第四話:クーナの実家
あれから、肉を嫌というほど食べてから、クーナに身体を拭いて包帯を巻き直してもらってから眠りについた。
クーナとアンネは温泉を楽しんだらしい。
エルシエには大浴場があり、無料で使えるとのことだ。
この火傷と瘴気焼けが完治したらぜひ利用してみたい。きっと気持ちいいだろう。
できれば、彼女たちと混浴したい。
そんなことを考えながら、眠りについた。
◇
翌日、やけに外が騒がしく、目を覚まされてしまった。
何事かと思い、窓の外を見るとシリルが居た。彼の足元には山程、魔物の素材が置かれている。
巨龍の牙、魔獣の爪、高位のゴーレムの一部が持つ琥珀の心臓。
どれも、超高ランクの魔物の素材ばかりだ。
シリルがもってきた素材を、エルフや火狐たちが運んでいく。
「あれ、いったいどうするんだろう」
「村で加工する。高位の魔物の素材で作った武器や防具はエルシエの貴重な輸出品」
ひとりごとをつぶやいたのに、返事がしたので、ぎょっとして振り向くと、銀色のキツネ耳を生やした少女……ユキナが居た。
「びっくりした」
まるで気配が感じられなかった。
俺は常に警戒を怠っていない。ユキナは完全に気配をけして忍び寄っている。
すごい技術だ。
「朝ごはんが出来たから、起こしに来た。ソージ、良かったね。お祖父様がはやく帰ってきて。これでソージの怪我が治る」
「嬉しいよ。いい加減、この不便さから開放されたい」
俺は苦笑する。
そろそろやせ我慢も限界だ。
「お祖父様ならうまくやる。怪我を治すのはお祖父様でも、治すのに体力が居る。だから、しっくり朝食を食べること。残すと許さない」
「ちゃんと、食べるよ。ユキナの作るうまい飯を残すわけがない」
実際、昨日の料理は大変美味しかった。
このあたりは自然が豊かなおかげか、シカもイノシシもしっかりと脂が乗り、しかも肉の旨味が強かった。
これほどの肉はなかなか他所では食べられないだろう。
それに、大雑把な料理だが使っている調味料がよく豊かな味わいだ。
エルシエ独自の調味料だろうか? 味噌に近くまた食べたいと思った。
エルシエには、本当になんでもある。朝食を終えたら調味料をもらえないか聞いてみよう。
◇
朝食を終えると、家主であるクーナの兄、ライナとユキナはそれぞれの仕事場に出かけていった。
俺とクーナとアンネは身支度を整えている。
シリルの家のお手伝いをしているというエルフの女性が現れ、シリルは家で治療の準備を終わらせているから、いつでも、シリルの屋敷に来ていいと連絡をしてくれた。
身体の傷がうずく。もうすぐ、この傷みから開放される。
「ソージくん、行きましょうか」
「私も準備がいいわ」
クーナもアンネも気合が入っている。
心なしかいつもよりも身だしなみに気を使っているように見える。
「クーナ、自分の家に帰るのに、どうしてそんなに身構えるんだ」
「ううう、だって父様が居るんですよ」
「シリルは、クーナのことを許してくれたじゃないか」
そう言うと、クーナは頬を膨らました。
「ソージくん、私とふぉっくすしたこと忘れてます? ちゃんと、ソージくんと結ばれたことを報告しないといけないじゃないですか!」
「……たしかにな」
俺とクーナは婚約したと言っても、状況的に仕方なくという側面が強かった。
きっちりとお互いの気持ちが通じあったことは、きっちりと連絡をする必要がある。
「まあ、大丈夫だよ。俺の方はちゃんとクーナをもらうって伝えてあるし、許可をもらっているから」
「いつの間に!?」
クーナが目を見開き、絶叫する。
はじめて、シリルと会った日、俺はクーナとの仲を認めてもらうために決闘をし、勝っている。
今更、俺達の仲を認めないということはないだろう。
◇
「にしても立派な屋敷だね」
「ふふふ、驚きましたか! これでも私は、お姫さまなんです!」
「自分でこれでもとか言うなよ」
クーナに案内された彼女の家は、初日に案内された賓客用の屋敷よりも立派だった。
レンガ作りの洋館という出で立ちだ。
装飾は最低限ながら、品がいいデザイン。それにいい匂いがする。
ここがクーナの育った家。
「では、ソージくん、私の家に案内しますよ」
そう言うなり、クーナは扉を開き中に入ると……。
「ただいま帰りました!」
少しはしゃいだ声でそう言った。
もしかしたら、本当は帰ってきたかったのかもしれない。
すると、たったったっと、駆け足でこちらに来る音が聞こえる。
現れたのは、火狐のニ十代後半に見えるセミロングの金髪をした女性、とびっきりの美女だ。どこかクーナに似ている。
「やっと、帰って来たんですね。クーナ。もう、心配かけて」
その美女はクーナを抱きしめる。
「母さま」
クーナも頬を緩ませて抱きしめ返した。
やはり、クーナの母親か。
クーナの美貌は母親譲りらしい。そして、その愛くるしいもふもふの尻尾も。エルシエに来てからかなりの数の火狐を見てきたが、クーナと彼女の母親ほど素晴らしい尻尾をもった人は見てない。
「本当に、心配したんですよ。世間知らずなあなたが、変な人に騙されてないかって」
「もう、母さまは心配しすぎですよ。私は立派な大人です」
「……クーナ、もう少し自分のことを客観的に見なさい」
火狐の美女はそう、言うとクーナとの抱擁を解く。
そしてほんわかとした笑みを浮かべて俺たちのほうを満た。
「クーナ、まずは無事で良かったです。その後ろの方がもしかして……」
「はい、私の仲間、ソージくんとアンネです」
クーナがどこか誇らしげに俺たちを紹介する。
「そう、あなたたちが……。クーナと仲良くしてくれてありがとう。私は、この子の母親でクウと申します。この子は、少し間が抜けていて、お調子者で、甘えん坊で、迷惑をおかけしているかもしれません。ですが、根はいい子だから、見捨てないであげてください」
そう言って、ペコリと美女は頭を下げた。
クーナは顔を赤くする。
「ちょっ、母さま、やめてください、恥ずかしいです」
「いえ、あなたが世話になっている人たちですちゃんと挨拶しないと」
「やーめーてー、母様、ほんとーに、やーめーてー」
クーナが必死になって、美女を止めようとする。
うん、気持ちはわかる。これは恥ずかしい。
「頭を上げてください、お義母さん。クーナは迷惑どころか、俺たちのためにすごく頑張ってくれています。かけがえのない俺たちの仲間です」
「そう、クーナも頑張っているんですね。箱入り娘で随分と甘やかせてましたから、外でもそんな調子かと心配していました」
「大丈夫ですよ。あなたが思うほど、クーナは子供ではありません」
「そうです! 言ってやってください、ソージくん!」
俺は苦笑する。
また調子に乗って。
そういうことを言うから、クーナは信用されないのだ。
だけど、ある意味、こういうところもクーナらしい。
そうして騒いでいると、一人の男がやってきた。
「クウ、それぐらいにしておいてやれ」
現れたのは、エルフ特有の長い耳、そしてハイ・エルフの象徴たる翡翠眼をもった男、シリル。
後ろにはエルフの美女が控えている。長い髪ですらっとした、二十代後半の美女。クウという最高の女性がいながら、こんな綺麗なエルフまで娶るなんて、なんてひどい男だ。
「あっ、ごめんなさい。シリルくん」
「ソージ、クーナ、そしてアンネ。よく来てくれた」
「いえ、こちらこそご迷惑をおかけします」
わざわざ、シリルは俺を治すために地下迷宮に潜ってくれてたし、これから治療のために時間を割いてくれている。
感謝してもしたりない。
「クーナのために負った傷だ。俺には感謝の気持ちしかないよ。そして、ありがとう。あの状態のクーナを止めてくれたようだな。それは俺にも出来なかった。もう一度、ああなってしまったら終わりだと覚悟していたんだ。ソージはクーナの命の恩人だ」
シリルは真摯な瞳で俺を見据える。
「あなたに感謝されることじゃない。俺は、クーナが好きだから助けた。それだけです」
「それでも、ありがとう。……これ以上、言葉を重ねてもしかたがないか。行動は感謝で示す。さっそくソージの身体を治療しよう。治療だけじゃない。もと以上の状態にすることを約束する」
「それは助かります」
おそらく、シリルの言っているのは魔力回路の最適だ。
自分の魔力回路だけは自分でいじることは出来ない。そのため、俺は魔力回路の改善を放置していたが、シリルならなんとかできるだろう。
魔力回路が強靱になれば、【白銀火狐】の反動に耐えられるかもしれない。
そのことは、ほんの少し期待していた。
そして、俺はシリルに連れられて離れに移動した。




