第二十三話:火神の贄
あれから探索を進めて、ようやく次のフロアへの入り口を見つけた。
「やっと、次のフロアです……」
クーナが疲労困憊といった様子でつぶやく。
「正直、このフロアには二度と来たくないわ」
アンネも同じような様子だ。
「ここにはいろんなのが居るからね」
「なんなんですか! あのワニさんから始まって、ひたすら空から爆弾落としてくる海鳥さんに、せまい足場に罠をしかけるコボルト! 悪意しか感じないですよ!」
クーナの言うとおり、地下八階ではそれはそれはあくどい魔物しかいなかった。
地下九階までの森林エリアで、ここまでいやらしい敵が集まっているのはこのフロアだけだ。
「でも、今回は運が良かったよ。一番性格の悪い奴に合わなかった。地下九階までの森林エリアだと、ハイディングアリゲーターって二番目にいやらしい魔物でしかなくて、一番は別にいる」
「あれより、いやなのがいるんですか!?」
クーナがげっそりした顔でつぶやいた。
「うん、第一位はすごいよ。ダミーグローブって魔物だけどね。見た目は俺たちが足場にしているマングローブの木そのものなんだよ。大抵はマングローブの道の切れ目、探索者が足場にしたくなる位置にいるんだ。そこに向かって跳んで着地すると、まず地面に足がめり込む。次に根が足に絡みつく、身動きとれずにテンパってるうちに、ダミーグローブは湖に潜るんだ。それで探索者は瘴気まみれの水で弱らされて、そいつのエサになる」
まさに悪意の集大成。初見殺しにも程がある。
擬態のレベルも高く、見破るには相当の技術が居る。
「凶悪すぎますよ!?」
「ソージ、それ知らないと即死よね」
「うん、そうだね。幸い俺は知っているから気を付けているし、避けられる。ただ、俺だって地下迷宮の全てを知っているわけじゃないよ。ときには罠にかかるかもね。地下迷宮は強いだけならあっさり死ぬ。観察力と注意力。それは常に意識しないといけない」
二人が頷いた。
二人とも着実に成長している。この二人なら大丈夫だろう。
◇
「ここが地下九階なんですね」
「地下八階があんなのだったから、警戒したのだけれど、見た目は普通ね」
クーナとアンネが言うとおり、地下九階はさした特徴はない。適度に生い茂った木々に、ところどころに流れる小川。
見た目だけなら地下一階とさほど変わらない。
地下九階は、森林エリアの最後のフロアだ。
地下一〇階からは火山エリアになる。
「しばらくはここで狩りをする。ここは魔物は強いけど、絡め手を使ってくる魔物がほとんどいないから、数がさばける。相応の強さがあればいい狩場だよ」
「それはいいことを聞きました! 地下八階でたまった鬱憤をここで晴らします」
クーナがぐっと握り拳を作る。
尻尾も揺れてやる気十分といった様子だ。俺たちは三人で森の中に入っていく。
◇
狩りを初めて三時間が経った。
そろそろ狩りをやめて野営を始めないといけない。
「ふう、たくさん狩りましたね」
「そうね、気持ちいい狩りだったわ」
アンネとクーナが満足気に微笑んでいた。
俺たちのカバンの中にはぎっしりと魔石と魔物の素材が詰まっている。
地下九階は、非常にいい狩場だ。探索者たちがおらず、魔物がたくさんいる。しかもその魔物たちはここの能力は高いが連携はしないし、力押しで来てくれる。
そうなれば俺達が負ける理由はない。
すでに何十匹もの魔物を刈っていた。
「クーナもアンネも強くなった。見違えたよ」
クーナは体調の悪さを感じないし、アンネのほうは実戦的な戦い方ができるようになっている。
クラネルとの戦いが彼女を成長させていた。
もう、俺が居なくても彼女は一人で強くなれるだろう。
「ふふふ、クーナちゃんは天才なのです」
「私も強くなった実感があるの。でも、ソージに比べればまだまだ。もっと精進するわ」
それぞれ、まったく違う返事で、俺は苦笑した。だが、強くなっているという認識は二人共もっているようだ。
「それにしても、怖いぐらい順調です。ユーリ先輩の悪い予感が外れてくれてよかったです」
「そうね。これだけ見通しがいいところだと、変な罠にも引っかからないし。引き返さなくて良かったわ」
二人がほっとした顔で呟く。
俺は笑顔を作りながらも、さきほどから首筋がちりちりするのを感じていた。
誰かに見られている気がする。
だが、そちらに探知魔術を放っても何も引っかからない。気にしすぎているのかもしれない。
「あと、一時間ほどしたら、地下七階に戻る。このフロアは好戦的な魔物が多いから野営には不向きだ」
「ということは……」
クーナが嫌そうな顔を浮かべた。
「また、地下八階を通る」
「そっちのほうが危ない気がします」
「いや、本当にそっちのほうがましだから。ここで夜を明かそうと思ったら、交代で見張りがいるぞ」
ここの魔物たちは、テントに染み込ませた魔物が嫌う匂いをお構いなしに突っ込んでくるし、行動範囲が広い。
野営するのは自殺行為だ。
「なら、仕方ないです……。戻ります」
クーナも納得したくれたようだ。
次の瞬間、俺は強大な魔力を感じて反射的に戦闘態勢に入った。
オリハルコンを槍に変える。
「クーナ、アンネ、武器を構えろ」
俺は短く告げると、二人共それぞれの武器を構えた。
質問はしない。今までの探索の中で、まず動いてから考えることが当たり前になってきているからだ。そうでないと対応が遅れる。
巨大な魔力の渦が眼前に広がる。
ここまでくれば、クーナとアンネもその力を感じ取ることができる。
あまりの魔力の大きさに二人共驚愕をしていた。
俺は術式を解読する。
これは……、転移の魔術。イルランデのプレイヤーですら開発中で基礎理論の構築段階で未完成なはずの転移魔術が完全な形で構築されている。
いったい、何が起こってる。
青い光がほとばしり、光が止むとそこには三人の男女がたっていった。
全員、白の服に銀の刺繍をした服装まとっている。どこか神官を思わせる高貴さがある。
両手剣を装備した男。弓を構える女。魔術師らしく杖を背負った少女。
全員ランク3の中位から高位。
「ああ、気持ち悪。この転移酔いは、なんとかなんねえのかな」
両手剣の男が口を開く。
「あんたが未熟なだけ、あたしやミーナはなんともないし」
その男を弓の勝ち気な女性が咎め……。
「変に、司教様の魔術に抗うからそうなる。無能」
魔術師の少女が毒を吐く。
「へいへい、悪うございましたね。でっ、ちゃんと目的地はあってるんだろうな」
「司教様に間違いがあるわけない」
「そうでござんしたね。じゃあ、あの中に、火神の贄が居るのかい。おうおう、ちゃんと火狐ちゃんが居るじゃない」
男は俺たちのほうを見る。
人に向ける目ではない。まるで、屠殺する豚を見るような。
「言葉は正しく使いなさいよ。まだ変質の最中よ。火神の贄として完成していない。成熟には時間がかかるって司教様も言ってたじゃない」
「ってことは、心臓えぐって、紅玉を取り出すだけじゃダメなのか」
「オリンは無能。司教様の命令聞いてない。司教様言ってた。生け捕りするのが目的。屋敷で、ストレスを与えて、変質を早める。収穫はそのあと。ちゃんとしないと心臓が黄金炎の紅玉にならない。普通の紅玉でいいなら、適当に火狐をさらって心臓をえぐる。黄金でなければ、火神の贄としてふさわしくない。九尾の火狐が必要」
「つっても、どう見ても普通の火狐だけどよ。まあとびきり可愛いが……」
男の言葉で、少女が首をかしげながらまじまじとクーナを診る。
「それはおかしい。司教様が数週間前に変質の魔力を感じたのなら、もう変質が始まってるはず……まあいい。確かに力は感じる。さらってばらして見ればわかる」
「おいおい、ばらすなよ。殺したら、台無しじゃないか。ストレスで変質が早まるんだろ? あれだけいい女なら、協力してやるよ。女の尊厳ってやつをぐっちゃぐちゃにすれは、あっという間だぜ」
男のほうは、明確に敵対心を見せていたが、この少女こそがもっとも危険だと確信する。
男がこちらに向かって歩いてきて口を開く。
「そっちのパーティのリーダーは誰だ」
「俺だ」
クーナとアンネを背にかばいつつ。俺は一歩前に出る。
「そっか、おまえか。なら要件を伝える。俺たち、神聖薔薇騎士団は、世界を救うために活動してんだ。そのために必要だから、火狐の女を渡せ。そうすれば、残りの二人は生かしてやる」
随分とわかりやすい話だ。
自身がランク3であり、俺達が全員ランク2だからこそ舐めているのだろう。
「そんな要求が呑めると思うのか?」
「飲まなきゃ、火狐の女以外を殺して攫うだけだ」
黙って、俺は両手剣の男を睨みつける。
「おいおい、そんな目で睨まないでくれよ。これも世界のためだ。俺だって辛いんだよ。……いたいけな少女の前で、大事な仲間をミンチにするのは。だから、お互いのために黙って差し出してくれ。わかるだろう? 抵抗したって無駄だってことぐらい」
俺は構えをとき、殺意を消す。
戦いの気配が俺の中から一切消える。
「ほう、わかってくれたか」
「ええ、わかりました」
男が油断する。
俺の態度を見て、素直にクーナを差し出すと思っているのだろう。
「あんたを殺さないといけないことが」
次の瞬間、【紋章外装】で瘴気を纏った俺は高速の踏み込みで距離を詰め、一切の予備動作なく瘴気をまとわせたオリハルコンの槍で心臓を一突きする。
俺が臨戦態勢を解いたと勘違いし、警戒を怠った男は反応すら出来ていない。
俺が構えを解いたのは男を油断させるためにすぎない。煮えたぎる殺意を、この男への怒りを体の内に押さえ込みながら、隠蔽をかけて魔術の演算をはじめ、必殺のタイミングを待っていた。
「ぐはっ」
男は即死だ。
心臓を完全に潰せば、一瞬で死に至る。加護の働く暇すらない。
【紋章外装】を纏えば、ランクの差が一つぐらいであれば覆せる。だからこそティラノと渡り合えた。
さらに、人間相手であれば瘴気をまとった武器は特攻を持つ。瘴気が加護を喰らうのだ。
俺がクーナを差し出すことはありえない。クーナは俺の全てだ。彼女を傷つけるものを殺すことに一片のためらいもない。
男の仲間の女と少女が、あまりにも突然のことにパニックになる。
ありがたい。一瞬で切り伏せ、一人は殺し、一人は無効化して情報を引き出そう。
真正面から戦えなくても、今なら奇襲が成立する。
次の更新は土曜日、
ストックがあるから確実に更新されるよ




