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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:クーナの焔《ほのお》
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第二十四話:九尾のキツネ

「いやぁぁぁぁぁぁぁ! オリンがぁ、オリンがぁ!」


 俺に心臓を貫かれ即死した男を見て、弓を構えた女が悲鳴をあげる。

 俺は女を冷静に観察していた。戦いのさなかに錯乱し敵から目を離すなんて、ランクは高いが、探索者としては2流もいいところだ。


「よくもオリンを! 殺してやる!! へっ?」


 ようやく、俺の存在を思い出した弓の女が間抜けな声をあげる。

 彼女は俺の姿を見失っていた。

 あの女が目を離した瞬間、瞬歩という歩法を使い、限界まで低い体勢で斜め前に沈み込むように加速し女の死角に入っていた。


 女からしたら、俺が消えたようにしか見えない。そして……この一瞬の空白を利用しさらに距離を詰める。

 女がようやく俺を見つける。だが、遅い。完全なクロスレンジ。ここで弓使いができることはない。


 下から槍を突き上げる。もちろん狙いは心臓。一撃で殺す。手加減なんて考えたら俺が死ぬ。

 槍が女の胸を突き破り貫通。


「かはっ、オリン、ごめん」


 その一言を放ったあと、吐血し女は死んだ。

 背筋に悪寒を感じる。魔術師の少女が魔力を練り上げ、魔術を放つ準備をしていた。

 術式から推定できる魔術は放射系の単純破壊。逃げ場がないし、俺の力では防げない。かと言って、発動前に殺すのは間に合わない。

 それならば、魔術の発動自体を潰す。


「グガァァァァァァァァァァァァァァアアアアアア!!」


 俺は獣のような咆哮をあげる。

 少女は耳から血を吹き出し、崩れ落ちる。そして、彼女が途中まで組み上げた魔術が暴発した。少女の魔力はその場で膨れ上がり破裂し、少女は大樹に叩きつけられる。


「あっ、あが、どっ、どうして、こんな」


 ただの大声でこうはならない。

 人を極限まで不快にし集中力を削ぐ音を発生させ、その音を増幅させ指向性を持たせる。さらに、その咆哮に瘴気を乗せた。この程度の魔術なら、ランク2になった今【紋章外装】で演算力が落ちていてもできる。


 音と瘴気は耳から侵入し、脳を揺らして犯す。傷は即座に加護で癒やされるが、魔術を潰すには一瞬で十分。


 これは、魔術師殺しの技だ。初見で対抗できる魔術師なんて存在しない。俺の数ある切り札の一つ。

 少女は意識が朦朧としている、今しかチャンスがない。

 【紋章外装】は強力だが、負荷がきつい。一度解除。

 俺はもとの姿にもどりながら、全力疾走し飛びかかる。放つ技は、瘴気を纏った掌底。


 相手の状態を確認し、加護を喰らい尽くす程度に調整し、一撃を腹に見舞う。


「【瘴気発剄】!」

「がはっ、」


 手に残った感触で全ての肋骨をへし折り、内臓を死なない程度で痛めたことがわかる。

 さらに加護はすべて、瘴気に食わせた。これで少女は数ヶ月はまともに動けない。


 だが、まだだ。オリハルコンを六本の針に変質させ指の間に挟んで投擲。

 少女の体の六ヶ所に深々と突き刺さる。


 それらは魔力の起点となる点穴だ。

 壊していい。相手の体にかかる後遺症を考えないのなら、針を突き刺すのはこれぐらい大雑把でも構わない。

 意識を失っている少女に魔力を流し込んだ。針を起点に流れた魔力は容赦なく、少女の魔力回路をぶち壊す。

 ぐちゃぐちゃに潰れた魔力回路は二度と戻りはしない。


「ぎゃああああああああああああああああああああ」


 少女はあまりの痛みに絶叫する。

 当然だ。魔力回路を蹂躙される痛みは、例えるなら血液の代わりに焼けた鉄を流されるようなものだ。

 目を覚ましたのもつかの間、白目を剥いて痙攣を始める。

 これでよし。


 二人は殺して、一人は完全に壊した。もともと魔術師よりで近接の能力が低い少女が、魔力回路を全損させ、加護を使いきった状態ではロクに抵抗できない。

 安心して、情報を引き出せる。

 殺さずに無力化したのにはわけがある。いろいろと捨て置けない言葉を放っていた。クーナのためにはあらゆる手段をもって情報を絞りとるのだ。


「クーナ、アンネ、終わったよ」


 なんとか、無事終わった。初めから相手が戦闘態勢ならこううまくいかなかっただろう。

 問題は、安全のためとはいえ、クーナとアンネの二人に刺激の強いものを見せたことだ。まずは二人の心のケアを……。


「ちっ」


 とっさに体を逸らした。

 胸から剣が突き出ている。


「ソージくん!」


 クーナの悲鳴が聞こえる。


「ほう、戦いが終わって油断した一瞬を狙ったのだがね。今のタイミングで致命傷を避けるとは。ふむ、君は素晴らしい。彼ら三人では手に余るのも仕方ない。私の部下に欲しいぐらいだ」


 剣が俺の体から引き抜かれる。

 加護の光が立ち上った。

 もし、俺が体を逸らさなければ即死していただろう。

 全力のバックステップで距離をとる。


 正面にいる男は、さっきの三人と一緒で、銀の刺繍があしらわれているどこか気品のある服を着ていた。

 手には突剣。


「誰だ、貴様は」

「彼らは名乗らなかったか? 神聖薔薇騎士団と。私はミハエル・クラフマン。神聖薔薇騎士団の副団長となる。種明かしをすると、彼らは自分たちの手に負えない相手と戦ったときに、救援を呼ぶ道具をもっている。君が最後に壊した少女が私を呼んだのだよ。もっとも、少々間に合わなかったようだがね」


 その男は壮年ながら、鍛えぬかれた体。なによりも武人の風格が見えた。

 一片足りとも油断がない。さきほどのように隙をつくことなんてできないだろう。

 なによりもランク4。もはや、【紋章外装】でもどうにもならない雲の上の存在。


「ご親切にどうも。あなたも、さっきの三人のようにクーナをさらうつもりか」

「その通りだ。世界のために、彼女が必要だ」

「わけがわからない」

「それでいい。理解してはいけないし、教えるつもりもない。平穏な日常が送りたいのなら、何も見なかったことにすればいい」


 不意を打てない。正攻法でも勝てない。クーナを助ける方法を必死に考える。


「交渉だ。金でも、宝石でも、なんでも欲しいものを言え、それをやるからクーナは諦めろ」

「それはできない。私が欲しいのは世界平和だ。そのために彼女の犠牲は必要だ」


 犠牲。生け贄、変質。さきほどから嫌な単語が飛び交う。

 俺の記憶でも、その意味がわからない。

 かつて、シリルが言っていた。『どうして、前の世界でクーナが死ななければならなかったのか』。俺が思い出せない、そこに答えがある。


「なら……」

「戦うつもりか。やめたほうがいい。無駄死だ」


 その言葉は正しいだろう。

 それでも……。


「好きな女が連れ去られるのを指を咥えて見ている男は死んだほうが良い」

「そうか、ならば死ね」


 男の姿が消えた。

 目で追い切れない。

 理解を越えた動き、これがランク4。

 わけのわからないまま、俺は死ぬのか?


「ふむ……勇敢な少女だ」


 男の突剣がとまる。

 理由はすぐにわかった。クーナが俺の前で両手を広げて壁になっている。

 男の突剣がクーナの鼻先にぴたりと止まっていた。


「ソージくん、私は行きます」


 そしてクーナは歩き出す。男のほうに。


「あの、ミハエルさんって名乗っていましたよね。私が行けば、ソージくんとアンネに手を出さないって、さっきの人たちが言っていた約束は有効ですか?」

「クーナ!」


 クーナは振り向かない。

 彼女の足が震えている。

 それでも、クーナは自分で行くと言った。


「有効だ。こちらに来なさい。副団長として、部下の敵を討ちたいところだが、君に免じて許そう」


 クーナが行ってしまう。

 おそらく、あの三人が現れたときの転移を使って。

 もう二度と会えないかも知れない。

 動かないと、クーナを引き止めないと。それなのに、足が動かない。


「ソージくん、私は大丈夫ですから。こう見えて抜け目がないんですよ。いつか、逃げ出して帰ってきます」


 クーナが振り向き微笑む。

 目に涙が溜まっていた。

 クーナだって、あの三人の言葉を聞いていたはずだ。自分がどんなことをされるのか不安で仕方がないはずだ。

 それなのに笑ってみせた。


「ふざけるな!」


 足を殴りつける。

 気合を入れる。

 槍を構える。

 【紋章外装】を起動する。


「ほう、彼女の想いを踏みにじって無駄死にすると言うのかね」


 俺の槍は男に届いた。

 だが、皮膚一枚貫けない。ランクが2つ違う。

 もう、何をしても届かない。


「それでも、クーナが泣いてるんだ」


 一緒に居ると決めた。

 幸せになると誓った。

 死が二人を分かつまで、そう約束した。


「こんな終わりは認めない」

「駄々っ子だな。ならば死ね」


 男はクーナを突き飛ばす。こんどは彼女がかばえないように。

 先手を打って、俺がつきだした槍を素手で掴み。握力で握りつぶす。

 そして、突剣での連続突き、俺の全身から血が吹きでて、加護の光が立ち上る。

 加護が切れた。【紋章外装】の瘴気が俺を蝕み、全身が瘴気に焼かれる。


「がぁぁぁぁぁ」


 激痛で絶叫する。


「ソージ!」


 アンネが叫び、クヴァル・ベステをもって飛びかかってきた。

 しかし男はアンネの動きを見切り、躱しつつカウンターで回し蹴りを放つ。

 アンネの体が吹き飛び、木に叩きつけられる。


「ソージくん、アンネ、いやぁぁぁ」


 突き飛ばされていたクーナが悲鳴をあげる。


「これで、無駄だとわかっただろう。そこで眠っておけ」


 男が踵を返す。


「行かせない」


 その足を、倒れ伏したまま掴む。男は虫けらを見るような目で俺を見たあと、突剣を落とした。

 俺の肩に深々と突き刺さり、血が出る。もう加護はないので血が止まることはない。


「まだ離さぬか。もはや、殺すしかあるまい。無駄死ではあったが、その覚悟、見事であった」


 男が俺の肩に突き刺さっている突剣を引き抜き、振り上げた。

 次に落ちてくるのは心臓か、肩だろう。

 動け、体よ。動け。まだ死ねない。

 体を捻って、致命傷だけは避ける。奴の突剣が腹に突き刺さった。血がさらに噴き出る。肩からの血と腹からの血。

 俺は自分で作った血の海に沈んでいた。もう、意識がほとんど飛んでいる。


「まったく、しつこい。こうなっても手は離さぬか」


 男の目には明確な殺意。


「やめて、ソージくんを殺さないで」

「うっとおしい」


 男を止めようと、しがみつくクーナが弾き飛ばされた。


「こんどこそ最後だ」


 もう、指先一本、動かせない。次は確実に死ぬだろう。

 アンネのほうを見ると、必死に立ち上がりこっちに駆け寄ってきた。だが、間に合わない。


「私の男を……私のソージを……許さない、絶対に許さない」


 弾き飛ばされ、地面に伏せたクーナが、ぼそりとつぶやく。この場にいる全員が動きを止めて、クーナを見た。小さな声でもそこに込められた底知れない何かがあった。


 クーナの背後がかげろうのように揺らめく。

 クーナの瞳の色が真紅に変わり爛々と輝く。それは獣のようで、炎のようで。

 ゆっくりと彼女が立ち上がった。


「まさか、これは、こんなにも早く!?」


 男が驚きの声を上げる。


「殺してやる。殺してやる。殺してやる!!」


 黄金の火柱が立ち上る。

 それは質量をもった、黄金の炎。

 クーナの服が一瞬で燃え尽きる。俺が作った耐火性の高い装備も、彼女の母親の毛を織り込んだ下着すら。


 天に登った。黄金の炎がクーナへ折り返ってもどる。

 それは凝縮し、圧倒的な熱量を込めた塊になる。

 それが八本、まるで尻尾のようになり彼女の背後に並ぶ。


 クーナの変質魔力が、クーナを変えようとしたもの。

 ランク6のシリルにすら大怪我を負わせた。

 これこそが、伝説の……九尾のキツネ。


 クーナが目を見開いた、まるで血のような真紅の瞳。その瞳にはとてつもない獣性と殺意が込められている。

 まるで、クーナではない何かに変わってしまったようだ。


「そんな、バカな。まだ、変質が終わるのは、先のはず。だが、収穫の時期が早まっただけだ。ここで心臓を抉れば、黄金炎の紅玉が」


 男はクーナのもとに駆け出す。そして突剣での突き。

 だが、その剣は……。


「つまらない」


 一瞬で蒸発する。彼女に触れることすらかなわず、消えてなくなった。その勢いで手首からさきまで蒸発する。


「なっ、なんなんだ、なんだ、これは」


 戦いにすらならない。

 触れられないのだから。


「死んで」


 クーナが手のひらに小さな炎を呼び出し、ふわふわと男の前まで飛んでくる。

 すると、小さな炎が一気に豪炎となり膨れ上がった。


「がっ、がああああああああああああああ」


 突剣の男を痕跡一つ残さず焼きつくしてしまった。灰すらも残らない。


「なんて、力だ」


 圧倒的すぎる。あまりに理不尽だ。

 そして、不思議と身体に力がみなぎってくる。

 クーナから吸収した変質魔力が活性化し、俺の身体を癒やしていた。

 宿主を活かそうとしているのだ。


 なんとか、立って話せるぐらいには回復する。


「クーナ、もういい。もう、元に戻って」


 俺がそう言うと、クーナが頭を押さえた。


「痛い、頭が、割れるぅ、ああああああああああああ」


 クーナが頭を抱えて、絶叫する。

 クーナの炎が無軌道にあばれる。なにもかもを無差別に焼き尽くしながら、燃え広がっていく。

 魔物も、森も、川すらも焼きつくす。

 その様子を、立ち上がり駆け寄ってきたアンネと二人で眺めていた。


「クーナ!」

「お願い、正気に戻って」


 必死に俺とアンネはクーナに呼びかける。


「そっ、そーじくん、あんね」


 クーナの目から、獣性と殺意が消えて、いつものクーナに戻る。


「大丈夫か、クーナ」

「にっ、逃げて、逃げてください。今、今の私、自分を抑えきれ、私じゃない、私が、やめっ、このままじゃ、全部燃やしちゃう。私の意識が、残っている、うちに、はやく、二人で逃げ」

「そんなこと、できるわけ」

「お願いします。この、ままじゃ、私が、二人を、大事な、二人を、殺しちゃう、お願いだから、逃げて」


 そうしている間にも炎が吹き荒れる。クーナが黄金の火柱に包まれ、姿すら見えなくなった。

 俺は唇を噛む。

 クーナを置いて逃げるのは危険だ。おそらく、いつか力を使い果たして崩れ落ちる。そうなれば彼女に待っているのは死だ。魔物に食い殺さる。

 そして、一度クーナじゃないクーナに支配されたら、元のクーナに戻れる保証もない。


 いや……。なぜか、そうなれば元のクーナに二度と会えない確信があった。

 ここで手を伸ばさなければまた、彼女を失う。


 また、こうしてクーナを失うのか?


 俺は深呼吸する。

 そして、一つの選択をする。


「アンネ、すまない。一人で逃げてくれ。俺は、クーナの変質魔力をまとって、あの黄金の火柱に突っ込み、クーナに自分の力の使い方を叩き込んでくる」

「本当にそんなことができるの?」

「そのために変質魔力を研究してきた。そして、目の前でクーナの変質を見た。だから、出来る」

 

 本当は強がりだ。見た上で、もう一ピース足りない。

 おそらく、クーナの変質魔力を使って黄金の火柱をかき分けるところまではできる。そこから先の手はない。

 だが、もう一度クーナと向きあえば何かが変わる予感がある。

 とても、分の悪い賭け。

 それでも俺は、クーナと生き残る道を選びたい。


「そう、なら私はここで見守るわ。きっと、成功しても、クーナもソージも力を使い果たすもの。私が居ないとみんなで帰れないわ」


 アンネが優しく微笑む。


「この炎の荒れようだ。死ぬかもしれない」

「そうなる前に、ソージがクーナを助けるって信じてるの。だから、がんばれソージ。クーナの命と一緒に、私の命を背負って、あなたは行くの」

「……なら、死ねないな。俺はクーナもアンネも大好きなんだ」

 

 まったく、これで余計に失敗できなくなった。

 俺はもう振り向かない。

 クーナから吸収した魔力。それを今までの研究で発見した操作法で操り、纏う。さあ、行こう。炎の中に引きこもったお姫さまを救いに。

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