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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:クーナの焔《ほのお》
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第十三話:帯剣式

 帯剣式がはじまっていた。

 リングを撤去して用意された貴賓席も、コロシアムの観客席を流用した一般席もすべて埋まっている。


 会場は静かな熱気で満ちていた。

 会場の中心、一段高く作られた舞台の上に王座が用意され、コリーネ王が座っている。

 彼の手には鞘に入れられたクヴァル・ベステがあった。


 王を始めとした、コリーネ王国のトップからの言葉や、各国から来た貴人たちの祝いの言葉のスピーチが続く。

 その中には、シリルの姿もあった。

 彼の祝言は、実に堂に入った様子で、さすがは一国の代表と感心する。

 そして、ついにメインイベントが始まる。

 アンネがコリーネ王より剣を賜るイベントだ。彼女はまだ、会場に現れていない。


 コロシアムの端にある選手入場口からアンネが登場した。

 周囲から息を呑む声が聞こえた。ドレス姿のアンネの美しさはそれだけの価値がある。


 アンネは彼女のために作られた花道を歩く。赤い絨毯が王座まで一直線に敷かれているのだ。


 ただ、歩いているだけなのに様になっている。剣術を極めたゆえのムダのない動き、貴族として幼い頃から叩きこまれた礼儀作法。

 そしてなにより、クヴァル・ベステの担い手としての自負が彼女を輝かせていた。


 アンネが現れたことによるインパクトでしばらく会場は静かになったが、やがてその効果は薄れる。

 次第に観衆は思い出すのだ。

 アンネが罪人の娘であることを。


「裏切り者!」

「こんなところに出てくるなんて図々しい!」

「失せろ!」


 彼女に対する悪意が次々と突き刺さる。

 だが、アンネは微塵も揺るがない。

 ただ、まっすぐと歩く。

 

 どんどん、聞くに耐えない喧騒がひどくなる。

 だが、誰も止めない。

 運営側のスタッフも気にはしているが、動く様子がない。大衆相手に自分たちが何もできないと知っているのだ。

 いや、もしかしたらフェイラーテの手が回っているのかもしれない。


 隣に座っているクーナが唇を噛む。アンネが馬鹿にされることが辛いのだろう。そして力になれない自分が悔しいはずだ。その気持はわかる。俺も同じだからだ。


「ひどいです。みんな」

「クーナ、アンネははじめからこうなることはわかっていたはずだ。それでも、帯剣式に出ると決めたんだ」

「それはわかっています。それでも」

「俺たちはアンネを見守るだけだよ」


 概ね予想どおりだ。

 ただ、王の前、しかも国の内外の重鎮を集めての場だから、もしかしたら多少の自制心が働くかもしれないとは期待していた。

 実際、貴賓席に座っているものたちはおとなしくしている。やはり、大衆に分別を求めるのは酷だったのか。


「ソージくん、予め言っておきます。ごめんなさい」


 そう言うと、クーナが立ち上がった。

 クーナが立ったことにほとんどのものは気がついていない。

 それも、当然だ。貴賓席で一人の少女が立ち上がったことなんて、些細なこと、今は誰も気にする必要がない。

 クーナは目を閉じ、息を吸う。

 この喧騒をやめろと叫ぶつもりか?

 しかし、クーナが始めたのは……


『夜が開けて、隣に居る君の顔を覗き込む 朝日が君を照らして』


 歌だった。

 そう、クーナは歌ったのだ。

 常識で考えれば、なんの意味もない。

 数千人が生み出す喧騒のなか、たったひとりの歌なんて、すぐにかき消されるだろう。

 しかし、違った。


「あれ、なんだ、この歌」

「どこから、聞こえてくるの?」

「すごく、優しい、不思議な歌」


 この会場に居る全てにクーナの歌は届いた。

 火狐の歌は神秘の歌だ。常識なんて軽く置き去りにする。

 クーナの歌は、どこまでも届く。耳にも心にも。


 さきほどまで、騒いでいた民衆たちは押し黙る。

 この歌はアンネへの祝福の歌。クーナの優しさと思いやりが込められている。この歌が響き、クーナの想いに包まれたまま、汚い言葉ははけない。


 それに、なにより民衆たちが聞きたいのだ。クーナの歌を。だから、余計な音はここには要らない。この歌を汚すなんてもったいない。そう思わせるほどの圧倒的な歌。


 ……まったくやってくれる。本当は歌を贈るのはもっとあとのはずだった。段取りがめちゃくちゃになっている。今頃、帯剣式のスタッフは大慌てだろう。だが、いいタイミングだ。俺も立ち上がり、クーナを少しでも支援するためにオファルを奏でる。


 クーナと違い、特別な力をもたない俺のオファルは、音量の問題で観衆には届かない。だが、クーナを応援する力にはなる。

 実際、クーナは俺の方を見て、微笑んだ。それでいい。


 そんなことを思って、奏でたオファルだが、俺のオファルの音はクーナの歌を乗せ、しっかりと観衆のところまで届いた。


「ちゃんと、届けないとね。拙いオファルだが、クーナの歌をよく引き立てている。嫌いじゃないよ。ソージの音」


 シリルがぼそりと呟いた。

 観客席まで俺のオファルの音が届いたのは、シリルの仕業だ。

 シリルが風の魔術で、音を増幅し、そして運ぶ。

 音質に一切悪影響を出さずに、会場中に音を届けている。


 こんな超高難度の魔術を即興で、鼻歌交じりにシリルはやってみせる。この化け物が! 俺はにやりと笑う。俺はこの人をいつか超えないといけない。簡単にはできないだろう。だからこそ、やりがいがある。


 気が付けば会場に響くのはクーナの歌と俺のオファルの音だけになっていた。

 他の音は一切消えた。


 クーナの歌と優しさに包まれながら、アンネは王座に向かってあるく。その足取りは軽やかだ。

 アンネのほうを見る。一瞬だけ、クーナのほうを見て微笑んだ。彼女にもきっと、クーナの歌は届いている。

 アンネが、王の座る舞台の上にたどり着く。それと同時にクーナの歌が終わった。

 観衆たちはクーナの歌の余韻に浸っていた。


「今のは友好国エルシエから贈られた祝福の歌です」


 そんな中、この帯剣式の責任者であるネリネラからのアナウンスが流れる。

 彼は汗を拭きながらかなり慌てていてる様子だ。

 こうして、突発で歌われたらそうなるだろう。

 それでも、きっちりと俺たちをフォローしてくれている。いいやつかもしれない。


 彼の声は、王座の近くに設置された専用の魔導拡声器で伝達されている。本来なら、クーナの歌もそれを使って増幅し届けるはずだった。

 ……結果論だが、シリルの魔術のほうがクリアな音が届けられたので少し得をしたかもしれない。


「歌い手は、エルシエの歌姫。長であるシリル・エルシエ様の末娘。クーナ・エルシエ姫。そして伴奏は……」


 そこで、その男は一瞬、押し黙る。

 何かあったのか?


「クーナ・エルシエ姫の婚約者。ソージ様となります。エルシエの姫君と、その婚約者からの祝福の歌です。彼らは、エルシエの代表であると同時に、アンネロッタ・オークレールの友人でもあります。祝福だけでなく、友情も込めたすばらしい歌でした」


 俺はぎょっとして、シリルとユキナを見る、二人共にやりと笑っていた。

 たしかユキナは、『エルシエからの祝福の歌に部外者が関わるのはおかしい』そう言っていたが、こうすることで無理やり関係者にするとは。


 あとで問いたださなければ


「クーナ・エルシエ姫。ソージ様。すばらしい歌をありがとうございます。では引き続き。帯剣の儀を執り行います」


 司会の男は、まるで最初から予定されていたかのように、次のイベントにつなげた。

 さすがだ。

 クーナと俺は、観衆席にお辞儀をしてから席についた。


 もう、民衆は罵声を発せない。

 アンネは王座の前にいて、しかもクーナの歌に感動してしまった。ここで騒ぐなんて気にはならない。

 この状況なら、クーナの帯剣の儀は。問題なくとり行われる。

 王が立ち上がり、逆にアンネがその場で跪く。


「アンネロッタ・オークレール。そなたに、かつて、世界を救った英雄、大魔導師シュジナより賜った剣を託す。この剣はコリーネ王国全ての剣士の誉れ。この剣の担い手になり、その重みを背負う覚悟はあるか?」


 王はアンネに問いかける。


「はい。私、アンネロッタ・オークレールにはクヴァル・ベステを担い、全ての剣士の頂点に立つ覚悟があります」

「ならば、この剣を掴みとれ」


 アンネは恭しく、クヴァル・ベステを受け取る。

 そして、その場で立ち上がり、鞘から剣を抜く。

 その所作の一つ一つが、美しい。

 アンネは剣を高く掲げる。


「クヴァル・ベステ、応えなさい」


 アンネの祈りに応え、クヴァル・ベステの第一段階の能力解放が行われる。

 白い刀身に無数の紅いラインが走り、輝く。

 観衆たちは度肝を抜かれた。

 クヴァル・ベステがアンネを主人として認めた証拠。

 アンネを否定するばかりだった、観衆たちの心に衝撃が走る。


 そのまま、アンネは演舞を披露する。

 流麗なアンネの演舞に、観衆は釘付けになる。それは剣舞というよりも、神に捧げる神楽のようだった。

 アンネの演舞が終わる。


 ただ、クヴァル・ベステがアンネを認めただけなら、観衆たちはアンネのことを認められなかっただろう。

 だが、アンネを想うクーナの歌が観衆たちのこころを柔らかくした。


「コリーネ王、コルロフ・コリーネの名において、ここに新たなクヴァル・ベステの新たな担い手が誕生したことを宣言する!」


 王の言葉と共に、拍手の音が響き渡った。

 剣を掲げるアンネは必死に涙を堪えているのが見て取れる。

 俺も、自分のことのように誇らしい。

 ……良かったなアンネ。 

 

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