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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:クーナの焔《ほのお》
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第八話:ユキナ・エルシエ

「いったい何があったんだ?」 


 俺はシリルとの戦いを終えて、宿に戻った。

 そして宿に逃げ帰ったクーナと話をするために、彼女の部屋に行くとなぜか鍵が開いていた。


 扉を開けて中に入ると言葉を失った。

 クーナが浮いていた。

 もちろん、彼女がとつぜん超能力に目覚めたわけではない。


「いたっ、痛いです! ギブ! ユキ姉様ギブ! おーろーしーてー」

「クーナはもう少し反省するべき。どれだけ、ユキナたちに心配かけたかわかってる?」


 セミロングの銀髪をしたクール系のキツネ耳美少女がクーナにアイアンクローをしていた。

 恐ろしいことに片手でクーナの体を持ち上げている。

 間違いない、馬車でシリルの隣にいた少女だ。

 クーナに聞いた話では、クーナの兄の娘にあたる。


「だって、父様、ひどいんですよ、いきなり海の向うに居る人のところに嫁にいけって。そりゃ、家出もしますよ」

「ひどいってことは同意。でも、ユキナたちに何も言わずに家出したことは許さない」


 クーナの頭蓋骨がきしむ音がここまで聞こえてくる気がする。


「あの、そろそろ離してあげたらどうだ?」


 あまりにもクーナが可哀想なので、助け舟を出す。

 どうやら、かなり追い詰められているらしく、クーナの全身がぴくぴくと痙攣し、尻尾がだらりと力なく垂れている。


「もしかして、あなたが、クーナの恋人?」


 ユキナがそう言った瞬間、さきほどまでボロ雑巾のようになっていたクーナが再起動する。


「違います! ソージくんは友達です! 恋人なんかじゃありません!」

「そう……クーナが、こんなに必死に否定するのは、はじめて。特別なのは間違いない。あんまり、他所様の前で、見苦しいおしおきを見せるのは失礼かも」

「ユキ姉様! それじゃ、これで終わりですよね?」

「んっ、締めでいつものをやって終わりにする」

「えっ!? それって、やめ、やーめて、ソージくんの前では、ゆるしてー」


 クーナが涙目で懇願する。


「だめ、悪い子はお仕置き」


 しかし、ユキナはクーナを脇に抱えると、勢い良くスカートをパンツごと脱がす。

 クーナの白いお尻が晒される。

 そして、手を振り上げ、おもいっきり平手打ちした。

 パシーンっといい音がなった。

 クーナの尻尾が根本から、先端までぶるりと震える。


「ひぃっ、いっ、痛い」


 クーナが悲鳴をあげる。お尻が赤く腫れた。


「あと九回」

「ソージくん、見ないでください!」

「大丈夫、目を逸らしているから」


 嘘じゃない。

 ちゃんと目を逸らしつつ、魔術で光を屈折させてしっかりと見ている

 クーナが安堵の息を漏らしたのもつかの間、二度目、三度目と次々とユキナがクーナの尻を打つ。


「いひゃい、ユキ姉様ぁ、ゆるしてぇ」


 尻を打つたびにクーナの悲鳴が木霊する。


「これでおしまい」


 ユキナは、おもいっきり振りかぶり、十回目の平手打ちをクーナの尻に見舞った。

 そして、脇に抱えていたクーナを離す。

 ユキナから解放されたクーナはその場で、その場でうつ伏せになったまま、真っ赤になったお尻を押さえて涙目になっている。


「ユキ姉様、ひどいです。こんな子供にするみたいなお仕置き」

「クーナは、私から見たらまだ子供」

「もう私、十六ですよ! 結婚できる歳です。ちゃんと大人です!」

「大人は、何も言わずに家を飛び出して、家族を心配させたりしない」


 クーナは、言葉に詰まる。

 そんな、クーナにユキナは微笑みかけた。


「でも、クーナが無事で本当によかった。クーナは、お人好しで騙されやすいから心配だった」


 そして、ユキナはクーナをギュッと抱きしめる。


「ユキ姉さまぁ」


 クーナも久しぶりの家族にあったせいか感極まった様子で、ユキナを抱きしめかえす。

 そして、声をあげて泣き出した。

 美しい光景だ。

 ……クーナが尻丸出しでなければ。


 ◇


 クーナとユキナは、クーナが泣き止むまで抱きしめ合った。

 そして、クーナは名残惜しみながら抱擁をとき、次の瞬間には自分が尻を丸出しにしていたことに気づくと、慌ててスカートとパンツをたくし上げる。


「ソージくん、見てないですよね」

「もちろん。クーナのスカートを脱がさそうになったから慌てて目を背けた。一度も視線をそちらに向けてない」

「本当に、本当ですね」

「神に誓ってもいい」


 今回は本当に、視線は向けていないので堂々と答える。


「クーナ、この人が顔をそらしていたことは間違いない」

「ユキ姉様がそう言うなら安心です。ソージくんが紳士的な行動をとるなんて、明日は雪が降ります」


 クーナがそっと胸を撫で下ろす。

 安心して欲しい、雪はきっと降らない。俺は平常運転だ。


「でも、変な魔術は使ってたけど」


 そんなクーナを尻目に、ユキナは俺の耳元でぼそりと呟いた。

 すこし脂汗が出た。


「ユキ姉様、ソージくんとナイショ話ですか!」

「なんでもない。ただ、男の子だなーって思っただけ」


 ユキナは意味ありげに微笑む。

 さすが、クーナの姉。油断できない相手だ。

 そして、ユキナはごほんと咳払いをした。


「ユキナの名は、ユキナ・エルシエ。エルシエでは、酒蔵を任されている。あなたの名前を教えてほしい」


 俺の目を真っ直ぐに見て、そう告げた。


「俺はソージ。騎士学校に通っている。クーナと【魔剣の尻尾】というパーティを組んでる」

「それだけ?」


 ユキナは、俺とクーナの両方に問いかける。

 俺は微笑み、口を開く。


「今はそうだ。俺のほうはもっと深い関係になりたいと思っているが、クーナに振られ続けているんだ」

「ソージくんみたいな気の多い男の人には尻尾を預けられません」


 クーナが照れ隠しもあるのか、いつもよりも大げさに否定する。

 ユキナはそんなクーナの様子を見て何度か頷いてから口を開く。


「なるほど、だいたいわかった。クーナは素直じゃないから苦労をかける。でも、いい子だから見捨てないでくれると嬉しい」

「なっ、なっ、なっ、何を言ってるんですかユキ姉様! それじゃ私がソージくんのことを好きみたいじゃないですか!」

「クーナ、後悔しないうちに素直になることを勧める。男は手の届かない美人よりも、手軽にやらせてくれる女を選ぶ」


 クーナが顔を真っ赤にして、耳をピンと立てた。

 相変わらず、クーナは可愛い。


「ふんだ、行き遅れのユキ姉様に恋愛のアドバイスをされるいわれはないです」

「ユキナはお酒と結婚しているだけ。男の人に興味がない」


 ユキナは、適当にクーナをあしらう。

 この人はクーナの扱いに慣れている。


「ソージ」


 ユキナの声のトーンが変わる。若干硬く、それでいて俺への尊敬の気持ちが入ったように感じる。


「クーナを、守ってくれてありがとう。クーナがこうして、楽しそうにしているのなら、きっとそれはあなたのおかげ。クーナの姉として心のそこから感謝の言葉を送らせてほしい」


 そして、非常にきれいなお礼をした。

 所作のひとつ、ひとつが美しい。


「いえ、俺はクーナが好きだから、クーナのことを大事にしているだけだ。感謝をされるようなことはしていない」

「……クーナにはもったいない人かも。お願いだから、クーナを見捨てないでほしい。クーナが気に入った男も、クーナの父親、シリル・エルシエが認めた男もあなたがはじめて。たぶん、あなたに見捨てられたら、クーナは嫁のもらい手がなくなる」


 俺は、その言葉を聞いて噴きそうになった。


「ユキ姉様、お願いだから、それ以上恥ずかしいことを言わないでぇ。それになんですか、父様が認めたって、どうしてそんなことがわかるんですか!」


 クーナが、はぁはぁ息を荒げながら突っ込んでくる。


「クーナはわからない? ソージから、お祖父様の魔力。それも敵意のある魔力の匂いがする。お祖父様の悪い癖が出た。そんな匂いがして、こうしてクーナの前で普通に話しているってことは、お祖父様のあれをクリアしたってこと」

「えっ!? まさか」


 クーナが俺の方に近づいてきて、くんくんと俺の匂いを嗅ぐ。


「本当に、父様の匂いがする!? ソージくん、父様に会ったんですか!? いったい、父様と何を話したんですか!?」


 クーナがすごい勢いで詰め寄ってくる。


「とくに大したことは話してないよ。クーナが元気かって聞かれたから。元気だって答えて、あとは娘さんを俺にくださいって言ったら、クーナが欲しければ俺を倒して見ろって言われたから倒してきた。……ハンデをつけてもらったけどね」


 今思い出しても、悔しさがこみ上げてくる。

 近いうちにハンデなしにあの男を凌駕したい。


「父様に喧嘩を売るなんてバカですか! 死ぬ気ですか! あの人、親ばかだから娘のことになったら容赦無いんですよ!」

「でも、俺は勝って認められた。娘を任せるって言ってもらえたよ」


 そう聞いた瞬間、クーナは呆けた顔をして、頬を紅潮させた。

 ユキナは、感心したような表情で口を開く。


「お祖父様相手に、そんなことをできる人、なかなか居ない。ちゃんとふぉっくすさせてあげないと、この人は捕まえておかないとダメ」

「ソージくん、父様に、私が欲しいって、あの娘のことになったら悪魔のように怖い父様に向かって……、ルーシェ姉様のときは、何人も再起不能にした父様に向かって……」


 クーナは潤んだ目で、俺のほうを見てくる。こんなクーナは初めてで、俺も変に意識してしまう。

 そんな俺達をユキナは、少し満足気に見ていた。


「クーナの仲間がいい人で安心した。これはお近づきの印。パーティで飲むといい。ユキナの最高傑作」


 ユキナはそう言いながら、部屋の壁に立てかけていたカバンから酒瓶を取り出した。

 ラベルを視る限り、エルシエで造られているエルシエワイン。

 だが、ただのエルシエワインではない。ラベルに書かれている文字がプラチナ色。

 これは……


「ヴァリス・エルシエワイン。いいのか!? こんなものをもらって」


 ヴァリス・エルシエワインとは、圧倒的な人気なのに少数生産で手に入らないエルシエワインの中でも、最高ランクのもの。

 生産性やコストを度外視し、ただうまい酒を作るためだけにエルシエで当代最高の職人が作り上げる。

 製法は門外不出。一般的な酒の製法ではなく、魔術的な要素を付け加えてはじめて完成する天上の酒と言われている。

 王侯貴族にも愛好家が多く、城一つと交換して手に入れるものが居るほどの酒だ。


「いい。ユキナが造ったお酒。それをだれに渡そうとユキナの勝手。妹の恩人に是非飲んで欲しい」

「ありがたくいただこう。俺達のパーティで楽しませてもらう」


 俺はうやうやしく、ユキナの手からヴァリス・エルシエワインを受け取る。


「それと、クーナ」

「ほえっ、なんですか、ユキ姉様」


 未だ、呆けているクーナにユキナが声をかけた。


「帯剣式で、エルシエは火狐の歌を送る準備をしていた。父様が演奏して、ユキナが歌う予定だった。でも……クーナが歌いなさい。大切な友達への祝福の歌。クーナが歌うべき。クーナのドレスはもってきた。帯剣式では、エルシエの姫君、クーナ・エルシエとして振る舞って」

「でも、私は」

「気持ちの整理がつくまで帰ってこいとは言わない。お祖父様のことを、まだ許さなくてもいい。クーナ・エルシエではなくて、ただのクーナとして外に出たいと思っているのもわかる。だけど、友達に最高のプレゼントを贈れる機会を逃していいの?」


 ユキナの言葉に、クーナは戸惑う。

 そして、俺の方を見てきた。


「余計なことを考えずに、クーナの気持ちに正直になればいい。面倒事があるなら、俺がなんとかする」


 そう言うと、クーナは頷いて、笑顔で口を開いた。


「私は、アンネのために歌います!」


 良い返事だ。

 やっぱり、クーナはいい女だ。

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