第十二話:帯剣式のはじまり
今日は帯剣式の日だ。
俺は待合室でクーナとアンネを待っている。
クーナに尻尾枕をしてもらって以来、体の調子がいい。あれはいいものだ。これからは、ことあるごとに尻尾枕をお願いしよう。
二人が来るの楽しみだ。なにせ、アンネのドレスもクーナのドレスも、二人共、当日の楽しみだと言っていたせいで、まだ見れていないのだ。
そして、ついに二人がやってきた。
どうやら、扉の前でもめているらしく、なかなか部屋に入ってこない。
「ほら、アンネ、恥ずかしがらずに。ソージくんが待ってますよ」
「でも、ソージにこんな格好見せるのはじめてだから照れくさくて」
「アンネってソージくんが絡むととたんにめんどくさくなりますよね……。大丈夫です。そんなに綺麗なんですから恥ずかしがる必要なんてないですよ! もう、ほんとに時間がないです。アンネは私達より先に会場行くんだから、はやくはやく」
「ちょっ、ちょっと待って、クーナ!」
そして、扉が開きドレス姿の二人が部屋に入ってきた。
「どっ、どう? ソージ、ちゃんと似合ってる?」
クーナに背中を押されながら入ってきたアンネが顔を赤くして、うつむきながら問いかけてくる。
アンネが身にまとったドレスは彼女のシャープな魅力を引き立てるように、白を基調にし全体的にするどい印象でまとめられていた。体に張り付きアンネのスタイルの良さを際立たせている。
足に入ったスリットが艶めかしい。
それでいて、どこか騎士に相応しい静謐さがある。
いいドレスだ。さすがは王都一の仕立屋に頼んだだけはある。
「すごく綺麗だ。それにかっこいい。アンネの良さがよく出てる」
「そっ、そう。ちょっといいドレスすぎて、着こなせているのか不安だったの」
「大丈夫、ばっちり着こなせてる。アンネよりそのドレスが似合う女性はいないよ」
「ソージがそう言ってくれるなら安心ね。……嬉しい」
俺がそう言うと、アンネは俯いていた顔をあげ、無防備な笑みを浮かべた。
アンネがこういう表情をするのは珍しい。どきりとする。
「ほら、言ったじゃないですか。そのドレスならソージくんなんていちころだって」
クーナがドヤ顔で口を開いた。
クーナのほうを見ると、クーナもドレスに着替えている。
赤と金を基調にした派手で女性的な丸みを帯びたドレス
。
一歩間違えれば下品な印象をあたえてしまうはずなのに、抜群のバランス感覚で、まとめ上げいやらしさを感じさせない。
クーナの可憐さ、そしてその心に秘めた力強さを表現する情熱的なドレス。
……そしてエロい。胸元がだいたんに開いている。大変、すばらしいデザインだ。
こっちのドレスもいい。クーナが服飾の天才だとほめたクーナの姉の作品。確かに天才というだけはある。
エロ可愛さに特化したまさにクーナのためのドレスだ。
「クーナは、すごく可愛い。それにエロい」
「当然です! ルーシェ姉様が私のためだけに作ったドレスです。可愛くないわけがないです! ほら、見てください」
クーナがくるりと回転すると、スカートの裾がぶわっと広がった。
一回転してわかったのだが、今日、クーナは尻尾に黒いりぼんをつけていて、金色の尻尾に黒がよく映えていた。
「最高にエロ可愛い」
「ふっふっふっ、クーナちゃんに見惚れるがいいですって……って、ソージくんさっきから可愛いの前に余計な一言がついてませんか!?」
「エロい」
「ふぁう!?」
さっきまで余裕ぶっていたクーナが顔を赤くした。
そして自分の胸元を見る。
「ううう、ちょっと大胆すぎますよね。これ。ユキ姉様にも言ったんですが、もう大人だから着れるって」
俺の視線を意識したせいか、両手でクーナは胸元を隠す。クーナの胸が押しつぶされて余計にエロい。
「でも、最高だよ。エロいところもクーナの魅力だよ。俺はエロいクーナが大好きだ」
俺がそう言うと、クーナは余計に顔を赤くする。
「もう、ソージくんは! いっつもいっつも変なこと言って! ……でも、ありがとうございます。褒められて悪い気はしません」
クーナが微笑む。
ドレスもいいけど、やっぱりクーナに一番似合うのは笑顔だ。
「そういえば、ソージもすっごくかっこいいわね」
アンネが俺の着ている礼服を見ていう。
クラネルにもらった礼服。フェイラーテの悲願が達成されたときのために用意された服だけあって、途轍もなくものがいい。
一件、なんの変哲もないデザインに見えるが、仕事の一つ一つにおいて超高水準。究極の王道と言える一品。それ故に凄みがある。
「はい、なんというかすごく品がいいです。見てるだけで、背筋がぴんとするような感じがします」
クーナもまじまじと俺の服を見る。
「似合っているだろう?」
「ええ、今日のソージはすごくかっこいい。でも、そんな服どこで手に入れたのかしら? それほどの服、私が貴族だったころにも、ほとんど見た記憶がないのだけど」
アンネが不思議そうに首を傾げる。
「ちょっとね、縁があって、人にもらったんだ」
「へえ、そんな服をくれるなんて、すごい気前がいい人ですね」
俺は、にっこりと微笑む。
クラネルのことは言わないことにした。
いろいろと、複雑な感情が二人にもあるだろう。
「アンネ様、そろそろ会場のほうに」
そうしていると、扉の外に帯剣式の運営スタッフが来て、アンネが呼ばれた。
アンネはいろいろと前準備がある。俺たちよりも会場入りが早いのだ。
「行ってくるわね。ソージ、クーナ。またあとで」
「うん、またあとで」
そして、アンネは去っていく。
「クーナ、あとで俺たちが歌を贈ったら驚くだろうな」
「そうですね。楽しみです」
俺とクーナは顔を見合わせて笑いあった。
アンネを驚かせるために今日、俺達が歌を贈るのは秘密にしてある。
◇
帯剣式の会場にたどり着く。
とは言っても、決闘で使ったコロシアムだ。
クヴァル・ベステの担い手が決まったことは一般市民にもアピールする必要がある。
そのため、王都でもっとも多くの人を収容できるコロシアムで実施するのだ。
だが、仮にも式典だ。なんの工夫もなく無骨なコロシアムを使うわけにはいかない。
とっかんで、コロシアムのリングは撤去され、式典に相応しいように飾り付けられている。
その中には、当然貴賓席もある。
基本的には、貴族や重要な来客はリングを撤去して用意されたスペースに、そして一般客はコロシアムの観客席をそのまま使う形になっている。
俺とクーナは予定されていた席ではなく、エルシエのために用意されたスペースにいた。エルシエからの祝福の歌を贈るようになった際にそう決まったのだ
そこには、シリルやユキナ、そして何人かの顔を知らないエルフや火狐たちが居た。
シリルの顔を見た瞬間、隣に居るクーナの表情がこわばる。
逆にシリルのほうはにこやかに笑い。他のエルフや火狐たちもクーナの顔を見て嬉しそうにしている。
「父様、お久しぶりです」
クーナが俺の後ろに隠れながら挨拶した。
「クーナ、久しぶりだね」
シリルはにっこり笑う。
クーナは尻尾の毛を逆立てて警戒心丸出しだ。無理やりエルシエに連れ戻されることを心配しているのかもしれない。
「クーナ、そうやってやましいことがあると、誰かの後ろに隠れるくせは治らないんだな。昔から怒られそうになったら、クウの影に隠れていたね。久しぶりに、そんなクーナを見たよ。まったく、まだまだクーナは子供だな」
シリルがクーナに向かってからかうように言う。
「なっ、私は子供じゃありません! 立派な大人です!」
シリルの一言が気に入らなかったのか、クーナが俺の後ろから飛び出す。
そして、飛び出したクーナをシリルはぎゅっと抱きしめた。
「そうやって、すぐかっとなるのは、子供な証拠だ。だけど、元気そうで何よりだ。無事でよかった」
シリルの声には、安堵とクーナへの愛おしさが溢れていた。
「とっ、父様、痛い、それに恥ずかしい、ほら、みんな、見てますよ」
クーナがしどろもどろになりながら、暴れる。
だけど、少しも嫌そうに見えなかった。
むしろ力が抜けて、リラックスしているようにすら思える。なんだかんだ言ってもクーナは、父親のことが好きなんだろう。
「そうだね。でも、こうしたい気分なんだ。……うん、ありがとう。クーナ分を補充できた」
シリルは、クーナを解放する。
突然解放されたものだから、クーナは目を白黒させている。
「あの、父様、私は、エルシエには……」
「帰ってこないんだろう? わかっている。クーナの好きにすればいい」
クーナは、呆けた顔をする。
連れ帰られないように、シリルと口論するつもりだったのに、あっさりと許されたからだ。
「えっ、あの父様、いいんですか」
「うん、いいよ。クーナが自分で言ったじゃないか。もう、大人になったんだろう? なら、父親の俺がクーナの人生に口をはさむことはないさ……だが、それは、もう俺が守ってやれないことを意味する。その覚悟があって言っているんだね?」
シリルの目がするどくクーナに突き刺さる。
クーナはそこから目をそらさず頷く。
「はい、私は自分の力で生きていきます。……いえ、違います。自分の力だけじゃない。ここに居るソージくんと、そしてここには居ない、もう一人の仲間と。だから、クーナは大丈夫です」
クーナは俺の腕をとった。
それを見て、シリルは苦笑した。
「訂正しよう。さっきは子供のままだって言ったけど、クーナは一人前のレディだ。まったく、何度経験しても子供が巣立つのは慣れないな……寂しいよ」
シリルはクーナの頭をくしゃくしゃと撫でた。
クーナは何かを感じ取ったのか、されるがままにされている。
「クーナ、いい仲間をもったな。ソージにならおまえを安心して任せられる。なにせ、俺に勝った男だ」
シリルがそう言った瞬間、エルシエ側のメンツが驚愕の表情で俺を見た。
少し、照れくさい。
「ソージ、クーナ。ユキナから話は聞いている。今日の式典でエルシエからの祝福の歌。俺とユキナの代わりに披露するんだろう? 半端なものを出したら許さない。エルシエの評判に傷がつく。最高の歌、きちんと贈れるんだろうな」
シリルの問いはしごくもっとも。
俺とクーナは手を握り合い。
そして同時に口を開く。
「「はい」」
クーナとなら、なんだってできる。その確信が俺にはあった。
そして、それはクーナも一緒だろう。
……そこまではよかった。
そこからが大変だった。
エルシエ側の面子、とくに女性陣に絡まれたのだ。
「うわぁ、クーナ、こんなイケメンどこで捕まえたの? 馴れ初めは?」
「シリル様に勝ったってほんと!? あのシリル様に!?」
「ねえねえ、結婚するんでしょ! エルシエに戻ってきなよー。そっちのほうが絶対いいって」
エルフだろうと、火狐だろうと、こういうゴシップが大好物のようだ。
マシンガンのようにまくし立てられる。
「クロネおばさん、ケミンおばさん、ソージくんとは、まだそういう仲じゃないですから!」
「まだ? ということはそうする予定があるんだ。ねえねえ、君ソージくんだっけ、この子とはもう、ふぉっくすしたの?」
「クロネ、クーナのあの態度見てたでしょ。とっくにふぉっくすしてるに決まってるわ。もしかしら、もう、こんこんまでしてるかも」
「あんなに小さかった、クーナが、もうこんこんするぐらいに大きく……」
クーナを生暖かい目で見つめる大人たち。
クーナは全身を震わせて、顔を真っ赤にして涙目になっている。
「しーてーまーせん、ふぉっくすもまだです! だいたいなんですか、こんなところでこんこんなんていやらしい!」
俺とクーナは、シリルやユキナが生暖かく見守るなか、くたくたになるまで質問攻めにあった。
◇
なんとか一段落ついてから、俺はユキナに話しかける。
どうしても確かめたいことがあった。
「そういえば、ユキナ。結局俺が伴奏することはどうやって認めさせたんだ」
俺の質問を聞いたユキナはにやりとした笑みを浮かべた。
「それは、歌が始まるときのお楽しみ。ソージにとっても悪くない方法。……まったくクーナは世話がやける。クーナのために、お姉さんが一肌脱いだ」
俺はその言葉を聞いてひどく嫌な予感がした。
そして、ついに帯剣式が始まった。




