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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第四章:【魔剣の尻尾】の真価と進化
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第二話:守護者

「ここがエルシエか、いい国ですね」

「国と言っても、人口が千人にも満たない小さな村一つですわ」


 クーナの姉である金の火狐であるソラに案内されて俺たちはエルシエに足を踏み入れた。

 小さいが、活気がある良い村だ。

 そこかしこに笑い声が響いている。


 さきほどから、クーナは俺の後ろでびくびくしている。

 それは、ソラが『人前ではしたないところは見せられませんわ。でも、お仕置きはしっかりします、ソージさんを案内したあとにたっぷりとするので覚悟しておくように』と言ったせいだろう。


「あれは、なんだ」


 俺は村の中を走っている、馬のような大きさの鉄の塊を指差す。

 聞いておいて、頭に一つの単語が浮かんではいる。

 こんな時代にあるはずがないので、あえて聞いた。


「あれは、車というものよ。父が趣味で作ったものを、父の弟子の鍛冶師たちが分解して、設計図を起こし、最近では量産に入っていますわ」


 そう、車が走っていた。

 不思議なのはエンジン音がせず、マフラーもない。


「動力は?」

「風ですわ。風のマナで動力部にあるシリンダーをピストンさせて、ギアで回転力に変換するって仕組み。エルフなら、時速八〇キロぐらいは出せますわ」

「それはすごいな」


 馬車は、案外遅い。どんなに頑張っても時速二〇キロに届かないのだ。

 そんな便利なものがあるなら、一つほしいぐらいだ。


「ソージくん、でもあれエルフしか使えないんです。風の適性がエルフ並にないと、のろのろと動かすだけで精一杯なんですよ。ううう、父様と一緒に乗って気持ちよさを知ってるのに、自分じゃ動かせないもどかしさ」


 クーナが恨めしそうに気持よく車を走らせるエルフを見ていた。

 まあ、火狐であるクーナに風魔術は扱えないのであれは乗れないだろう。


「でも、クーナ。向こうを見て、火狐の男の人が走らせているわよ」


 アンネが指差す先にも、車があった。火狐の男性が楽しそうに運転している。


「ソラ姉様、あれ! あれ! あれはなんですか!? どうして、火狐が車を動かせるんですか!」


 クーナが嬉しそうに目を輝かせて尋ねる。

 顔に乗りたい、操縦したいと書いてあった。


「最近完成した車の火狐モデルね。父様が火狐たちの要望で設計してあったの。まだ、試作品が数台しかないわ。あっちは動力に水蒸気を使っていますわ。水を火狐の炎であたためて、水蒸気にしてタービンを回す仕組み。でも、水を循環させるのに、水蒸気を冷やして水にするのも魔術頼みなの。加熱と排熱を同時に使える腕前がないと無理ね。でも風と違って質量がある分、出力は、エルフモデルを凌駕しますわ」


 構造的には、エルフモデルよりも、現代の車に近いだろう。

 加熱と排熱、魔術で片付けて小型化しているのなら、ヘタすれば日本の車より性能がいいかもしれない。排気ガスが出ないので環境にもいい。


「ソラ姉様、あれ、欲しいです! 私も、思いっきり走らせたいです!」

「クーナ、そうやってすぐに欲しいものをねだるのは止めなさい」


 クーナがきらきらと目を輝かせておねだりすると、ソラが苦笑した。


「ソラ姉様のケチ。いいです。ルーシェ姉様に頼みます」

「……本当に止めなさい。あの子ならほんとうに買っちゃうから。昔から人一倍クーナに甘い子だし」


 ソラが深くため息を吐いた。

 クーナはエルシエでは傍若無人に振舞っているらしい。

 末っ子ゆえの甘え上手なんだろう。


 ◇


 いろいろとエルシエの中を見まわりながら、ようやく目的地についた。

 ソラに案内されたのは、エルシエの中でも一際大きな屋敷だった。

 レンガ造りの立派な家だ。


「ここは?」

「来客用の屋敷よ。賓客はここでもてなすことにしているのよ」

「クーナの家じゃないんだ」


 そう問いかけると、クーナがドヤ顔で胸を張った。


「私の家はここより大きいですよ。二つの家族が住んでいるのでそれなりに大きな家が要るんです」

「三つじゃないのか?」

「まあ、そこは事情があるんですよ」


 クーナはそう言って、お茶を濁す。

 なにかいいたくない事情があるのだろう。

 屋敷に通されるとなぜか、和室のような部屋に招かれる。

 囲炉裏があって、畳がしかれている。

 こんな部屋は初めてだった。

 ソラは、慣れた手つきでお茶をいれると、こちらに差し出してきた。


「粗茶ですが」

「ありがとう」


 俺はこういった作法には慣れていないので、適当に口に含む。

 いい香りだ。緑色の和茶。なかなか口に入れるものではないので、ゆっくりと味わう。強烈な苦味、そこに隠れているほのかな甘味。

 嫌いじゃない。


「ぶっ」


 横を見ると、アンネが予想外の苦味に顔をしかめていた。

 おそらく、この苦味はまったく想像していなかったのだろう。

 アンネが青い顔をしながら、必死に口に入れたお茶を飲み込む。


 そして次はほんの少し、口に入れた。

 すると、目を見開く。一口目は苦味に対する警戒もなく、いっきに口に含んだせいでむせたが、苦いとわかっていて、なおかつ少量を口に含むのであれば苦味の裏にある確かな甘みを楽しめるのだ。


「ソラ姉様、あれ、あります?」


 一人、お茶に口をつけなかったクーナがソラに問いかける。


「……あの飲み方をするつもり? お茶を淹れたわたくしに対して失礼だとおもわないの?」

「だって、そっちのほうが美味しいです」


 クーナは、はやくはやくとソラを急かせる。

 すると、ソラは苦笑してから立ち上がり、棚の中から土瓶を取り出した。

 クーナは、ぱぁーっと顔を輝かせて土瓶の中身をお茶にぶちこんだ。


「クーナ、それはなんだ」

「メープルシロップです! これをいれると美味しくなるんですよ♪」


 尻尾を揺らしながら、クーナはメープルシロップをたっぷりいれたお茶を口に含む。


「うん、甘苦くて美味しいです。ソラ姉様、もういっぱい!」

「まったく、この子は……好きにしなさいな」


 ソラは苦笑しながらも、お茶を淹れたクーナに渡す。

 クーナは本当に美味しそうにメープルシロップ入のお茶を飲んだ。


「その、俺も試していいですか?」


 これだけ美味しそうに飲まれると気になって仕方ない」


「ええ、どうぞ」


 ソラの許しを得たので、自分のお茶に、メープルシロップを入れた。

 飲んでみると、よく合う。メープルシロップの優しい甘さがお茶の苦さを包み込んで口当たりが柔らかい。それでいて、きっちりとお茶独特の苦味と渋みは主張していて、甘さと混ざり合って不思議な魅力を醸し出す。


 味の系統としては甘い抹茶に似ているが、それよりもすがすがしく、芳醇だ。

 俺とクーナをアンネが羨ましそうに見ていた。

 そして、おずおずと手を上げ。


「ごめんなさい。私もやってみたいのだけれど。いいかしら?」


 そう、ためらいがちに言った。

 そんなアンネを見て、おかしくて俺たちは笑う。

 許しを得たアンネは、メープルシロップをたっぷり入れたお茶を飲んで、心底美味しそうな表情を浮かべた。


 ◇


「さて、一服したことですし、そろそろ本題に入りましょうか」


 ソラが弛緩した空気を、その一言で引き締めた。


「ソージさんからの手紙を読ませていただきましたわ。クーナが何者かに狙われており、それを退けたものの、ソージさんは重体。エルシエには、クーナを保護してもらうため、そしてソージさんの治療をするため……そして、なにより今より強くなるために来たという認識ですが、あっているかしら?」


 俺たち三人は頷く。

 そう、今の俺ではクーナを守れない。それどころか、この体を癒せなければまともに戦うことすらできないのだ。……さらに言えば、強くなりたい。自分でクーナを守れるぐらいに。


「そう、まず今の状況ですが、父はソージを癒やす薬の材料を確保するために、エルシエに秘匿されている地下迷宮に潜っています。火傷はともかく、瘴気焼けは魔術だけでは治せない。だから、特殊な素材で作った薬と魔術を併用する必要があるとのことです」

「そこまでしていただけるとは」


 一度、侵食した瘴気は生半可な手段では癒せない。

 ソラが言う、瘴気焼けに効果がある薬自体が初耳だ。


「クーナを守るために負った傷ですもの。ソージさんは、あの状態になったクーナを正気に戻したと聞いておりますわ。それは父でもできなかったこと。今だから言いますが、わたくしどもは、次、クーナがああなったら、助けられない、殺さざるを得ないと覚悟しておりました。ソージさんはクーナの恩人です。それぐらいは当然させていただきますわ。その他にもソージさんが望むなら、エルシエはなんなりと協力します」


 なんでもないことのようにソラは言う。そして言葉を続ける。


「改めて申し上げます。クーナを、大事な妹を助けてくれてありがとうございます」


 そして、頭を下げた。それは非常に美しい所作で、一瞬ぼうっとしてしまった。


「父が戻ってき次第、治療をさせて頂きます。そして、父も私も多忙でなかなかクーナを護衛することはできません。したがってエルシエにいる間は、別の男を側につけます。安心してください。父を除けば間違いなく、エルシエ最強の男。父以外に、あの男に勝てる生き物はこの世に存在しないほどの強者ですわ」

「ソラ姉様、まさか、それって」

「ええ、クーナ。察しがいいわね。あなたを守るのはライナ、頼れるあなたのお兄さんよ」


 ライナ? 四位の人、ライルと似た名前だ。

 間違えないように注意しないと。


「やっ、やめてください。ライナ兄様は、あの人だけは」

「安全第一よ。クーナだってライナの強さは知っているでしょう。それに、ライナなら。あなたたちの師匠にもなれるわ。エルシエ秘伝の、常識の外にある術理、それを教えてあげることができる。くさっても精鋭部隊イラクサの隊長、指導には慣れていますの。実はもう呼んでいるの」


 扉が開かれる。

 そこには、大男が居た。

 クーナの兄だけあって美形が多い火狐の中でも飛び抜けての美青年。だが、そんなことが気にならないぐらいに威圧感がある風貌だった。

 身長は一九〇ほど、全身に纏った筋肉の鎧。身体能力だけじゃない、全身にほとばしる魔力も、この男の凄みを際立たせていた。


 金色のキツネ耳と、立派なキツネ尻尾があるのだが、おそろしいまでに似合わない。


「おおう、クーナ。会いたかったぞ」


 男臭い笑みを浮かべて。大男がクーナに突っ込んでくる。さながら、猛牛の突進だ。


「ひぃ、ひぃぃぃ」


 クーナが悲鳴をあげて、飛び退る。

 クーナを抱きしめようとした男の両腕が空を切った。


「ひどいぞクーナ。兄の抱擁を拒否するなんて」

「いや、避けますから、普通、避けますから、あんなのくらったら背骨が折れちゃいます!」


 怖いのは、それが比喩表現ではないことだ。

 あれをくらえば、クーナの華奢な体なんて一発だろう。


「うむ、クーナは相変わらず細いな。肉をもっと食え、もっと肉をつけろ。じゃないと、強くなれんぞ」


 クーナはライナの言葉に頬を膨らませた。


「むぅ、いいです。私はスピード重視なんです。これぐらいがちょうどいいんです」


 俺の背中に隠れたクーナが頭だけ出しながら文句を言う。


「クーナは、あと一〇キロほど肉を付けたほうが強くなるんだけどな」


 俺としてはそれは遠慮したい。

 今のクーナの、適度に肉がついた最高にエロい体が台無しになる。

 表面は柔らかく、薄皮一枚のしたに柔軟な筋肉がある今のクーナが大好きなのだ。

 そんなことを考えていると、ライナの後ろから一人の少女が現れる。


「父さん、女の子にそれは失礼。あと、お客様がドン引きしてる。自重するべき」


 かつて王都で会ったユキナだ。

 俺達と同年代のクールビューティの銀色の火狐。


「おっ、そうか、すまない。悪い悪い。おまえがクーナの仲間のソージで、そっちがアンネちゃんかな」


 男はがははと笑う。


「はい、俺はソージ。クーナの仲間です」

「そうか、そうか、おまえが」


 ライナは俺を値踏みする。


「なるほど、親父が気に入るのもわかるな……」


 何かに納得したようにライナは頷いた。


「あの、私はアンネロッタ・オークレールともうします」


 おずおずと、アンネも挨拶する。


「これはこれはご丁寧に。アンネちゃんもいい剣気だ。なるほど、クーナはいい仲間たちに恵まれた。俺はライナだ。ライナ・エルシエ。エルシエの精鋭部隊イラクサのリーダーをやっている。エルシエにいる間は俺がおまえたちを守るし、徹底的に鍛えるつもりだから覚悟しろ」


 ライナは俺とアンネに握手を求めてきた。

 クーナは昔、この男のことを残念な脳筋と言っていたがしっかりと目には知性の輝きがあった。


 一兵士ならともかく、リーダーともなれば頭の回転が遅いと話にならない。たぶん、クーナに関してだけは頭が悪くなるのだろう。


「今日は、長旅で疲れただろう。どっちみち親父が帰ってくるのは明日だ。俺の家でゆっくりするといい。ユキナ、酒と飯の準備を頼む」

「わかった。とっておきのを出す。父さんが隠している秘蔵の酒とか、楽しみにしていた特製ベーコンとか」

「しゃーないな。まあ、いい。新しい弟のためだ。それぐらいはいいだろう」


 そうして、俺たちはこれからライナの家で世話になることになった。


チート魔術二巻が、4/28発売だよ! 表紙とか下に載せてる! 買ってくれると月夜さんがないて喜ぶよ!

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