第三話:ライナ・エルシエ
祝! 二巻発売、今週発売されたので是非手にとってね!
ライナとユキナに彼らの家に招待された。
家の中に入るとアルコールの匂いがした。
どうやら、ユキナが酒造りに使っている道具が原因のようだ。
彼女に二階に案内される。
「空き部屋が二つある。三人が来ると聞いていたから、ユキナが掃除を済ませておいた。部屋割りは任せる」
ユキナに案内された部屋は二つ。
ここは無難に、俺が一部屋使い、クーナとアンネが一部屋という割り振りになった。
「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」
「そうしてもらえると助かる。基本的に、父さんもユキナも忙しい。父さんはイラクサの隊長だし、ユキナにはお酒がある。ご飯は毎食用意するけど、掃除や洗濯は自分たちでやってほしい」
「わかった。それぐらいは自分でやる」
居候させてもらうんだ。できるだけ迷惑はかけたくない。
「んっ、お願い。あと父さんが呼んでた。ソージと二人きりで話がしたいって。荷物を置いたら下に来て。クーナとアンネには食事の準備を手伝ってもらう」
「わかった、すぐに行くよ」
俺は荷物を置きあらたな部屋の状態を確認したあと下に降りていった。
◇
「悪いな、呼び出して」
「いえ、こちらこそ部屋をお貸しいただきありがとうございます」
「いいってことよ。俺とユキナの二人じゃこの家は広すぎる。家を建てたときは、嫁を迎えたら、これぐらいは必要だって思ったんだがな、今になって失敗したなと思ってんだ」
男臭い笑みをライナは浮かべる。
「二人きり? 奥方は?」
「んなもん居ないよ。俺は独身だ」
「失礼しました。不躾な質問でしたね」
おそらく、離別したか、離婚したのだろう。
「おい、なんか失礼な勘違いしてないか」
「勘違いですか? わけあって奥様とは別居されているのかと思っていました」
「そう思ってもしかたないよな。俺は結婚なんてしたこともない」
がははと、ライナは笑う。
「なら、ユキナは?」
「あの子は養子だ。あの子の母親は流行り病で死んだ。俺の初恋の人だったんだ。あの子の母親が病に倒れたとき、あの子の父親はエルシエを離れていた。もともと、忙しく飛び回っている男だったんだけどな。……ユキナの母親が倒れたって手紙を送っても帰って来なかった。あの人が死んだあとに、のうのうと帰ってきた」
ライナは手の届かない遠くの何かに想いを馳せていた。
「頭では、どれだけ大事な仕事をしていて、もし、そいつが仕事を投げ出して帰ってくれば何千人、何万人が死ぬことになるってわかってた。ユキナの母親だって、そんなこと望んでなかった。死ぬ直前に、あの人は笑ったんだ。幸せだったって……。でも、どうしても許せなかった。だから、おまえにユキナは任せられない。俺が育ててやるって、幼いユキナを引き取ったんだよ」
随分と、複雑な事情があるようだ。
「なるほど、そういうわけだったんですか。でも、ユキナのために母親を用意してやろうとは思わなかったのですか?」
「思わない。ユキナを引き取った日、残りの人生はあの人だけを一生愛するって誓ったんだ。あの人が残してくれたユキナを一人前に育てあげるってな……ちょっとしめっぽい話をしたな。許せ」
「いえ、興味深い話しでした」
よくも、悪くもライナという男はひたすら真っすぐだ。彼がどういう人間かわかっただけでも話を聞いた価値がある。
そう言えば、クーナが小さいころ兄はモテてよく女性を連れ込んでいたと聞いたことがある。今のライナはとてもそんなちゃらちゃらした男に見えない。
もしかしたら、その好きな人の気を引くためにそんなことをしていたのかもしれない。そして、ユキナを引き取ったあとは、その人を想い続けることを誓った。
初恋の相手をそこまで思い続けるなんてなかなかできない。少し共感が湧いた。
「で、呼び出した理由だが。おまえの覚悟を問いたい」
ライナはいかめしい顔に更に力を入れ、俺の目を見つめる。
「覚悟ですか?」
「ああ、クーナはわけありだ。ソージはクーナを助けるために死にかけて魔術も使えなくなり、火傷と瘴気の後遺症に苦しむことになった。クーナと一緒に居れば、また同じ目に合うかもしれない。今度は、親父でも治せない傷を負うかもしれん。それでも、クーナと一緒に居たいと思うか? 女なんて他にいくらでもいるぞ」
そんなもの、考えるまでもない。
「それでも俺はクーナと一緒に居たい。その覚悟があるから俺はクーナを助けたし、今でも一緒に居る。だいたい、たかがそんなことで諦められるほど、クーナの魅力は生易しくない。俺はクーナに心の底から惚れてるんだ」
俺がそう言うと、ライナは声をあげて笑う。
「まったく、俺もたいがいイカれていると思ったが、おまえも相当だな。男なら好きな女のために命をかけなきゃ嘘だよな。よし、いい覚悟だ。それが口だけじゃないって言うのも行動を見ればわかる。今日からおまえは俺の弟だ」
ぽんぽんと、力強くライナは俺の肩を叩いた。
「驚きました。クーナから、ライナさんはシスコンでクーナに近づく男はかたっぱしから叩きのめすと聞いていたので、殴られる覚悟はしていたのですが」
「俺が喧嘩を売るのは、覚悟もないくせに、あいつに近づく男だけだ。だが、ソージ、おまえになら妹を任せられる」
ライナは立ち上がり、杯を取り出す。
「飲め、兄弟の杯だ。ユキナが作った中でもとびきりの酒を使う。俺の誕生日にあいつがくれた酒なんだ。こういう場でもないと絶対に開けない」
「ありがたくいただきます」
杯に酒が注がれる。甘い果物のような爽やかな香りがあたりに広がる。
杯は俺とライナの中央に置かれた。
「五分の杯だ」
まず、ライナが半分を飲み干す。それを中央に戻した。
「では」
残りを俺が飲み干した。
これは固い絆を結ぶ儀式、半分づつ飲むのはお互いが対等な立場であることを意味する。
ライナが俺を認めるというメッセージだろう。
「これで、俺たちは兄弟だ。これから頼む、ソージ」
「こちらこそ、お願いします。ライナさん」
「兄弟に遠慮はいらねえ。もっと普通に話せ、肩がこる」
「ですが、俺は弟だし」
「兄貴のいうことが聞けないのか?」
冗談めかしてライナがそういう。
そこまで言うなら拒む理由もないだろう。
「わかった。ライナ。楽にさせてもらおう」
そうして、俺は微笑んだ。
◇
「それで、おまえの覚悟を聞いたわけだが、好きな女を守るには覚悟だけじゃ駄目だ。強さが要る。弱い男にゃ、女は守れねえ」
「それは同感だ。思いだけじゃ何も守れない」
痛いほどそのことを実感している。
そもそも、神聖騎士団に襲われた時、俺にもっと力があればクーナを暴走させずに済んで、クーナを泣かせず済んだ。
「ソージ、おまえの立ち居振る舞いを見ればわかる。おまえは達人だ。武術において俺が教えられることはないだろう」
「ライナが言うとおり、俺は武術には自信がある」
プレイヤーたちによって、最適化し進化し続けた武術。一六八年もの経験。
純粋な技量なら俺はシリルにすら迫る。
「ソージに質問だ。強さはおおよそ、身体能力、魔力、加護、その三つの力で決定する。そう思ってないか」
「ああ、その三つの力をどう活かすかで決まると思っている。そして俺はそこに四つ目の力として瘴気の力を借りることができる」
俺だけしかできない四つ目の力。
そのアドバンテージは非常に大きい。
「本当に瘴気を使えるんだな。なら、感覚としてわかるはずだ。強さの要素そのものを追加することが、どれほどの意味を持つか。もう一つ足すつもりはないか?」
もうひとつ? そんなものが実在するのか?
「エルシエの精鋭部隊イラクサでは、身体能力、魔力、加護、……そしてもうひとつを足した四つの要素で戦う技術を叩き込まれる。その技術をソージ、おまえたちにも授ける。エルシエに居る間、昼は魔物を狩ってランクをあげて、夜は四つ目、いやソージにとっては五つ目をものにする訓練をするんだ」
胸が高鳴った。
ランクをあげる以外のほうほうで行き詰まった、強さへの探求。
その別のアプローチ。
「そうしたい。いや、そうさせてくれ。俺はまだ強くなりたい」
「いい返事だ。親父がソージの体を治したら徹底的にやるから覚悟をしておけよ」
「望むところだ、ライナ」
「なら明日からしごいてやる。というわけで、今日はその傷ついた体でもできる、強くなる方法を実践しようぜ」
ライナがそう言うと、煮立った鍋をもったユキナが現れる。
後ろには、大皿をもった、クーナとアンネ。
「父さん、ソージ、ご飯の時間。父さんが言ったとおり、お肉たっぷり」
鍋の方は、イノシシ肉を甘辛い出汁で煮込んでおり、大皿のほうにはタレを絡めて炒めたシカ肉が山積みになっていた。
「強くなるには、なにより、肉だ、肉! 俺が昨日のうちに狩っておいたシカとイノシシだ。がんがん食って強くなれよ」
俺は苦笑する。
ライナの趣味に合わせてか、大雑把で野趣な料理。
だが、うまそうだ。肉の香ばしい香りが広がっている。
「しっかり食べさせていただきます」
たしかに、肉は大事だ。
たっぷり食って食って、体を作ろう。
無事二巻が発売されました!
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