表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:クーナの焔《ほのお》
73/177

第十話:きれいなクラネル

 宿を出て、再び街に出る。

 目的は、服の購入だ。

 クーナや、アンネをからかってみたが、残念ながら俺も帯剣式に着ていく服がない。

 ただの客として参加するぐらいなら、騎士学校の制服で良かったのだが、クーナの伴奏をするのであれば、それなりの服が必要だ。


 今から、オーダーメイドの服を作ることはできない以上、既存のものを買わないといけない。ぴったりと体にあうものがあるかどうかだ。


 見つからなければ、いっそのこと魔術で可視光をすべて屈折させ、俺の姿は見えないが、伴奏は聞こえるという、サプライズをしてみるのもいいかもしれない。

 そんなことを考えていると、宿の入口の近くにあまり見たくない顔が見えた。

 知らないふりをして通りすぎようと決める。


「やっと出てきた。ここでずっとソージが出てくるのを待っていたんだ。この宿、プライバシーだ、なんだ言って、案内してくれなくて」


 だというのに、その男は俺に向かって声をかけてきた。

 目の前に居る男はクラネル・フェイラーテ。アンネとクヴァル・ベステを賭けて戦った男だ。


「俺のほうに、おまえと話すことはない。急いでいるんだ」


 話してもお互い不快になるだけなので、軽い挨拶をして立ち去ろうとする。


「まっ、待ってくれ、いや、待ってください」


 しかし、そんな俺をクラネルは引き止める。


「なんだ、俺に用事でもあるのか」

「はい、どうしても話したいことが」


 やけに腰を低くして話しかけてくるので、俺の中で警戒心が強くなる。

 この男は俺を恨んでいるはずだ。


「今は忙しいんだ。今度にしてくれ」

「そう言わずに!」

「本当に忙しいんだ」

「なら、どうして忙しいかを言ってください。僕なら力になれるはずです」


 こいつに話す義理はないが、言わないかぎりまとわりついてきそうだ。

 俺は小さくため息をして、事情を話すことにした。


「アンネの帯剣式に出ることになって、そのための服を買う必要が出た。そんな服、そうそう手に入るものじゃないから、今から街中探しまわらないといけない。だから、こうやって話している時間がもったいない。もう行くぞ」


 俺の言葉を聞いたクラネルはホッとした顔をした。

 そして、自信満々な表情で口を開く。


「それなら、任せて下さい。もともと、僕が帯剣式で使うはずだった礼服をプレゼントしましょう。僕とソージは、背格好がほとんど同じだ。問題なく着られる、フェイラーテの力で作った最高の服だから使い物になると思うよ」

「何を企んでいる?」


 俺は、思わず呟いてしまった。

 たしかに、フェイラーテが式典用に用意したものなら、素晴らしい服だろう。

 だが、非常に高価なはずだし、そもそも俺に渡す意味がわからない。


「何も企んでなんていない。ソージと話したいだけなんだ。それに、僕には不要になったものだから、有効活用してほしい」

「それが本当だとして、対価に何を求める?」


 ここで、クヴァル・ベステや、アンネと答えたら、俺は全力でぶん殴る。


「さっきから言ってるじゃないか。少し、話させてほしい。そこの酒屋で、酒に付き合ってくれたらそれでいい」

「……わかった。それでいいなら付き合おう」


 俺は警戒心を解かないまま、頷いた。


 ◇


 今日はとんだ日だ。

 天敵だと思っていたシリルの次は、仇敵のクラネルと酒を呑むなんて。


 どういう星の巡り合わせなんだろうか。

 意外なことに、クラネル・フェイラーテが選んだのは、なんの変哲もない大衆酒場だった。

 労働者たちが、ジョッキをぶつけあって騒いでいる。


「付き合ってくれてありがとう。ソージ」

「それで、俺と何を話したいんだ」


 俺が問いかけると、クラネルは机に両手を乗せて、勢い良く頭を下げた。


「僕が作ってしまった化物を倒してくれてありがとう! 君のおかげで僕はアンネロッタを殺さずに済んだ。アンネロッタを殺していたらと思うと、僕は、僕は」


 いきなりそんなことをされたものだから面をくらう。


「後悔するぐらいなら、初めからするな」

「僕も、そう思うんだ。だけど、あのときの僕はおかしかった。もとから、アンネのことも、クヴァル・ベステのことも喉から手がでるほど欲しかった……。だけど、あんなこと、絶対にいつもの僕ならするはずがなかったんだ」


 心の底から悔しそうにクラネルは言う。

 その言葉は嘘ではないだろう。あのときのクラネルは尋常じゃなかった。


「そのことを伝えたかったのか」

「うん、そうだよ。だけど、それだけじゃないんだ。僕は、これからもエリンの騎士学校に通う」

「てっきり、アンネからクヴァル・ベステを奪うために来たんだと思っていた。もう用はないだろう? なんで、まだ残るんだ?」


 俺がそう問いかけると、クラネルは少し寂しげな笑顔を浮かべた。


「はじめはこっちに戻る予定だったけどね。僕はもう、フェイラーテ家を継承できなくなった。君と、そしてアンネロッタに負けた。フェイラーテの悲願であるクヴァル・ベステの担い手になることを達成できなかった。そのことが致命的だった。フェイラーテの家督は弟が継ぐ」


 俺は、少し同情した。

 クラネルの立場は苦しい物がある。


「だから、僕はこの帯剣式が終わる頃、身ひとつで追い出される。幸い、卒業までの寮費と、授業料は騎士学園に支払われている。卒業までの生活はなんとかなるんだ。僕はそこで一人のクラネルとして、新しい生活を送る。フェイラーテなんて関係ない、ただの探索者になって生きていくつもりだ」

「……なんで、そのことを笑って言える」


 クラネルの言葉に悲壮感はない。

 むしろ、楽しそうにすら感じる。まるで、憑物が落ちたようだ。


「実はね、それほど僕は悲しくないんだ。全部失ってわかったんだけど、フェイラーテが重荷だった。僕は剣が好きだ。それ以外のことが煩わしいってずっと思ってた。これからは、好きに剣をふるって、剣の力で自分の人生を切り開くって考えると、むしろわくわくしてくる」

「そうか、新しい人生を頑張るといい。応援はしているよ」


 俺は、クラネルを助けようとは思わない。

 全てを失ったからと言って、彼の罪が消えたわけでもなければ、助けてやる義理もない。


「それとね、アンネロッタのことはお礼を言うだけじゃなくて、男として君に言わないといけないことがある」

「聞いてやる。そういう約束だしな」


 高価な礼服をもらう。

 それぐらいのわがままは聞こう。


「僕は、剣士としての君を尊敬している。ランク1でありながら僕を圧倒した剣。ただの剣士になった今、素直にそう思えるんだ。それにアンネロッタを助けてくれた恩人だとも思ってる。……だけど、僕は君に負けたままで納得できるほど、剣士としてのプライドがないわけでないし、アンネロッタのことを諦めたわけでもない。騎士学校に通っている間に、君の剣技盗みとって見せるし、努力して追いつく。そして、君に夢中なアンネロッタを振り向かせて見せる」

「……目指すのは勝手だが、俺が許すと思うか」

「思わない。だけど、それでも目指すのが男だろ」


 俺は苦笑いする。

 そういう考え方嫌いじゃない。

 剣を教えてくれじゃなく、剣を盗んで見せるというところに、ほんの少しだが好感を覚えた。


 もし、剣を教えてくれなんて言ったら、ふざけるなと言ってジョッキの中身をぶちまけてやっただろう。


「とりあえず、今日のところは、クラネル。おまえの門出を祝おう」


 俺はジョッキを掲げる。


「かたじけない」


 そして、クラネルも自分のジョッキを持ち上げた。

 俺たちはジョッキをぶつけあって乾杯する。

 だが、本気でアンネを狙うなら、……害虫駆除、もとい格の違いを思いしらせようと俺は内心で考えていた。


 まったく、クーナを狙う害虫の四位の人に、アンネを狙う害虫のクラネルか。

 気が抜けないな。

 


 ◇


 その後、クラネルと飲んでから、彼の屋敷の前まで行き、礼服を受け取った。

 本当にサイズがぴったりで調整の必要すらなかった。

 これで、懸念事項が一つ消えた。


 そして、自分の部屋に戻ると、俺の部屋の前でクーナが体育座りをしていた。

 俺を見つけたクーナは一瞬、ぱっと笑顔を見せて、そしてふくれっ面になった。


「もう、ソージくん遅いです! あとで二人っきりで話そうって約束していたのに」

「悪い、ちょっと用事があったんだ。じゃあ、中で話そうか」


 俺は、膨れっ面のクーナを部屋に招き入れた。

 俺の部屋なら邪魔が入らずゆっくり話せるだろう。

 

次回予告。ついに火狐最大の謎、ふぉっくす が明かされる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ