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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第一章:地下迷宮への挑戦
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第八話:看病

「アンネ!」


 クーナが駆け寄る。


「どうしよう。ソージくん、アンネが」

「落ち着いて、今から診察する」

「そんなことできるんですか?」

「出来る。俺はそこらの医者より、腕がいいよ。」


 俺はしゃがみ倒れているアンネの、手首に指を押し当て脈、瞼を開いて眼球の運動、口を開いて喉と舌の様子、胸に耳を当て心音の確認をした。

 結論はすぐに出る。


「栄養失調と過労だね。半日もすれば起きれるし、飯食って眠れば一晩で回復する」

「そう、よかったです」


 いきなり倒れた友達が病気でないことを聞いて、クーナは安堵の息を漏らす。


「こんな状況になったことは全然よくないけどね。さて、この子をどうしようか?」


 封印都市ははっきり言って治安が悪い。

 基本的には、すべて自己責任といった町だ。


「ソージくん、もしここに放置したらどうなります?」

「運が良くて、この高そうな剣とか、首飾りとか、そういうのを盗られて放置。運が悪ければ、それプラス奴隷売場直行かな?」

「この学園に保護してもらうとか」

「無理だよ。学園は税金を投入されているから、学生以外に人の稼働とかお金とか使うと、バッシングされるんだ。確実に拒否されるよ」


 この世界は、基本的に冷酷で他人に無関心だ。

 他人の優しさを当てにしたものから破滅していく。

 クーナは真剣な顔で俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。


「ソージくん、お願いがあります。宿、もう一人分お金を払ってください。それと栄養のある食事の用意を。かかったお金は私の借金にしてください。ソージくんは医療の心得があるようなので、看病をしてくれるならその医療費を借金に上乗せしてくれてもかまいません。借金は二倍にして返します。もし、返せなければ、私のことは好きにしていいです。だから、お願いします。アンネを助けてください」


 クーネは頭を下げる。

 キツネ耳を隠していた帽子が取れてキツネ耳が現れる。不安なのか、ぴくぴく震えていた。


「どうして他人のクーナがそこまでする。それに、この子は強力なライバルになると思うよ。いい剣の腕をしてるし、流れている魔力も淀みない。才能があるし、努力している証拠だ。潰れてくれたほうが都合がいいんじゃないか?」

「確かにそうです。でも、アンネは友達です。私は人の道を踏み外してまで特待生になりたくない。たぶん、ここで見捨てたら一生後悔します」


 ……本当はクーナが何も言わなくてもアンネロッタを助けるつもりだった。

 打算はある。

 彼女の剣の腕はさきほどの動作で分かった。症状を見るときについでに魔術素養も確認したが、魔術の循環回路も、演算能力もトップクラスだ。恩を売っておく価値がある。


 入学後は地下迷宮の探索を、似た力量で時間の都合がつきやすい学生同士で行うのが効率がいい。そのために、今のうちから才能のある受験者に唾をつけておくのは必須だ。


「わかった。提案を受け入れよう。でも、ライバルが増えるのは俺も同じだよ。クーナのせいでライバルが増えたなー辛いなー」

「うっ、でっ、でも、なんとなくですけど、ソージくん余裕でぶっちぎりそうじゃないですか。私とアンネで残りの二つを争うのは変わらないですって」


 確かにその通りだ。この体と、脳に蓄積された知識と無数の研磨された魔術があれば特待生枠を一位で通過できるだろう。


「クーナ。借り二つ目だな。さて、何をお願いしようかな」

「ううう、怖い、怖いです。野獣の目です」


 クーナがキツネ耳を抑えてぶるぶると震えている。

 一通り、クーナをからかってから、倒れたアンネを担いで俺はその場を離れた。


 ……だが、笑いながら俺は考える。何かがおかしい。

 ゲーム時代、ここまで都合のいい運命的な出会いはなかった。

 クーナとの出会いも、アンネとの出会いもできすぎている。タイミングが良すぎる。ゲームらしさが皆無のイルランデだからこその違和感。

 まるで、用意されている強制イベントを消化しているような不快感。


 ふと視線を感じ、そちらに意識を向ける。


「どうしたんですか、ソージくん?」

「いや、なんでもない」


 口ではそう言いながら、警戒心を強めていた。

 俺が、気配を感じたのは学園を出たところにある建物の影。

 魔力の残滓を拾って誰かが居た痕跡を探すが、何一つない。

 ……だからこそ怪しい。

 建物の影と言っても、これだけの人通りがある街だ。絶対になんらかの残滓が残っている。

 それがゼロと言うことは誰かが意図的に消したということだ。


『なぜ、今の時点の俺たちを監視する?』


 俺が視線に気付いたことを察知し、自らの痕跡を消す手腕は超一流。

 だが、完璧に消し過ぎて監視の存在を確信させてしまった。

 そこから導き出される結論は、実力はあるが、経験不足な使い手。

 今後、接触してくる連中には気をつけないといけないだろう。


 ◇

 

「ここは」


 宿のベッドで、アンネが目を覚ます。


「俺たちの宿だよ。急に倒れたからここに運んできた」

「そう、ありがとう。助かったわ。久しぶりに友達にあったから気が緩んだのかも」


 ぼそっとアンネロッタがつぶやく。

 そして、次の瞬間には自分の姿を見て、目を見開いて体を抱きしめて赤くなった。


 俺たちは彼女の服を着替えさせていた。体を締め付けるタイプの服だったので寝苦しいだろうという判断だ。それで俺に裸を見られたと思ったのだろう。


「安心してほしい。君を着替えさせたのも、体を拭いたのも、クーナだ。俺がやるといったら部屋を追い出されたから、何も見ていない」

「……本当?」

「本当ですよ。私がやりました。作業中はソージくんを追い出したので心配は無用です」


 机に向かって勉強をしていたクーナがこっちを向かずに声を出す。

 彼女はアンネロッタの看病でロスした時間を取り戻すのに必死だ。ゼロからのスタートで座学を三日でマスターしないといけない。


 クーナは部屋着なので、キツネ耳も尻尾も露出している。クーナは集中すると尻尾をゆっくりと振るくせがあるので見ていて楽しい。


「そう、迷惑をかけたわね。ありがとう。クーナ。それと……」


 俺の名前を呼ぼうとしてアンネロッタは言葉に詰まる。

 当然だ。俺はまだ名乗っていない。ちょうどいいし、自己紹介をしておこう。


「それで、初めましてだね。俺はソージ。君と同じ、騎士学校の受験生で、クーナの家庭教師をしているんだ」

「これはご丁寧に。私はアンネロッタ・オークレールよ。よろしく。……変な人ねライバルのクーナの家庭教師をするなんて」

「一応、俺なりにメリットがあると考えてやっているんだ。それと、はい、これ」

「これは?」

「おかゆだよ。胃が弱っているから、まずこれを食べて栄養をつけよう」


 俺は市場で、コメと牛乳、それにレバーと匂いけしのハーブであるセージを買ってきて作った。

 レバーはビタミンがたっぷりあって体にいい。


 徹底的に血を抜きスジを取り除いたレバーを牛乳漬けにして匂いを消したあと、焼いて油を抜いて胃に優しくしてすりつぶし、セージを混ぜ込んで団子にした。セージはいい香りがするハーブで香りづけにもなるし、消化を助ける効果もある。


 あとは牛乳にコメをぶち込んで塩で味を調えた粥にレバー団子を投入して完成だ。


「美味しい、こんなに、おいしいの久しぶり、それに優しい味。体だけじゃなくて、心に沁みるわ。ありがとう」


 ぼろぼろとアンネロッタが涙をこぼす。


「ゆっくり食べてね。胃が弱っているから一気に食べると、胃がびっくりして吐いちゃうから。最低二十回は噛むこと」

「わかったわ。やっぱりへんな人、ばあやみたい」


 ここでお母さんではなくばあやという単語が出るあたり、アンネロッタのお嬢様っぷりがうかがえる。

 二十分かけてアンネロッタはおかゆを平らげた。


「うん、胃は大丈夫そうだね。もう一杯食べる?」

「……お願いするわ」


 恥ずかしそうに、アンネは皿を差し出してきた。

 栄養たっぷりの牛乳粥を二杯も食べれば、翌朝にはよくなるだろう。

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