第九話:クーナのお願い
ユキナの提案で、クーナは帯剣式でアンネに歌を贈ることになった。
隣のクーナを見ると、やる気に満ちたいい表情をしている。
「ユキ姉様、ソージくん。私は最高の歌を披露します」
「楽しみにしているよ」
「ユキナも、クーナの歌、楽しみ」
俺たちの返事を聞いて、クーナはにやりと笑う。
「ふっ、ふっ、ふっ、私の歌で骨抜きにしてあげます。……それで、ユキ姉様。一つお願いがあるんです」
クーナが少しためらいがちに口を開いた。
「何?」
「伴奏、父様じゃなくて、ソージくんにお願いしたいんです。帯剣式の日に贈る歌は、父様が、母様のために作った、【朝陽のクウ】にします。あの歌はソージくんも演奏できますし、私たち、【魔剣の尻尾】のはじまりの歌だから、アンネに贈るにはぴったりです」
「クーナ、今回の歌はエルシエから贈る祝福だってわかっている? エルシエと関係ない、ソージが伴奏するのはおかしい」
「わかっています。それでもお願いしたいんです」
「ソージは、お祖父様よりオファルがうまいの?」
オファルは、横笛の一種でエルシエの伝統楽器。かつての世界でクーナのために練習した楽器だ。
「そんなわけないじゃないですか。父様よりうまく吹ける人なんていないですよ」
「なら、クーナは友達を祝うのにわざと出来の悪い歌を贈るの?」
「違います。たしかに、父様のオファルよりもソージくんのオファルは劣ります。でも、ソージくんが吹いてくれたほうが、私は力が湧いてきて、ずっとずっといい、歌を披露できます。トータルとして、ずっとそっちのほうがいいです」
クーナは断言する。
その言葉が照れくさくもあり、……嬉しかった。
「……そのセリフを聞いたら、お祖父様号泣する。でも、わかった。そういうことなら仕方ない。いい。ソージに伴奏を任せる。ソージもいい?」
「もちろん、クーナが期待してくれるなら、俺はなんでもする」
「クーナ。ソージが演奏したほうが、ずっといい歌を歌えるって言葉が嘘だったら、お仕置き。それもすごいの覚悟しておいて」
ユキナからの脅しの言葉。しかし、クーナはまっすぐにユキナの目を見て頷く。まったく、恐れる様子はなかった。
「そこまで想える人がクーナにできるなんて。少しうらやましい。はじめて恋人が欲しいと思った。ユキナが周りを説得する。だから、クーナはソージと一緒に最高の歌を届けることだけ考えて」
ユキナが苦笑をしながら答える。
どうにかすると言ったが、どうやってエルシエからの贈り物で俺が伴奏することを認めさせるのだろう。
生半可な理屈じゃ通用しないはずだが……まあ、考えても無駄だ。ここはユキナに任せよう。
「任せてください。……ただ、それとは別に、ちょっと問題がありまして」
「何? 言ってみて」
「帯剣式に着ていく服が無いです」
「……クーナ、おまえもか」
クーナがいつかのアンネとまったく同じセリフを言うものだから、脱力感がすごい。
「だって、高い服なんて、必要ないですし買うお金もなかったんですよ! どこかの誰かがすごい勢いで、金利だって言ってお金を搾取するから!」
「俺はちゃんとした取引をしているよ。クーナたちにもらっているお金に値する対価は与えているはずだ」
「うっ、それを言われると辛いです」
言いがかりもいいところだ、魔石の効率化も、装備の作製も、友情価格でやっているというのに。
「そもそもクーナは、いったい金を何に使っているんだ。それなりに使える金があるはずだろ」
クーナは、毎回金利だけを払うのでまったく元金が減っていない。
逆に言えば、現金はそれなりに受け取っているのだ。
「そっ、それは秘密です。女の子には、いろいろとお金がかかるんですよ!」
どうやら、答えてくれるつもりはないらしい。クーナは、それほどおしゃれに気を配るタイプでもないし、贅沢もしない。買い食いは多いけど、そこまで浪費しているようには見えず不思議だった。
「クーナ、もしかして。エリンでもあれを続けているの?」
ユキナが淡々とした様子で問いかけると、クーナのキツネ耳がぴくりと動いた。
「なっ、なんのことですか? わっ、わたし、わからないです」
「うん、わかった。続けているんだ。ユキナはいいと思うよ」
ユキナはふむふむと頷いた。
少し気になる。
「クーナ、ドレスのことなら心配しなくていい。ルーシェ姉様の作ったドレスをもってきてる」
「えっ、ルーシェ姉様が新しいドレスを作ってくれたんですか!」
「うん、ユキナたちが王都でクーナと会うって言ったら、ルーシェ姉様、徹夜して仕上げてくれた。歌とか関係なしに、勝負服はもっていたほうがいいって張り切ってたの」
「嬉しいです!」
クーナが目を輝かせていた。
俺は、そんなクーナに問いかける。
「ルーシェって人も、クーナの兄妹なんだ」
「はい、腹違いの姉様です。ルーシェ姉様は、エルフで、すごく服作りがうまいんです。私の兄妹は、みんなそれぞれ特技があるんですよ。ルーシェ姉様は服作りの天才だし、ユキ姉様はお酒造りの天才、それから、私と同じ母様をもつ、ソラ姉様は政治の天才で父様の補佐としてエルシエを統治しています」
よほど、姉たちのことが好きなのか、自分のことのように誇らしそうにクーナは言った。
「クーナの兄さんも何か才能があるのか? あえて言わなかったみたいだけど」
「あの人は、シスコ……ごほんっ、兄様は戦闘の天才ですよ。父様から、体術と戦闘に特化した魔術を徹底的に叩き込まれてますからね。私達の兄妹の中では一番、戦いに関する才能があります。父様も言っていました。戦いの才能だけなら、自分よりあるって。まあ、その無駄な才能のせいで、残念な脳筋になってますけど」
「クーナよりも才能があるのか」
「間違いないです。でも、炎。その一点だけなら負ける気はしないです」
それは、すごい。
クーナは、体術も魔術も天才的なセンスがある。それはけっして努力でどうにかなるレベルじゃない。
それを上回る男。一度手合わせしてみたい。
「あれ、そう言えばあと一人兄姉が居たよね?」
かつて、クーナには一人の兄と、三人の姉が居ると言っていた。
だが、ユキナは厳密にはクーナの姪にあたる。
クーナの兄の娘で、年上だから姉のように慕っているだけだ。それなら、もう一人姉が居るはずだ。
「もう一人の姉様はちょっと、特別です。ごめんなさい。答えられません」
「うん、ユキナもあの人のことを言うのは、おすすめしない」
「……事情があるなら無理には聞かないよ。それで、クーナの兄や姉は、何かの才能があるってわかった。クーナは何の天才だ」
俺が、そう聞くとクーナは腕を組んで考える。
「……食べる天才ですかね?」
「なんの役にも立たない!?」
「いや、そうでもないんですよ? 私、その気になれば服だって、お酒だって作れますし。政治も戦いの才能もあるんですけど、どれも、二番目か、三番目なんですよね」
オールラウンダーってやつだ。悪く言えば器用貧乏。
だが、あくまで他の兄姉とくらべてと言う話で、世間一般で見ればすべて天才と言われるほどの才能はある。
「ユキナはクーナの才能を言える。クーナには歌がある。エルシエの誰よりも素敵な歌が。それは、みんなが認めている。アンネのことがなくても、クーナが歌ったほうがいいと思ってた」
俺はユキナの言葉を聞いて納得した。
かつて、エリンに辿り着いた日。クーナの歌を聴いたが、本当に心を揺さぶるいい歌だった。
その後は、何度かねだったが、聴かせてくれたことがない。
「そうだったな。クーナの歌、素敵だったよ」
「……その、なんというか、照れます。その期待を裏切らないようにしないと」
クーナが顔を赤くして照れくさそうに言った。
「クーナ、この場でドレスの微調整をする。ルーシェ姉様のことだから間違いはないと思うけど、クーナも成長しているから、調整は必要。……エルシエを出てから少し胸が大きくなった」
「ひゃっ、何するんですか! ユキ姉様」
「不思議、同じ血筋なのに、どうしてここまで違うんだろう」
ユキナはクーナの胸を揉みしだく。大変、眼福だ。
「いい加減にしてください、ユキ姉様、そこ、だめぇ」
クーナが変な声をあげて身を捩る。
そして、強引に振りほどこうとした瞬間、ユキナは素早く離れて、満足気な表情を浮かべた。
「さて、遊びはおしまい。はやく調整に入る。時間がない」
「……もう、ユキ姉様は。でも、時間がないことは同意です」
「うん、急ごう。俺も手伝うよ!」
さて、急いでやらないと。幸いなことに俺は裁縫が得意だ。
しかし、クーナはじと目で俺を見るだけで、なかなか着替えようとしない。
「クーナ、何をしているんだ。はやく、ユキナが持ってきたドレスに着替えないと」
「ソージくん♪ 出て行ってください」
「ちっ、勢いでごまかせると思ったのに」
さすがに、そこまで甘くないようだ。
これ以上、ここに居たらまたクーナに怒られる。
「じゃあ、俺は行くよ」
今日は素直に撤退しよう。
それに、俺にも準備が必要だ。なにせ、帯剣式に着ていく服がないのは俺も一緒だ。なんとかしないといけない。
「あの、ソージくん。あとで少し話を二人きりでさせてください! その、ずっと黙っていたこと、謝りたくて」
去り際に、クーナが俺の背中に声を投げかけた。
どうやら、気にしていたらしい。
「うん、いいよ。また後で」
俺はそれだけ答えて部屋を出る。
アンネのドレスに加えて、クーナのドレス。
大好きな二人の晴れ姿、今から楽しみだ。




