第六話:クーナ親衛隊
治療が終わったことをクーナとアンネに伝えるために、彼女たちが居るはずのリビングに向かう。
部屋に近づくと賑やかな笑い声が聞こえてきた。
ドアをゆっくりと開くと、ちょうどクーナが話をしているところだった。
「ソージくんったら、ひどいんですよ。尻尾は火狐にとって大事で、触ったら責任とってもらいますって説明したら、即座に尻尾に手を伸ばしてきたんです! 慌てて躱して、なんでそんなことをするんですかって聞いたら、『尻尾を握れば、責任取っていいんだよね? ぜひ責任を取らせてほしい。結婚しよう』って言うんですよ!」
また、懐かしい話を。
たしかにそんなこともあった。
「話を聞いていると、本当にクーナのことが好きみたいだね。そんなに思われるなんて素敵じゃない」
相槌を打っているのは、二十代後半に見えるエルフの女性だ。
クーナの母親であるクウと同じように恐ろしいほどの美形だ。どこか子供っぽく、でも芯の強そうな印象を受ける。
「ソージは、すごくまっすぐにクーナへ気持ちを伝えているわ。正直、たまに嫉妬をしてしまうの」
今度はアンネがお茶をすすりながら会話をする。
「人の噂で盛り上がるのはいいが、自分もそうされる覚悟があるってことだよな、クーナ。クーナの面白おかしい話をたっぷりと、この人たちに話してみようか」
部屋の中に入り、口を開く。
すると、視線が俺に集まった。
「ソージくん」
クーナが立ち上がりこちらに駆け寄ってくる。
てっきり第一声で盗み聞きしてひどいと言ったり、口止めをするかと思ったが、ただ心配そうに駆け寄るだけだった。
「ソージくん、治療、うまくいきましたか!?」
「うん、シリルさんのおかげで、完治したよ。完治どころか前よりも調子がよくなったぐらいだ」
上着をめくり、火傷と瘴気のあとが消えた腕を見せる。
クーナは涙を浮かべて飛びついてきた。
「良かった、本当に、治ってよかった」
俺の胸に顔を埋めてクーナは良かったと繰り返す。
少し冷たい感触がした。たぶん、クーナは泣いている。
そんなクーナと俺を、二人の美女が微笑ましげに見つめている。少し照れてしまった。
俺はクーナの後頭部を撫でて、気が済むまで好きにさせた。
◇
「えっと、はじめまして。私はエルシエの長、シリルの妻、見ての通りエルフのルシエだよ。よろしくね」
「改めて私も自己紹介をさせてください。同じく、私もシリルの妻、火狐のクウです。娘がお世話になっています。私のことはお義母さんとでも呼んでくださいね」
エルフの美女と、火狐の美女がにこやかに自己紹介をしてくれた。
「こちらこそ、よろしくおねがいします。俺はソージ。封印都市で学生をしています。ルシエさんに、お義母さん」
アンネには自己紹介をしない。
たしか、もともとアンネとクーナは顔見知りだ。
きっとこの二人とも面識があるのだろう。
俺がお義母さんといった瞬間、クウさんはあらあらと微笑んで、クーナは顔を赤くした。
「ルシエ、それにしても驚きました。あのクーナがこんなに男の人に懐くなんて」
「だよね、クウ。この子、男の子に言い寄られすぎて、若干男嫌いだったのに」
ルシエとクウがおかしそうにくすくすと笑う。
まあ、親衛隊なんてものが作られて付きまとわれれば、そうなっても不思議ではない。
「だから、あんなに俺を避けたのか」
「ソージ、さすがにあそこまで押されたらクーナでなくても普通の女の子は引くわよ」
横でアンネが失礼なことを言っている。
俺はあくまで紳士的に振舞っていたのに。
「もう、みんなして私をからかって!」
クーナがぽいっと顔をそらして拗ねていた。
そんなクーナを尻目に、クウさんがほんわかした笑顔で口を開く。
「それはそうと、今日はお祝いだから、クーナもアンネちゃんも、たくさんおめかししてね」
お祝い、いったいなんだろう。
そんな疑問にエルフのルシエさんが答えてくれる。
「そうだったね。クーナの婚約祝いを盛大にやるんだ。せっかくクーナのお婿さんがエルシエにやってきたしね」
「そんなこと言って、母様たち、ただ祭りをする口実に私とソージくんを使っただけじゃないですか! エルシエのみんな、お祭好き過ぎます」
「「そうとも言う」」
クーナの疑問をあっさりとルシエとクウは肯定する。
俺たちを出しに騒ぐか、まあ悪い気はしない。
本気で祝ってくれるのは間違いないのだし。
「というわけで、ルーシェの工房でファッションショーだよ。たくさん可愛い服があるから」
「楽しみですね。二人共元がいいから、選びがいがありそう」
そうして、俺だけ残して四人が去っていく。
どうやら、クーナの姉であり、服飾を生業としているルーシェさんの工房に行くらしい。
「あっ、そうだ。ライナから伝言がありました。こっそり、クーナ親衛隊の訓練を覗いておけと。それは、きっと強くなるためにも、そしてクーナのことを知る上でも役にたつと」
「わかりました。お義母さん。ちょっと見ておきます」
クーナ親衛隊の連中の腕前は初日に確認している。
それに、彼らからクーナを奪うのだ。
自分がどんな相手からクーナを奪ったのか知っておきたい。




