稼いでいる。
何人ものエルフ達が横笛のような伝統楽器オファルを吹き鳴らしたり、踊ったり、火狐たちが歌っている。
いい音色だ。これを聞けただけでも、エルシエに来た価値があると思うほどに。
目をつぶって音楽を楽しんでいると、誰かの気配がした。
「ちょっと、顔を貸せ」
「おまえたちは」
そこには、クーナの親衛隊の面々が居た。
彼らは泣き腫らしたのか、眼や目蓋が赤くなっている。
「我々はクーナ様親衛隊。男同士の話をしたい。おまえを害するつもりはない。そんなことをすればクーナ様が泣くからな」
苦虫をかみつぶしたような表情で、男はそう告げる。
「わかった、行こう」
たぶん、俺は彼らの訓練を見ていなければその言葉に乗らなかっただろう。
だが、彼らの想いと覚悟を知ってしまった以上、ついて行かざるを得ない。
◇
「よく逃げずに来たな。ソージとやら」
彼らのリーダーである茶髪のエルフであるロレクが口を開く。
クーナの親衛隊の一団が居る中央に俺の席が用意されているので座る。
すると、ロレクがコップに酒を注いでくれた。
「クーナを大事に思ってくれている人たちに誘われたんだ。無下にはできないよ」
酒瓶を奪い、ロレクのコップにエルシエワインを注ぎ返す。
「……ふん。まずは飲め」
「お言葉に甘えて」
ロレクとコップをぶつけあい、お互いに一気に酒を飲み干す。
酒は、メープルシロップとクランベリーで作ったエルシエ特産の、エルシエワイン。口当たりが良く、優しい甘さと酸味が口いっぱいにひろがる。
やはり、いい酒だ。うまい。
そしてどこかほっとする味。
「ソージ、クーナ様を奪ったおまえに言いたいことがある」
「なんだ?」
ロレクが、まっすぐに俺を見つめてくる。
そして親衛隊の面々が立ち上がり、横一列に整列する。
「クーナ様を幸せにしてくれ、クーナ様を泣かせないでくれ、頼む」
「「「お願いします」」」
周りの親衛隊の連中も揃って頭を下げた。
……この男たちはクーナのためにそこまでするのか。
「俺が憎くないのか」
「憎い、だが、それでクーナ様が幸せになれるなら些細なことだ。……そして、俺たち親衛隊は、クーナ様の兄君、ライナ様にソージを強くするように頼まれている」
「そうか。だが、腑に落ちない……エルシエ最強はライナなのだろう? どうしてライナではなくお前たちが俺に教える必要がある」
盗み聞きして知ってはいるが直接伝えられるとやはり驚きがある。
ライナは、魔力、加護、身体能力に加えて四つめの力を俺たちに与えると言った。
それをこいつらに託すとは。
「シリル様を除けばライナ様は間違いなくエルシエで最強だ。だが、ライナ様は紛れもない天才で、感覚で語る。人に教えるのは苦手だ。だから、我々がソージを鍛える。我々は凡人だ。ただクーナ様のためになりたいその一念で力をつけた。なんども躓きながら、必死に一つ一つ、積み重ねコツを覚えていった。ゆえに、人に教えるには向いている」
理屈ではわかる。だが、酷なことだと思う。
俺は、それでいいのかとは聞かなかった。
もう、この男たちには覚悟があるのだから。それを聞くのは無粋だ。
「わかった。お願いする。これからもよろしく頼むよ。それで、いったい俺に何を教えてくれる」
「【精霊化】という技術だ。話すより見せたほうが早い。俺が実践する」
ロレクが立ち上がり、魔力を高める。
おそろしい量の風のマナを集める。
風の魔術か? そう考えていると、風のマナと己のマナを練り合わせ始めた。
「なに?」
本来、風のマナを使うときは、己のマナを呼び水にして風のマナをあつめ、集めたマナを利用するという手段をとる。
だが己の魔力と一つにするなんて聞いたことがない。
どこか、出来上がった魔力と風のマナが一つになったものは、変質魔力に似ていた。
そして、それをロレクは体の中に取り込んだ。
ロレクの雰囲気が変わる。風の魔力を纏ったエルフを超えた何かに。
「これが、エルシエに伝わる秘術、【精霊化】だ。マナの力を使う精霊魔術の発展形、マナと一つになる。こうなれば、マナを使う魔術の適性と身体能力が跳ね上がる」
その言葉のとおり、ロレクの魔力と風の密度は増大している。
これが、四つ目の力。
「すごいな。どこか、クーナの九尾化と似ている」
「それは当然だ。クーナ様の九尾の火狐化を見たシリル様が作った術式だ。暴走したクーナ様を止めるために作られた力……ランク3を超えたクーナ様親衛隊の戦士たちは全員身に着けている。いつかクーナ様が九尾の火狐化をしたときに助けだすために血を吐く思いで身に付けた」
自分が半分精霊になる。単純な発想だがなかなか思い浮かぶものではない。
そして、彼らが血を吐く思いで身に付けたというのは比喩ではなく、事実そうだったのだろう。
こんなもの、まともな人が扱える魔術ではない。
「ライナ様がおっしゃられていた。これをソージがマスターすれば、クーナ様を救うときに使った【白銀火狐】が本当の意味で完成する」
「だろうな。【白銀火狐】と到達点は一緒だ」
【白銀火狐】、今はクーナの変質魔力を補給し、さらにクーナが九尾の火狐化して変質魔力が励起した状態でしか使えない。
しかも一度使えば最後、倒れて数日間戦えなくなる。
クーナの変質魔力を吸収しないといけない点はどうしようもないが、あれのダメージが大きい理由は、変質魔力が操作しきれていないからだ。無理をした反動で体がぐしゃぐしゃになっている。シリルに強化してもらった魔術回路と【精霊化】を極め、魔力操作技術を高めれば反動を抑えることができるだろう。
あの強力な力を気軽に使えるようになるのは非常に大きな意味を持つ。
「だが、ソージ。【精霊化】をランク3に至ったものにしか教えないのには意味がある。演算力が足らず危険だからだ。ソージはランク2だと聞いている。一歩間違えれば、死ぬ。それでもやるのか?」
「もちろんやるよ。一歩間違って死ぬ恐怖より、俺が弱くてクーナを失うほうがずっと怖い」
ランクに見合わない魔術などあたりまえにこなしてきた。
俺なら、問題ない。
「いい返事だ。貴様がソージでなければ、わが親衛隊に誘っていただろうな。怪我は癒えたと聞いた、明日から毎日、鍛える。覚悟しておけ」
クーナ親衛隊の連中が全員一斉に【精霊化】した。
どうやら、本気で実戦形式で鍛えてくれるようだ。
恐怖はない。むしろ楽しみだ。
「これから、よろしく頼む」
俺は握手を求める。その手をロレクが握り口を開く。
「勘違いするなよ。別にソージのために教えるわけじゃない。クーナ様のためなんだからな」
こいつはツンデレか。
そうして、クーナの親衛隊との絆を深めた。
……その後、徹底的に絡まれて愚痴と恨み言を聞かされた。
だが、いい奴らばかりだった。
◇
「ソージくん、こっちこっち」
親衛隊から解放されると、今度はクーナに呼び出された。
アンネも一緒にいる。
二人を見て顔をほころばせる。
「クーナ、アンネ今日は一段と可愛いよ」
「ルーシェ姉様のドレスは世界一です!」
「ちょっと、こんな可愛い服は恥ずかしいわね」
クーナとアンネは二人共ドレスに着替えていた。
クーナの言う、ルーシェ姉様とはクーナの腹違いの姉のエルフで、エルシエで仕立屋をやっているらしい。
二人のまとっている服は両方共、ルーシェという人が作った服なのだろう。
「今日は、黒いドレスか。珍しいね。でも、不思議と大人びた服もクーナに似合うよ」
「ふふん、大人びたのまえに、不思議とは入りません。私は大人の女性です」
クーナが胸を張る。黒を基調にしたエレガントなデザインのドレスはクーナの新たな魅力を引き出していた。
「アンネも、可愛らしいよ。かっこいい服はよく見るけど、そんな可愛い服のアンネは新鮮でいいね。日頃からそういう系統の服も着てみたらどうかな」
「……恥ずかしいわ。こんな可愛い服、私に似合わないもの」
アンネがスカートの裾をぎゅっと掴んで、照れた表情を浮かべる。
アンネの服は薄い桜色のフリルがたくさんついた乙女チックなデザインのドレス。
アンネの可憐さをよく引き出している。
「大丈夫、ちゃんと似合っているよ。二人のこんな可愛い服を見れて俺は幸せだ」
俺がそう言うと、二人とも顔を見合わせて笑う。
そしてクーナは俺の右腕に自分の腕を絡め、アンネはおずおずと俺の左手を握った。
「ソージくん、父様が呼んでます。もうすぐ、父様が挨拶をして、そのあと私たちの婚約発表があるんです」
クーナが嬉しそうに言う。
一瞬だが、アンネの表情がこわばった。
「わかった。行こうか」
そして両手に花を抱えた俺は歩き出した。
◇
「婚約発表の日に、両手に花とは、なかなかやるな」
婚約発表を行う、舞台の左側のスペースに辿り着いた俺を見てシリルは苦笑する。
「シリル、よく言えるよね」
「そうですね、確か私たちのときも、二人揃って婚約発表でしたよね。結婚も三人で一緒だったし」
そんなシリルに、彼の妻であるエルフのルシエと、火狐のクウがつっこみを入れる。
三人の眼差しにはどこか懐かしさがあった。
シリルが苦笑しつつ口を開く。
「ソージ、まずは俺たちから祝福の歌を贈らせてもらう。次はソージたちの番だ。だから心の準備をしながら、きっちりと聞くこと」
そうして、三人は壇上にあがっていった。
「ソージくん、母様の歌は私よりすごいですし、ルシエ様の踊りは天女の舞です。そして、父様のオファルは格調高く、どこまでも透き通ってます」
「それは楽しみだな」
クーナがあこがれを込めた視線を舞台に向けている。
俺はその視線を追ってシリルたちを見つめた。




