第十話:きれいなクラネル
宿を出て、再び街に出る。
目的は、服の購入だ。
クーナや、アンネをからかってみたが、残念ながら俺も帯剣式に着ていく服がない。
ただの客として参加するぐらいなら、騎士学校の制服で良かったのだが、クーナの伴奏をするのであれば、それなりの服が必要だ。
今から、オーダーメイドの服を作ることはできない以上、既存のものを買わないといけない。ぴったりと体にあうものがあるかどうかだ。
見つからなければ、いっそのこと魔術で可視光をすべて屈折させ、俺の姿は見えないが、伴奏は聞こえるという、サプライズをしてみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、宿の入口の近くにあまり見たくない顔が見えた。
知らないふりをして通りすぎようと決める。
「やっと出てきた。ここでずっとソージが出てくるのを待っていたんだ。この宿、プライバシーだ、なんだ言って、案内してくれなくて」
だというのに、その男は俺に向かって声をかけてきた。
目の前に居る男はクラネル・フェイラーテ。アンネとクヴァル・ベステを賭けて戦った男だ。
「俺のほうに、おまえと話すことはない。急いでいるんだ」
話してもお互い不快になるだけなので、軽い挨拶をして立ち去ろうとする。
「まっ、待ってくれ、いや、待ってください」
しかし、そんな俺をクラネルは引き止める。
「なんだ、俺に用事でもあるのか」
「はい、どうしても話したいことが」
やけに腰を低くして話しかけてくるので、俺の中で警戒心が強くなる。
この男は俺を恨んでいるはずだ。
「今は忙しいんだ。今度にしてくれ」
「そう言わずに!」
「本当に忙しいんだ」
「なら、どうして忙しいかを言ってください。僕なら力になれるはずです」
こいつに話す義理はないが、言わないかぎりまとわりついてきそうだ。
俺は小さくため息をして、事情を話すことにした。
「アンネの帯剣式に出ることになって、そのための服を買う必要が出た。そんな服、そうそう手に入るものじゃないから、今から街中探しまわらないといけない。だから、こうやって話している時間がもったいない。もう行くぞ」
俺の言葉を聞いたクラネルはホッとした顔をした。
そして、自信満々な表情で口を開く。
「それなら、任せて下さい。もともと、僕が帯剣式で使うはずだった礼服をプレゼントしましょう。僕とソージは、背格好がほとんど同じだ。問題なく着られる、フェイラーテの力で作った最高の服だから使い物になると思うよ」
「何を企んでいる?」
俺は、思わず呟いてしまった。
たしかに、フェイラーテが式典用に用意したものなら、素晴らしい服だろう。
だが、非常に高価なはずだし、そもそも俺に渡す意味がわからない。
「何も企んでなんていない。ソージと話したいだけなんだ。それに、僕には不要になったものだから、有効活用してほしい」
「それが本当だとして、対価に何を求める?」
ここで、クヴァル・ベステや、アンネと答えたら、俺は全力でぶん殴る。
「さっきから言ってるじゃないか。少し、話させてほしい。そこの酒屋で、酒に付き合ってくれたらそれでいい」
「……わかった。それでいいなら付き合おう」
俺は警戒心を解かないまま、頷いた。
◇
今日はとんだ日だ。
天敵だと思っていたシリルの次は、仇敵のクラネルと酒を呑むなんて。
どういう星の巡り合わせなんだろうか。
意外なことに、クラネル・フェイラーテが選んだのは、なんの変哲もない大衆酒場だった。
労働者たちが、ジョッキをぶつけあって騒いでいる。
「付き合ってくれてありがとう。ソージ」
「それで、俺と何を話したいんだ」
俺が問いかけると、クラネルは机に両手を乗せて、勢い良く頭を下げた。
「僕が作ってしまった化物を倒してくれてありがとう! 君のおかげで僕はアンネロッタを殺さずに済んだ。アンネロッタを殺していたらと思うと、僕は、僕は」
いきなりそんなことをされたものだから面をくらう。
「後悔するぐらいなら、初めからするな」
「僕も、そう思うんだ。だけど、あのときの僕はおかしかった。もとから、アンネのことも、クヴァル・ベステのことも喉から手がでるほど欲しかった……。だけど、あんなこと、絶対にいつもの僕ならするはずがなかったんだ」
心の底から悔しそうにクラネルは言う。
その言葉は嘘ではないだろう。あのときのクラネルは尋常じゃなかった。
「そのことを伝えたかったのか」
「うん、そうだよ。だけど、それだけじゃないんだ。僕は、これからもエリンの騎士学校に通う」
「てっきり、アンネからクヴァル・ベステを奪うために来たんだと思っていた。もう用はないだろう? なんで、まだ残るんだ?」
俺がそう問いかけると、クラネルは少し寂しげな笑顔を浮かべた。
「はじめはこっちに戻る予定だったけどね。僕はもう、フェイラーテ家を継承できなくなった。君と、そしてアンネロッタに負けた。フェイラーテの悲願であるクヴァル・ベステの担い手になることを達成できなかった。そのことが致命的だった。フェイラーテの家督は弟が継ぐ」
俺は、少し同情した。
クラネルの立場は苦しい物がある。
「だから、僕はこの帯剣式が終わる頃、身ひとつで追い出される。幸い、卒業までの寮費と、授業料は騎士学園に支払われている。卒業までの生活はなんとかなるんだ。僕はそこで一人のクラネルとして、新しい生活を送る。フェイラーテなんて関係ない、ただの探索者になって生きていくつもりだ」
「……なんで、そのことを笑って言える」
クラネルの言葉に悲壮感はない。
むしろ、楽しそうにすら感じる。まるで、憑物が落ちたようだ。
「実はね、それほど僕は悲しくないんだ。全部失ってわかったんだけど、フェイラーテが重荷だった。僕は剣が好きだ。それ以外のことが煩わしいってずっと思ってた。これからは、好きに剣をふるって、剣の力で自分の人生を切り開くって考えると、むしろわくわくしてくる」
「そうか、新しい人生を頑張るといい。応援はしているよ」
俺は、クラネルを助けようとは思わない。
全てを失ったからと言って、彼の罪が消えたわけでもなければ、助けてやる義理もない。
「それとね、アンネロッタのことはお礼を言うだけじゃなくて、男として君に言わないといけないことがある」
「聞いてやる。そういう約束だしな」
高価な礼服をもらう。
それぐらいのわがままは聞こう。
「僕は、剣士としての君を尊敬している。ランク1でありながら僕を圧倒した剣。ただの剣士になった今、素直にそう思えるんだ。それにアンネロッタを助けてくれた恩人だとも思ってる。……だけど、僕は君に負けたままで納得できるほど、剣士としてのプライドがないわけでないし、アンネロッタのことを諦めたわけでもない。騎士学校に通っている間に、君の剣技盗みとって見せるし、努力して追いつく。そして、君に夢中なアンネロッタを振り向かせて見せる」
「……目指すのは勝手だが、俺が許すと思うか」
「思わない。だけど、それでも目指すのが男だろ」
俺は苦笑いする。
そういう考え方嫌いじゃない。
剣を教えてくれじゃなく、剣を盗んで見せるというところに、ほんの少しだが好感を覚えた。
もし、剣を教えてくれなんて言ったら、ふざけるなと言ってジョッキの中身をぶちまけてやっただろう。
「とりあえず、今日のところは、クラネル。おまえの門出を祝おう」
俺はジョッキを掲げる。
「かたじけない」
そして、クラネルも自分のジョッキを持ち上げた。
俺たちはジョッキをぶつけあって乾杯する。
だが、本気でアンネを狙うなら、……害虫駆除、もとい格の違いを思いしらせようと俺は内心で考えていた。
まったく、クーナを狙う害虫の四位の人に、アンネを狙う害虫のクラネルか。
気が抜けないな。
◇
その後、クラネルと飲んでから、彼の屋敷の前まで行き、礼服を受け取った。
本当にサイズがぴったりで調整の必要すらなかった。
これで、懸念事項が一つ消えた。
そして、自分の部屋に戻ると、俺の部屋の前でクーナが体育座りをしていた。
俺を見つけたクーナは一瞬、ぱっと笑顔を見せて、そしてふくれっ面になった。
「もう、ソージくん遅いです! あとで二人っきりで話そうって約束していたのに」
「悪い、ちょっと用事があったんだ。じゃあ、中で話そうか」
俺は、膨れっ面のクーナを部屋に招き入れた。
俺の部屋なら邪魔が入らずゆっくり話せるだろう。
次回予告。ついに火狐最大の謎、ふぉっくす が明かされる。




