第七話:好きな人のために
今回の更新でチート魔術一周年!
ここまでこれたのはみなさんが応援してくれたからです! 本当にありがとう!
活動報告にチート魔術一周年記念SSをアップしたよ!
俺はクーナの母親であるクウに教えてもらった、クーナ親衛隊の訓練場所を目指しながら、エルシエの中を探索する。
やっぱり、ここは異常だ。何をするにも魔術を使っている。
田んぼを耕すときは、火狐たちが土魔術を使って土を盛り上げ、種まきはエルフが種を風にのせてばらまく。
水やりすら、水魔術で雨を降らせ一瞬で終わらせる。
言葉にするのは簡単だが、なにげに細かい制御を求められる。一流の魔術士ではないとできない。ここエルシエでは、一流の魔術師であることがあたりまえのようだ。
聞いていた訓練場所につくと、既に男たちが集まっていた。エルフも火狐たちもいる。初日に俺たちを驚かそうと魔術を使ったクーナ親衛隊の面々だ。
男たちは二つのグループに分かれていた。
一つ目のグループは数十人が並び、剣を振るっている。鬼気迫る表情、すさまじい剣気だ。
「なんだ。そのへっぴり腰は、そんな剣でクーナ様を守れると思うな!」
エルフの男が、剣を振るう火狐の背中を叩く。
「はいっ!」
背中を叩かれた男は一切の恨みごとを言わずに、より強く剣を振るう。
たかが素振りなのに、実戦以上の緊張感があった。一振り一振りに魂が込められているのがわかる。それが延々と続く。
これほどの士気がある軍は俺ですら見たことがない。
もう一団のほうに目を向ける。
すると、エルフは自身を中心に竜巻を、火狐は火柱を生み出していた。
全員、脂汗を流し、全力での魔力の放出。
「「うおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」」
男たちの叫びと魔力が天を貫いていた。
何をしようとしているのかはわかる、限界以上の魔力を放出することで、魔力の絶対値をあげる。さらに、限界を超える魔力を無理やり制御することで、魔術の制御技術をあげる。
普通は、限界まで魔力を絞り出すと言ってもどこかで、無意識でストップがかかる。それを強靭な意志でねじ伏せ、存在の全てを絞り出す。
魔術の制御だって、これだけの出力で制御することは不可能なはずだ。その不可能を、気力で可能にしている。
たまに、制御を失い、術式が暴走するものたちも居るが、近くにいる連中が数人がかりで、収束させる。
なるほど、それができる人員がいるから可能な訓練か。
それでも、命がけの綱渡りだ。それをたやすくやってのけるのは並大抵のことじゃない。
「これなら、あの魔術の制御も頷ける」
俺は呆れた声音で呟いた。
俺を襲った時の完全に制御された魔術、あれはエルフや火狐ゆえの才能によるものだと思ったが違った、純粋に積み重ねた鍛錬によるものだ。
これだけのことをすれば、当然強くなる。
武者震いがした。俺もこれだけ、命をかけた訓練をしてみたい。
◇
しばらくして、男たちの訓練が終わった。
体力も、魔力も、気力すらも使い尽くしたはずの男たちは一箇所に集まっていた。
美しい整列だ。完全に秩序ができていた。そうか、こいつらは心が強いんだ。
リーダーらしき男が、振り返り他の一団のほうを見る。
茶髪の長い髪を後ろで括った男だ。精悍という言葉が似合うエルフ。来る途中で顔を見た、クウがロレクと呼んだ男だ。
思い返せば、門での襲撃の際にこいつも居た。
「親愛なる、クーナ様親衛隊の諸君!」
真顔で微妙に恥ずかしいセリフを吐く。
「我々は、日夜、クーナ様をお守りするために。そして、なによりもクーナ様に相応しい男であるために訓練を重ねてきた」
その言葉には重みがあった。
幾年もの間、有言実行をしてきた男だけに現れる重みが。
「その諸君らに問いたいことがある」
顔が苦痛に歪む。
「クーナ様は、エルシエを出られた。追いかけることはシリル様が禁止され、命令に背いたものは、イラクサ隊長であり、クーナ様の兄であるライナ様に【教育】されたことは記憶に新しい。いくら痛めつけられようと、諦められなかった我々は、シリル様の、外に出るのがクーナ様のため、クーナ様がいずれ強くなって戻ってくるという言葉を信じて気持ちを押し殺した。だからこそ、我々は、いつかクーナ様を追いかけることが許されたとき、いずれクーナ様が帰られたときのためによりいっそう、己を鍛え上げようと誓った」
男たちは一斉に頷く。
「そして、ついにクーナ様が帰ってこられた。より美しく、強くなって。シリル様の言ったことは正しかった。……だが、ソージという男を連れてだ。婚約されているらしい」
何人かの親衛隊は膝をつく。
そして、一人の男が叫んだ。
「クーナ様は、弱みを握られているのではないでしょうか? 品性のかけらもない下衆な男と聞いております」
「確かにその通りだ。私は直接目視したが、まさに色情狂、歩く生殖器と言った出で立ちだった」
俺は、おいっ! と叫びたくなった。
「クーナ様のためにも、ソージに粛清を」
「粛清を!」
「粛清を!」
「粛清を!」
あたりに粛清コールが木霊する。
本気で怖い。
なにせ、やろうと思えば出来てしまう。
しかし、ロレクは思い切り地面を踏み鳴らすと沈黙があたりを支配した。
「おまえたちの気持ちはわかる。クーナ様が望まぬ婚約をしたと思いたい気持ちもわかる。だが、私は見た、この中の何人かも見た。クーナ様は、女の顔をしておられた。完全に、あの男に惚れられている。あのただならぬ雰囲気、確実に一線を越えておられる」
「「「うぉおおおおおんん、おん」」」
男たちが完全に崩れ落ちて、涙を流す。あるものは地面に拳を叩きつけ、あるものは頭を抱えてのたうち回った。
……女の顔。割りと容赦のない表現だ。
「我々、クーナ様親衛隊は、クーナ様を守り、クーナ様に相応しい男になるために集まった。クーナ様が、他の男のものになった以上、抜けても咎めない。さらに、ライナ様より、あの男を鍛えてくれと我々親衛隊に依頼があった。自分が鍛えるよりも、そちらのほうがよさそうだと言っておられる」
「ライナ様は鬼か!」
「我らが怨敵に力を貸せと言うのか……」
「クーナ様を奪われただけではなく、クーナ様のために鍛えた力をあの男のためにだと!?」
親衛隊の顔が怒りと苦痛にゆがむ。
まあ、当然だろう。ライナも酷なことをする。
というか、俺も命の危険を感じるのだが。
「ここで、クーナ様親衛隊を脱退したいものはその意志を伝えよ」
男たちが狼狽する。
一人のエルフがおずおずと手を上げた。
「隊長はどうなされるのですか?」
その問に、親衛隊の隊長は薄く微笑んだ。
「俺か、俺は辞めんよ。男ができた。それだけでクーナ様のことを嫌いになれるほど、この想いは安くない……それにな、綺麗だったんだ。ソージという男を見つめるクーナ様は。今までのどんなクーナ様より。そんなクーナ様を見続けたいと思った。俺はクーナ様を守り続ける。もとより、この想い、報われようとは思っていない。クーナ様に気持ちが届かなくてもいい。いや、俺の気持ちなんて、俺が知っていればそれでいい。クーナ様の幸せのために俺は生きる」
その言葉は、上辺だけではない。男の魂の叫び。
なんという漢だ。今までクーナに近づく男は全て害虫だと思っていたが、こんな奴がいるなんて。
「そうだな、俺達はクーナ様が好きなんだ」
「クーナ様の笑顔を守るために俺たちは居る」
その隊長の熱気が周囲に伝播し、男たちが立ち上がる。もう目に涙はない。ただ、覚悟があった。
「「俺たちは、抜けない。クーナ様親衛隊であり続ける。クーナ様の笑顔のために」」
言葉を合わせ、男たちは叫ぶ。
誰ひとり、抜けるなんて言わなかった。
「ありがとう同士よ。……今日の祭りでは飲もう。我らの絆を深め、クーナ様の魅力を語り合おう」
そうして、男たちはあつまり、抱き合い、友情を深め合った。
それを見届け、俺は去る。
まったく、なんて男たちだ。
こんな男たちから俺はクーナを奪う。そして、鍛えてもらう。
そのことが、俺の心の奥底に熱い火をつけていた。




