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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:クーナの焔《ほのお》
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第七話:男の意地

 素晴らしい料理を楽しんだあと、シリルと二人、王都の外に出ていた。

 邪魔が入らず、また周囲への被害を考えなくてもいいように、何もない平地に移動している。


 それにしても料理は素晴らしかった。

 とくにメインのローストビーフは、火の通し方が絶妙で、かかっているソースが絶品だった。出された酒も、ローストビーフにぴったりの強く、香り高い酒で、肉の旨味をしっかり支えてくれていた。

 今度はクーナとアンネと三人で来ようと思う。


 目の前でシリルが軽く屈伸をし、外套を脱ぎ捨て動きやすい服装になった。

 クーナの父親であればかなり高齢のはずなのに、細身ながら徹底的に鍛えぬかれた体。そして、その体に流れる魔力の清冽さは目を見張るものがある。とても、拘束具に乱されているとは思えない。


 かつて、ランク6に至った俺が唯一勝てなかった相手。

 否応なしに、心臓が高まる。それは不安であり、恐怖であり、歓喜。

 あれから、積み上げてきた俺の力がどこまで通じるか試してみたいのだ。


「始める前にルールを決めようか。加護が半分を切るか、降参したら負けっていうのはどうかな? 殺してしまってはもともこもない。さすがに、君を殺してしまえば一生クーナに恨まれそうだ」

「俺も、恋人の父親殺しなんてゴメンだ」


 ゲームの時代のシリルなら、殺すことを躊躇しないが、今はまだいい父親だ。切り捨てるわけにはいかない。……クーナはこの男を愛している。


「このコインが地面につけば戦闘を開始しよう」


 シリルがそういって、握りこぶしを作り親指の上にコインを置く。


「わかった」


 そして、シリルが親指でコインをはじく。

 くるくると回転しながらコインが宙を舞う。

 コインが地面に落ちる。その瞬間俺は走り出していた。


「【魔銀錬成:壱ノ型 槍・貫】」


 相手は丸腰だ。槍の間合いで一方的に攻める。

 そして、突っ込みつつの初撃の槍。

 それがシリルに命中し……


「【魔銀錬成】」


 シリルがぼそりと呟いた瞬間槍が溶ける。

 まて、この術式は俺とまったく同じ? ありえない。さすがにシリルと言えど、初見で真似を出来る術式ではない。


 考えている時間はない。溶けたミスリルを利用されないように魔力で弾き飛ばす。


 俺は舌打ちしつつも勢いは止めない。

 この勢いで突っ込んだ以上、急制動は隙を作る。いまさらあとにはひけない。徒手空拳で攻める。


 決め手は、【魔力発剄】だ。

 【瘴気発剄】とは違い、瘴気を使わず、攻性魔力を叩き込むだけだが、それでも十分すぎる威力がある

 小技でバランスを崩し、【魔力発剄】で止めをさす。

 俺は、【自動近接格闘】という魔術を使用する。

 人間の反射をも超える反応速度で、最適な行動を取らせる格闘用の魔術。

 一度発動すれば、どんな達人をも凌駕する。

 俺の拳が、蹴りが、ヒジが、ありとあらゆる角度から襲いかかる。

 【身体強化・極】と連動させたそれは、同ランクなら絶対に対処できない。

 ランク2の演算力を得て、はじめて使用可能になった戦法。

 これで攻める。


「君の力はそんなものか?」

「ちっ」


 しかし、至近距離からの拳打を、簡単にさばかれていた。

 まるで、俺の次の挙動が読めているようにすら思える。幾度ものフェイントを入れるが、それすらも読まれる。おかしい、【自動近接格闘】の型は変則的で、予測なんてできないはず。

 ならば……。


「【地質変化】」


 新たに魔術を起動する。極小規模の魔術なので、なんとか近接用の二つの魔術と併用できる。


 次の一撃は右拳の振り下ろし。シリルは、今のタイミングでは交わすことはできず、受ける必要がある。

 相手の筋力と体勢を考えると、一歩下がって踏ん張らないといけない。


 その踏ん張る先を、柔らかくした。これだけで相手はバランスを崩すはずだ。

 シリルの口元がにやりと歪んだ気がした。だが、構わない。

 俺の拳が突き刺さり、予想通りシリルが一歩後ろに下がり踏ん張ろうとして、柔らかい地面にバランスを崩す。

 今だ。


「【魔力発剄】!」


 魔力を込めた掌底がシリルの腹にぶち当たる。

 硬い。まるで岩でも殴ったようだ。どれだけ鍛えればこうなるのだろうか?

 だが魔力を送り込み内側から破壊する【魔力発剄】の前に、硬さなど意味をなさない。

 これで終わりだ。


「甘いよ」


 だが、シリルは無事だった。

 自らの脇腹に、やつは掌底を放ったのだ。それは紛れもなく【魔力発剄】。

 俺の放った魔力が、シリルのはなった魔力に打ち消される。なんて強引な回避法。


 あっけにとられた俺は、一瞬だが隙を作ってしまった。

 シリルは倒れこみながらの右足でのハイキックで俺の側頭部を捉える。俺は、無様に吹き飛ぶ。

 二回、三回と転がり、ようやく起き上がった。

 頭がくらくらする。もし、シリルが完全な体勢で放っていたら意識を持っていかれていただろう。


「もう一度聞こう。君の力はそんなものか」


 シリルは薄く笑いながら問いかけてくる。息一つ乱していない。

 俺は立ち上がりながら、考える。

 なぜだ、なぜ……。


「どうして、おまえは、【魔銀錬成】や、【魔力発剄】を使える? なぜ、【自動近接格闘】のパターンを読める!?」


 そう、これらの技は、かつての世界ではシリルにも通用していた。

 だが、今のシリルはそれらを全て知り、実行し、対策をしている。


「君たち……君たちの言葉ではプレイヤーと呼べばいいのかな?」


 その言葉を聞いた瞬間に怖気が走った。


「プレイヤーが使っていた開発環境と、データーベース。神様が言ってなかったか。それらは、とある大魔術師の助言と協力をもって完成したと。もし、それを作ったのが俺だとしたら? そして、そのデーターベースに俺もアクセス出来たとしたら?」


 その言葉で全て納得ができた。

 そんなことができるのは、こいつしかいない。


 そうか、それならわかる。もとよりシリルは全てを知っていたんだ。

 それは絶望だった。シリル自身のポテンシャルで、俺たちの努力で積み上げた、叡智の結晶まで手に入れている。

 正真正銘の化け物。問答無用の最強。それがこの男、シリル。


「君……いや、ソージ。一つ教えてあげよう。誰かが作った魔術なんて、借り物の力で俺は倒せないよ。それにね。君たちが作り上げた魔術だけが欲しいなら、神様は、君をこの世界に呼ぶ必要なんてなかった。もうすでに、このデータベースがあるんだから。データベースにある魔術を公開すればそれでいい。もっとも実行できるほど才能をもった人間は少ないよ。だが、ゼロじゃない」


 俺は笑う。

 あまりにもメチャクチャを言うこの男に。

 そして、よりにもよって借り物だなんて暴言を吐いたこの男に。


「借り物か。たしかに、あんたから見ればそうかもしれない。名前も知らない誰かが作った魔術ちからに俺は頼っているかもしれない」


 データベースにある、数千、数万の魔術。

 この世界の情報。それら全てを俺が作り上げたわけじゃない。


「だがな、それはな。皆で作り上げ、まとめたものだ。あんたみたいな天才と違う、凡人たちがそれぞれの専門分野に特化して、研磨しあって出来たものだ。何が借り物だ。これは、この力は、俺たちみんなで作り上げた俺たちの力だ」


 俺も、数百の魔術を生み出した。それが数万の人間に練磨され、一人ではけっして届かない完成度になった。

 そして、逆に俺も誰かの魔術を研磨しより素晴らしいものにしてきた。

 その過程でいくつもの、アプローチを知った。いくつもの法則が生まれた。それを借りものなんて言わせない。


「ほう、それは悪かった。だが、借り物にしろ、共に作り上げたものにしても、それが君の強みだ。それが通用しない俺にどうやって勝つんだ? これだけの拘束具をしていても、若干演算速度、瞬間放出魔力ともに俺が上だ。同じ魔術を使えば100%俺が勝つ」

「どうやって、勝つかだと? そんなもの……教えてやらない」


 小技じゃだめだ。ちまちまやっていれば、いずれ基礎スペックの差で俺は負ける。

 それならば……。


「シリル、予め宣言する。俺は今から、【粒子加速砲】を使う。自信があるなら逃げるな」

「なるほど、同じ魔術で迎え撃てと挑発しているのか……受けよう」


 俺とシリルは、同じ魔術の構築を始める。

 粒子加速砲とは、魔力で創りだした擬似重金属粒子を光速の10%まで加速して放つ技。

 ランク1では、擬似重金属粒子の生成が不可能であったため実現できなかった技だ。


 お互いの術式が完成したのは同時。

 放たれた擬似重金属粒子同士が衝突する。


 シリルが小さく笑った。

 そう、瞬間放出魔力の量は若干だがシリルのほうが大きい。

 もし、同じ術式同士がぶつかれば確実にシリルが勝つ。 

 だが……。


「そうか」


 シリルが短く嬉しそうに言う。

 俺の魔術がシリルの魔術を押し切り、そして突き抜け、シリルの右腕を吹き飛ばした。

 俺の魔術は、【粒子加速砲】だが、重金属生成の効率をあげ、さらに加速方式に手を加えた言わば改良型。こうなるのが道理だ。


 そして、俺はその結果を確認するまえに走っていた。

 右腕が吹き飛び、バランスを崩したシリルの頬を思いっきり殴りつける。

 クーナを泣かせた、バカ親父を一発、ぶん殴る! 俺はそう決めていたのだ。

 拳がめり込み、シリルが吹き飛ぶ。


「あんたが、俺たちの作りだした全ての魔術を知っているなら、その先へ進むだけだ。……いつも俺たちがやってきたとおりに。一人でも、そのための道標はここにある」


 俺は胸に左手をあてる。

 今まで積み重ねてきたノウハウがある。だからこそ、完成品だけを見たシリルとは違い、次のステップへ俺は進める。


 シリルは起き上がり、加護の光が立ち上る右肩を抑えながら微笑んだ。


「降参しよう。君の勝ちだ」


 そう言うと、シリルは拘束具をはずし。

 あたりに魔力の暴風が吹き荒れ、一瞬でシリルの右腕が治った。


「約束だ。等級が白金さいこうのオリハルコンを送る。そして、いつかクーナを連れてエルシエに来てくれ。来てくれたら、俺の持てる技術を叩きこもう。本当は、この街で教えてやってもいいんだけど、こうでも言わないと、あの子が帰って来てくれない。エルシエには、クーナが居なくなって寂しがっている奴らがいるし、クーナに彼氏が居ると聞けば、みんな君にも会いたがると思うから」


 シリルは朗らかな声で言ってくる。


「ソージ、そうやって、先へ進もうとする君にならクーナを任せられる。あの子を頼んだ」

「任された」

「もし、あの子を泣かすようなことがあれば、今度はハンデなしで本気で潰しにいく。悔しいから負けおしみをいうけどね。俺の本分は風だよ」


 涼やかな風が俺の頬をなでた。

 そして、シリルは消えていく。

 俺は完全にシリルがいなくなったのを確認してから大の字になって倒れる。


「なんだ、あの強さ。ふざけ過ぎだろう」


 さすがは、世界最強。

 普通に戦えば勝てなかった。

 しかも、あいつは俺たちの開発した魔術を全部知っている。

 まったく、とんだ化けものだ。

 あの男が、少なくとも現時点ではクーナを守ろうとしていると知れたのは大きい。

 少しは安心できる。

 だが、いずれ絶対に追い越さないといけない。敵に回る可能性が消えたわけじゃない。そして何より……。


「嫁の父親に勝てないのは男として情けない」


 俺はプライドにかけて、シリルを追い越すと誓った。

 

  

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