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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第四章:【魔剣の尻尾】の真価と進化
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第五話:輪廻回帰

今週は皆さんのおかげでチート魔術二巻が好評な売上だったのでお礼として二回目の更新!

感謝の気持ちが伝わるといいな!


 俺はシリルに連れられて彼の工房に来ていた。

 そこにはなぜか、人一人入れそうな棺桶が用意されている。

 クーナとアンネは、クーナの母親であるクウに連れ去られている。どうやら、クーナがエルシエに居ない間のことを根堀葉掘り聞かれるらしい。


「さて、ソージ。さっそく治療をしようか。包帯を外して何一つ身につけない状態でその棺桶に入ってくれ」


 シリルはそう言うが、少し躊躇してしまう。


「棺桶とはえらく物騒ですね」

「それしか都合のいい物がなかった。俺のお古だが許してくれ」


 シリルはそう言いながらも手をてきぱきと動かしてさまざまな薬品をかき混ぜていった。調合の際に魔術も併用している。

 科学と魔術が融合した治療薬を作っているのだろう。

 そうして出来上がったのは、青く粘度の高い液体。いや、ここまでくるとスライムのように思える。


「それはなんですか」

「瘴気を取り除くための薬だ。原料は地下迷宮の最下層に生えている花だ。もともとは、どこにでもある普通の花だったんだけどね。瘴気に触れ続け、奇跡的に枯れずに世代を重ねて耐性を得た品種だ。そのエキスに幾つかの薬剤をまぜ魔力で励起、変質させることで瘴気焼けの特効薬にしている」

「まさかとは思いますが、棺桶に寝そべって、そのスライムを注がれるのでは?」

「そのとおりだよ。察しがいいね」


 シリルがにやりと笑う。

 想像しただけで鳥肌が立った。

 クーナやアンネならともかく、俺がやっても誰も喜ばないだろう


「わかりました」


 だが、背に腹は代えられない。

 俺は服を脱いで包帯を解き、棺桶に横たわる。


「傷口に入り込み、一体化してしまった瘴気を、このスライムを使うことで取り除く、この薬に身体を沈めた上で、俺が魔術を使えばそれが可能だ」

「そんな方法で、不可能だと思っていた瘴気の浄化が出来るなんて驚きです」


 随分と頼もしい。 

 これでまずは、瘴気焼けは癒える。


「本当を言うと。この薬は君の体を傷めつけて、火傷を悪化させるから、先にそっちを癒やしてからやりたかったんだけど、瘴気はソージにかけた魔術を歪める。瘴気を取り除かないと魔術治療ができないんだ。許してくれ」


 俺はわけがわからないまま頷いた。

 するとシリルはどんどん、青いスライムを棺桶に流し込んでくる。

 俺の身体が浮かび上がり、全身がスライムに包まれる。青いスライムに瘴気が溶け込み黒の濁りができる。

 全身の瘴気焼けをした箇所がむず痒い。どうやら、本当にこのスライムには瘴気焼けの癒す効果があるみたいだ。


「ソージ、このままスライムにつけ続けていれば瘴気焼けが3日ほどで終わる。痛みを伴っても構わないなら、魔術で促進を行って二〇分ほどで終わらせることが可能だが、どうする?」


 そんなこと考えるまでもない。


「俺は一秒でもはやく強くなりたい。もう、クーナを泣かせたくない。だから、早く治すほうを選びます」

「いい、返事だ」


 シリルはスライムに手を突っ込んで、魔術を起動する。

 工程数が多すぎる、俺ですら知らない術式の書き方。圧倒的な演算速度。

 見ていて、鳥肌すら覚える。これが、世界最強の魔術士が放つ魔術。

 俺は、ひたすらシリルの魔術に見入っていた。

 スライムが、何度も変色し波打ちはじめた。


「ぐっ、がっ」


 激痛が走る。

 まるで神経を直接針で刺されているようだ。

 それが絶え間なく全身に。


 奥歯が折れる寸前まで、歯を食いしばる。

 一秒、一秒が永遠に感じるほどの苦痛。

 これが、あと二〇分続くのか。


「ソージ、辛いならギブアップしてもいいよ。常人なら一分待たずに発狂する」


 口を開く余裕すらないので、目で俺の思いを伝える。

 冗談じゃない。これぐらいの痛み耐えてみせると。

 シリルが苦笑した。

 そして、俺はひたすら痛みに耐え続けた。


 ◇


「ぐっ、があああああああああ」


 スライムの変色と胎動が終わった。

 全身の痛みが収まる。


 加護の光が全身から立ち上っていた。

 火傷の状態が悪化しており、それを加護が癒やす。

 だが、平常時に戻るわけではない。この火傷は加護を失ってからつけられたもの。悪化する前の状態に戻すだけだ。


「お疲れ様、よく耐えたね。これで瘴気は取り除けた」


 俺は、スライムに満ちた棺桶から抜けだす。

 そして全身を確認する。

 今まで、俺に纏わりつき、犯し続けた厄介な瘴気の感覚がなかった。

 瘴気は、常に痛みを与え、俺の動きと魔術、加護の恩恵を阻害し続けていたのだが、それがなくなり、体が軽く感じる。


「ありがとうございます。本当に助かりました」

「礼を言うのは早いよ。まだまだ、火傷を直さないとね。ソージ、全裸のまま立ってくれないか」

「はい、かまいません」


 俺は立ち上がる。すると、シリルが俺の全身を舐めるように見つめた。


「火傷の対処を始める。火傷が治らないのは、細胞が死に、代謝がされないからに他ならない。だから、一度死んだ細胞はすべて溶かし、その上で別の細胞を活性化させて新しい皮膚を作り移植する。この作業は全て魔術で行う」

「随分と荒っぽいですね」

「だが、それが一番早い」

「そんな精密な魔術を人が使えるのですか?」


 細胞の分裂の促進、皮膚の移植。だれもとてつもない精度の魔術を要求される。

 俺の感覚では理論上は可能だが、現実的に不可能というもの。


「まあ、無理だな」


 シリルは即答する。

 俺は一瞬呆然としてしまった。


「無理ですか?」

「ああ、シリルには出来ないことだ」

「ここまで来ていったい何を言い出すんですか」


 シリルは苦笑する。


「言い方が、悪かったな。シリルには出来ない。だが、【俺】にはできる」

「それは、どういう」

「俺にしかできない、俺だけの固有魔術で、それができる【俺】を呼び出す。見たほうが早い」


 彼は目を閉じ、魔力を高める。

 固有魔術。それは、魂に刻まれた生まれたときから、知っている魔術。

 再現不可であり、当人しかできないもの。

 数百人に一人、それに目覚めるものが居る。まさか、シリルがその一人だとは。


「解放、我が魂。時の彼方に置き去りにした軌跡、今ここに」


 シリルは、自らの内側に強く語りかけるように詠唱を開始する。


「我が望むは、真理の探究者、神の理を歪め冒涜したもの、その名は……」


 神秘的でありながら、どこか郷愁を込めた不思議な声音。


「フランリーネ! 【輪廻回帰】!」


 シリルの体が光に包まれる。

 彼の固有魔術である【輪廻回帰】が起動する。


 光が収まったシリルの身体は、蒼銀の髪を無造作に流した長髪の美女になった。金と銀の左右がことなる目がらんらんと輝いている。。


「なっ、なんなんだ、その姿は」

「俺は、俺だよ。俺は今まで三一回。生まれ変わっている。そして、過去の俺の姿に一時的に戻るのが俺の固有魔術、【輪廻回帰】だ。シリルの俺にはできないことも、過去の【俺】の中に平然とできる連中が居たりする。例えば、このフランリーネのように」


 フランリーネの指先に魔術の光がともる。

 そして、その指先で俺の火傷に触れる。

 光のラインが火傷に残った。シリルはその要領ですばやく全身の火傷に光のラインをつけた。


「なんだ、この魔術は」

「理解できなくていい、いや、しないほうがいい。これは人が使える程度の魔術じゃない。人をやめて初めて使えるたぐいの規格外品だよ。フランリーネは神に至るために、全てを捨てた俺だ」


 シリルは苦笑する。

 空中に立体的な多層構造の魔法陣を描く。


 魔法陣自体はそう珍しいものではない。だが、効率が悪く廃れたもの。

 脳内で処理しきれない魔術式を空間に記載することで、処理不足を補うために使うぐらいだ。

 しかし、シリルが行っているものは違う、図形と図形が絡みあい、変容し、味方を変えさせることで幾つもの意味を同時に持たせる。役割が終えた魔術式も移動し、配置を変えることで再利用。

 いったい、どれほどの情報量をもっているのか想像もできない。


「さあ、行こう。【液化変容】」


 シリルの魔術が発動する。

 光のラインが刻まれたところが溶ける。一切の痛みもなく。ただ、液化した。

 そして、灰色の液体が流れおち、逆に残った液体が蠢き、俺の肉体を再生していく。


 シリルの言ったことが本当なら、死んだ細胞を排出するし、逆に生きた細胞を即時に培養、正しく設計し欠損箇所に補填する。

 それも全身に及んだ火傷をすべて同時に。

 もはや神の領域だ。


「これで終わりだよ。君の火傷は全て癒やされた」


 全身を眺めると、俺の火傷は綺麗さっぱり消えて、綺麗な肌が目に写った。


「まさか、ほんとうに、こんな一瞬で」


 もう、ここまで来ると笑うしか無い。


「最後の仕上げをする。君の魔力回路を治そう。なに、フランリーネの姿の俺ならそうかからない。治すだけじゃない。君は変質魔力と、クーナの九尾の火狐化を模して実行した【白銀火狐】その影響で、魔力回路の質そのものが向上しようとしている、その動きを後押しすることでより強くする。こうすれば、次から君の魔力回路は【白銀火狐】に耐えられるようになるかもしれない」


 普段ならそんなことは不可能だと笑い飛ばす。

 だけど、シリルの力を目の当たりにした今、それができなかった。


「教えてください、俺がクーナの魔力回路を見たとき、大部分が壊れ、歪められていた。それは、あなたがやったのか」

「そうだ。俺がやった。変質魔力を作れないように、あの子の魔力回路を弄った。次、九尾の火狐化をしたら、あの子を殺す以外に止める方法がなかったからね。そうせざるを得なかった」


 シリルの声には苦渋が満ちていた。


「あなたなら、九尾の火狐化を止めることだって」

「無理だ。あれは特殊すぎる。シリルのままでも、【俺】の中にもあれを止められるものはいない。一時的に力で押さえつけることは出来てもね。だから、ソージ、君には心のそこから感謝をしているよ」


 それだけ言うとシリルは魔力を固形化した針を俺の全身に突き刺す。

 そこからシリルの魔力が入り込んでいた。 

 その魔力は俺の全身に根を張る。


「それに、あの子を導くにはあの子と同じ高さでものを見られる奴が必要だった。それが君だよ。君は人のまま、九尾の火狐を御した。だからこそ、クーナに力の使い方を教えてやれるだろう。それは俺にはできないことだった……さあ、はじめようか。君の魔術回路は全て掌握した。うん、これなら強くできる。ソージ、これからもクーナを頼むよ」


 シリルは微笑んで、今日最後の治療を開始した。


 魔術回路の修正には二時間ほどかかり、全ての治療工程が完了した。

 火傷のあとも、瘴気の後遺症も、魔力回路の破損もすべてが完治した。

 いや、もとよりも良くなったぐらいだ。

 本当にシリルには頭があがらない。

 治療の全てを終えると、シリルはもとのエルフの姿に戻った。


「お疲れ様、よく耐えた」

「いえ、こちらこそ。本当に助かりました」


 俺はシリルに礼をする。

 本当を言うと、そんなことできるわけがないと思っていた節があった。


「治したばかりだし、しばらく安静に。あと、ごふっ」


 シリルが会話の途中に吐血した。


「シリルさん」


 シリルに駆け寄り、魔術で彼の体を確認する。

 いっさい、体には不調がないように見える。


「大丈夫だ、問題はない」

「確かに、体には問題がないようですが、なにが」


 異常がない状態で吐血をするというのは逆に恐ろしい。


「【輪廻回帰】の反動だよ。この魔術は魂を傷つける」


 言われて納得する。

 いくらかつての自分と言えど、今の魂を歪めることに変わりはない。

 こんなもの、使えば使うほど寿命を縮めるにきまっている。


「そんな顔をしないでくれ、心配するほどのことじゃない。今後、【輪廻回帰】をしなければ、あと十年ほどは生きられる」

「十年しか?」

「エルフは若くみえるけど、俺はもう、今年で四四だよ。平均寿命が五〇のこの時代、それだけ生きられれば十分だとは思わないか」

「だが、あなたはハイ・エルフだ」


 ハイ・エルフには寿命がないはずだ。


「若いころにちょっとね」

「まさか、今日の治療でも寿命を」

「気にすることはない、ほんの少しだけだ。君も知っている【世界を滅ぼした破滅の銀竜】、あれぐらいの規格外を呼べば話は別だけど。今日ぐらいの【輪廻回帰】なら大丈夫だ」

「あの、竜は、シリルさん自身だったのか」


 かつて、ゲーム時代。シリル相手に互角に戦い、最後の最後に巨大な竜が現れ蹂躙された。

 あれは、偶然だと思っていたが、シリル自身だとは想像もしていなかった。


「あのときの君は強かった。寿命を縮めてでも切り札を使わないといけないほどにね」


 血を拭ってシリルは微笑む。


「重ねて言うが、今日の治療に関してソージが気にすることはない。ソージはクーナのために命をかけてくれた。寿命を少し縮めるぐらいは構わない。それに、俺は愛する妻である、ルシエやクウと同じ時間を生きて、死にたいよ……もし、まだ負い目になるなら残されたクーナの力になってやってくれ。それが俺の望みだ」


 それで話は終わりとばかりに、シリルはタオルを俺に投げつけて去っていった。

 永遠を生きられる彼が人としての死を望む。

 そのことが尊く見えた。


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