第二十六話:地獄に垂らされた蜘蛛の糸
【白銀火狐】の効果で、髪が白銀色になり、銀の燐光を纏い光の尻尾を生やした俺は、全ての力を失い全裸で気を失っているクーナをお姫さま抱っこをして歩く。
「そうか、俺一人では使えない力か」
俺の操っていた白銀の炎が散り、【白銀火狐】の魔術が解除される。
さらに髪の色も黒に戻った。
解除したわけではない、解除されたのだ。
どうやら、【黄金外装】も、【白銀火狐】もクーナが九尾化し変質魔力が活性化した状態でないと使えないみたいだ。
半死人の状態の身体を、クーナの変質魔力で無理やり動かしていた俺は、糸が切れた人形のように崩れ落ちそうになる。
最後の意地でクーナを優しく地面におろす。
「さすがに、死ぬかもな」
苦笑してつぶやく。
クーナの変質魔力の恩恵を失ったので火傷は癒えきってない。瘴気に焼かれた傷はクーナの変質魔力でも回復しなかった。
加護はとっくの昔に尽きた。血を失いすぎている。【白銀火狐】の反動を受けて、魔力回路はぼろぼろだ。
生きているほうが不思議なぐらいだ。
視界が霞んで、立っていることすら限界を感じて倒れ込む。
「ソージ、クーナ」
アンネが駆け寄ってきて、俺を抱きとめた。
彼女の体温と柔らかさが俺の意識をつなぎとめる。
「アンネ、すまない。ちょっと無理をしすぎた」
「謝ることはないわ。ソージはクーナを助けだしたもの。今は休んでいて。ソージが眠っている間は、命がけで二人を守るから」
その言葉に甘えて、全身の力を抜く。
アンネが俺を横にしてくれた。
それから、アンネは俺とクーナを運んで、地下九階の入り口付近にまで移動した。
ついでに、クーナを襲った三人の生き残りである魔法使いの少女も連れてきている。
「アンネに甘えさせてもらうよ」
「ええ、ソージたちは誰にも傷つけさせない」
アンネはクヴァル・ベステを構えて宣言する。よほど気合が入っているのか、既に、クヴァル・ベステの第一段階解放状態になっていた。
彼女を信じて、意識の一部を起こしつつ仮眠をとった。
◇
俺は目を覚ます。
残念なことに、加護も魔力もほとんど戻っていない。それほどまでにダメージが大きすぎるようだ。
途中、一部起こしていた意識がアンネが魔物を撃退しているのを見届けている。ここのフロアの魔物は容赦なく襲ってくる。安全圏なんて地下九階に存在しない。
一人ではこの階層の魔物は辛いだろうによく頑張っている。
「ソージ、起きたのね。これからどうする?」
アンネが俺に問いかけてくる。
彼女の顔には疲れがあった。今戦えるのは彼女だけ、そんな状態で怪我人の俺とクーナを守っているのだ。疲れのたまり方がひどいだろう。
「クーナが起きるまで、ここでアンネを頼りにさせてもらう」
「クーナが起きたあとは?」
「クーナもたぶん、起きても、ぼろぼろでろくな戦力にならない。アンネが一人で、地下一階を目指してくれ。アンネに金を渡しておくから、もしランク2上位以上の力をもった探索者を見かけたら俺たちを迎えにくるように依頼してほしい、地下四階の宿泊地ならきっと見つかる。もし、見かけなければ学園に戻って教官に声をかけてほしい。俺とクーナはこの階層で息を潜めつつ、探索者を見かけたら付き添ってもらって地上を目指す。クーナが起きたら隠れ回るぐらいはなんとかできる」
戦えるのがアンネだけの状態で、地上を目指すのは自殺行為だがそれでも彼女にかけるしかない。地下九階みたいな場所で偶然探索者が来る確率はさほど高くない。
クーナが起きてくれて、それまで俺の魔力が少しでも戻れば、隠蔽の魔術を駆使して逃げまわるぐらいはできるだろう。
食料と水が尽きるのが先か、アンネが助けを呼んでくるのが先かの勝負だ。
「それしかないのね」
「ああ、それしかない。俺とクーナがしばらく戦えない以上、アンネだけが頼りだ」
アンネが覚悟を決めてくれた。
生き残れるかどうかは彼女次第だ。
口には出さなかったが、一番怖いのは、クーナを襲った連中がまたやってくることだ。
転移出来る以上、いつ、どこに現れても不思議ではない。
「アンネ、すまない。一人で地下八階や地下七階を通り抜けるのは、アンネの実力じゃ危険だ。それを承知で頼んでいる」
「そっちはまったく気にしてないわ。二人を置いていくのが怖いの。ソージが命をかけて、クーナを助けてくれのだから、私も二人のために命をかけることに躊躇いはないわ」
まったく、頼りになる仲間だ。
そんなことを考えていると魔力の高まりを感じた。
まさか、またもや転移!?
違うな、魔力は俺の背中のリュックから溢れている。
『その必要はないよ。あたしが今、助けに向かってる。探すのめんどいから動かないで。まったく世話がやける』
リュックからユーリ先輩の声がする。
「ユーリ先輩か?」
『そうだよ。君の大先輩にして後輩に対する面倒見の良さナンバーワンのユーリ先輩だ。感謝するように』
俺がリュックサックをヒックリ返して魔力のもとを探すとビー玉ぐらいの緑の宝石があった。
いったいいつの間にこんなものを!?
ここからユーリ先輩の声が聞こえる。
「一応、聞くが俺たちを盗聴してたな」
『まあね、君にサーロイン・ステーキサンドをご馳走になったときにちょっとね。正直、洒落にならないくらいに嫌な予感がしてたから秘藏の魔石を忍ばせた。それ、めちゃくちゃ原料が高いし、あたしでも気軽に作れないんだぞ!』
愚痴っぽい声音でユーリ先輩は言う。たしかに、サーロイン・ステーキサンドを振舞っていた間、俺の警戒心は薄れていた。
その隙を突かれたのか。
だとしても俺が常時発動型の魔力道具で監視されていることに気付かないなんて。
……いや、この緑の宝石は俺の魔力の波長に近くなるように偽装されている。
よほど強い魔力を流さなければ気付けないだろう。芸が細かい。
「どうしても、聞きたいことがあった。嫌な予感がすると言ったあと、ユーリ先輩は悪い魔法を打ち破るのはいつも王子様のキスだって言っていたな。どこまで予想していた? あいつらの襲撃も、クーナの暴走も、俺がクーナとのキスで因子を受け取り【白銀火狐】を使えるようになるまで全てお見通しだったのか?」
それができたら本物の化け物だ。【白銀火狐】はまだ完成していない、誰も見たことがない魔術だ。
『そこまで具体的に見えてたわけじゃないよ。ただ、脳裏にソージとクーナがキスをしている姿が思い浮かんだからそう言っただけ、これは信じなくてもいいよ。あたしの予感は、そういうものだ』
「信じる。それと助けに来てくれてありがとう。正直、ユーリ先輩のことはうさんくさいと思っていた。あと、どれくらいで着く?」
『五分後、あいつらが転移したときからそっちに向かってるんだ。あと、うさんくさいのは間違いないから、謝らなくていい。勘違いしてもらっても困るからいうけど、あたしはソージたちの味方じゃない。どっちかって言うと、ソージの敵の敵だ。あの女、おもったより気が短いね。もう少し様子見してくれると思っていたけど』
「あいつらのことを知っているのか?」
『まあね……そろそろ通信を切るよ。これ結構魔力使うし、それに、もう必要ない』
魔石が光を失う。
そして、すぐにユーリ先輩がやってきた。
確かに、通信はもう必要ない。
「助けにきたよ。君たちの優しい、優しい、先輩が。感謝するように。ソージ、アンネ、クーナ」
魑魅魍魎が潜む地下八階をまったくの無傷で駆け抜けてやってきたユーリ先輩は、ドヤ顔でそう言った。




