第十四話:最後の夜
帯剣式が終わり、俺は一人宿に戻り帰り支度を整えていた。
今一人なのは、アンネは挨拶回りがあるし、クーナはエルシエのみんなのところに行っているからだ。
明日の朝一番に封印都市エリンに向けて出発するので、今日のうちに片付けを済ませて置きたい。いろいろと、エリンでは手に入らないものを買ったので、クーナやアンネよりも荷物が多く時間がかかる。先に一人で帰って来たのは正解かもしれない。
俺は片付けに専念する。
「これで一段落ついたか」
ほっと一息ついていると、ドアがノックされる。来客が来たようだ。
俺は扉を開けた瞬間、身構える。
「どうして、あなたが?」
扉を開けて顔を出したのはシリルだった。
「少し、話をしたくてね。渡さないといけないものもあるし」
彼は腰に剣をぶら下げ、手には布で包まれた大きな塊を持っていた。
「わかった。立ち話もなんだ。中に入ってくださいお義父さん」
「では、遠慮なく。未来の息子よ」
シリルは、俺の冗談を軽く受け流す。
そして、シリルを俺の部屋に招き入れた。
◇
「では、早速だが、これが約束のものだ。思ったより時間がかかってぎりぎりになりすまなかった」
シリルが布に包まれた大きな塊を差し出してくる。
ずっしりと重い。
「シリルさん、中を開いていいですか?」
「もう、お義父さんとは呼ばないのか?」
「さっきのは冗談ですよ。まだ、俺にはそう呼ぶ資格がない。いずれ、正式に夫婦になればそのときはお願いします」
「婚約したのに?」
「クーナが、認めていない。俺は彼女の気持ちを大切にしたい」
「変なところで、頑固だな。わかった。そのときを楽しみにしているよ。包みについては、ここできちんと確認してくれたほうがいいな」
俺はその言葉に従い布を解く。
すると、オリハルコンの塊があった。おおよそ、十キロほど。
「魔力を通してくれ。最高級のものを用意したが、ソージの魔力との相性を見ておきたい。俺なら多少は矯正できる」
シリルの助言に従い、魔力を流す。
俺は自然と頬が緩んだ。これはいい。魔力の循環も、性質変化の反応も極上。オリハルコンは、魔術の媒体として優れた存在だ。だが、ただのオリハルコンではこうはいかない。間違いなく、極上のオリハルコン。
俺との相性もばっちりだ。
「さすがは”白金“のオリハルコン。最高です。これ以上の素材はこの世に存在しない。ありがとう、シリルさん、大事に使わせて頂きます」
これで俺の武器の問題は解消された。
クーナの剣もオリハルコンの一部を使えば造れるだろう。
俺達が死力を尽くして倒したティラノ。その魔力の核となっていた逆鱗をコアにして、このオリハルコンを使えば、クーナの焔に耐えられる剣となる。
「そうしてくれると、嬉しいな。苦労して手配した甲斐があった。そして、これはおまけだ」
シリルは腰にぶらされていた剣を投げてよこしてくる。
俺はその剣を受け取り、鞘から引き抜く。
「これは……なんて、剣だ。クヴァル・ベステにも匹敵する。こんな剣が他にもあったのか」
その剣は刀身が黒かった。光を吸収する漆黒。
刀身には魔術文字が刻まれ、魔力の匂いがする。間違いなく何かしらの能力を持っている。
「それをソージに託そう。エルシエに祀られている、特別な十二本の魔剣……その内の一本だよ。遠い、遠い、【はるか昔の俺】が鍛えた剣だ」
「なぜ、これを?」
「俺の技術を教えると言っただろう? 俺はこの魔剣を目指して今の技術を手に入れた。だから、ソージの手本にもなる。もちろん、エルシエにクーナと共にくれば、直接技術を叩き込むが、それまでの予習に使って欲しい」
シリルの言うことがいまいち理解できなかった。
自分が鍛えた剣なのに、それを使って勉強した?
まるで、意味がわからない。だが、シリルとはそういう男だ。常識の外に居る男を俺の常識で測っても仕方がない。
それにしても……俺は生唾を飲む。
一目見ただけでわかる。まったく知らない異質な技術で造られた剣。この剣を本気で研究すれば、新たな知識、技術がどれほど得られるだろうか?
楽しみで仕方がない。
「ありがたく頂きます」
「喜んで貰えたら嬉しいよ。俺の用事は済んだ。そろそろ、おいとまするよ。……せっかく、エルシエ側の宿にクーナが遊びに来ているんだ。クーナが帰ってしまう前にもう少し話したい」
シリルはそう言って踵を返そうとする。
「……一つだけ聞かせてくれ。どうして、婚約なんて手を使った。他にも方法があったはずだ」
けして、あの場での婚約というのは軽い話じゃない。
ましてや、クーナは小国とはいえ、姫だ。
「理由は二つ、一つ目は、あの子がすごくモテるから。昔からこういう場で歌を披露するたびに、縁談の誘いが百件以上来る。今回だって婚約発表までしたのに、何十件も縁談の話の打診が来てる。ソージを虫よけに使った。君もあんまりうかうかしていられないよ。いくら断っても、縁談の差し出し人はクーナに心酔して諦めないし、エルシエには親衛隊だって居る」
あの美貌に、あの歌、それに圧倒的に魔術と科学技術が発展したエルシエの姫。たしかに、引く手あまただろう。
「ふたつ目は親心だ。あの子が本気で好きになった男は、ソージがはじめてだ。あの子はね、星の数ほど告白されて、全部断ってきた。そんなクーナが君には心を許している。応援してあげたいって思って当然だろう。婚約はあの子が一歩を踏み出すきっかけになる」
俺は、吹き出しそうになった。
そんな理由か。
「事情はわかりました」
「……俺もソージに聞きたいことがあった。ソージは、どうしてゲームの世界であの子が死ななければいけなかったのか覚えているか? どうして、クーナの父親である俺がクーナを狙う勢力に協力しないといけなかったのか?」
そんなの決っている……それは……
「思い出せない?」
俺は、記憶をいくら掘り返しても、まったく思いつかない。
思い浮かぶのは、クーナのために、ゲーム時代に最強だったシリルに挑み、そして負けたことだけだ。
おかしい、そもそもどうして俺はシリルに挑む必要があったんだ?
最後にプレイしたとき、俺は王都の騎士団に言われたセリフを思い出す。
『こんなところに逃げ込んでいたのか!! この反逆者! たった一人の女のために貴様はこの世界を!!』
そして、俺はこう返した。
『俺にとっては、世界がクーナだ』
つまり、クーナは騎士団に世界のために狙われる立場にあったことになり、そんな彼らからクーナを守るために敵対していたことになる。
なぜ、こうなったんだ?
「やはり、思い出せないか。……ソージ。頼む、クーナから目を離さないでくれ。俺ももっと具体的なアドバイスをしたいが、それはできない“契約”なんだ。まずいと思ったら、エルシエに来てくれ。可能な限りの手助けはする」
「そのときはお願いします……。だけど、俺達は大丈夫ですよ。今は、クーナとアンネの二人がそばにいる。【魔剣の尻尾】に越えられない障害なんて存在しない」
俺はあのときとは違う。心から信じあえる仲間が居る。あの二人が一緒ならなんだってできるだろう。
「そうか、安心した。頑張れよ」
意味ありげなことを言って、シリルは去っていった。
俺はなぜか、最近クーナが少し体調を崩していることを思い出していた。




