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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第一章:地下迷宮への挑戦
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第六話:試験勉強

「じゃあ、勉強をはじめようか。しっかりと家庭教師代をもらったから本気でやるよ。試験の中では数学はクーナなら直感と基礎的な知識でなんとでもなるからカットする。どうしようもないのは歴史と学問としての魔術かな」


 俺は、酒場の紹介で借りた宿でクーナに勉強を教えている。

 彼女は椅子に座り机に手を置いている。

 二人きりなので油断しているのか、キツネ耳と尻尾を惜しげもなく晒していた。

 クーナはかなり高度な教育を受けているので、弱点を補強すればなんとかなる。


「魔術得意ですよ?」

「それは知っている。奴隷商人の馬車で呪符を吹き飛ばしたところを見たよ。火狐だってことを差し置いても、クーナほど綺麗な魔術を使える人を俺は知らない。魔術式に無駄がないし、術式自体の理解も高いからこそのあの完成度の魔術をつかえる」

「ふふん、私はすごいのです」


 ドヤ顔でキツネ耳をピンとたてる。

 きっと、厳しいと言っていた父親が徹底的に叩き込んだのだろう。


「でも、この街で求められるのは、この街で正しいと思われている魔術だ。はっきり言おう、この街の魔術は、稚拙で遅れて……かなり間違っている。でも、この街ではそれが正しい。クーナに間違っているものを丸暗記してもらう。何せ教官が正しい答えを知らないし、訂正しても理解する頭がない。実践ならともかく座学なら確実に×をつけられるよ」

「……なんという理不尽。でも衣・職・住の全部をもらえて、卒業時には貴族になれるなら我慢です」


 不機嫌そうな顔でクーナは不満をもらした。

 その気持ちはわかる。俺だって魔術師の一人として、低いレベルの相手に合せるのは腹立たしい。


「卒業時のランク3は、取れて当然って考えか。面白い話を教えてあげよう。この街では約一万人の迷宮探索者が居る。その内訳だけどだいたい、九千人がランク1、七百人がランク2、三百人ぐらいしかランク3はいない。それも、何十年もやっている連中を含めてこの結果だ。俺たちは卒業までの三年でランク3にならないといけない。三年でランク3までいくのは全体の0.5%以下ってところだな」


 ランク1が全体九割をしめているなか、ランク3というのは恐ろしく遠い。才能に恵まれ、優秀な仲間と運に恵まれて十年というのが普通だ。

 それを三分の一でするのだから、まっとうな方法では不可能だと言える。

 ランク4より先は数えるしかおらず。頂点のランク6は一人だけしかいない。


「なんだ、0.5%も居るんですか。簡単ですよ。200人いれば199人を追い抜けばいいだけです」

「その自信はクーナの長所だよ」


 実際、彼女は天才で、故郷で鍛え上げられた貯金もある。だが、それでも一年ではランク3に届かない。それがランク3の高みだ。

 もっとも、俺が居れば話は別だ。とっておきの裏技がある。


「というわけで、勉強をしようか。三日しかないから、過去問題を用意する。それを全部解けるようになろう」

「過去問?」

「うん、去年実際に試験に出された問題かな」

「そんなすごいものが!!」

「あるよ。俺は全部解けるし、解説もできる。一度全部解いて、間違えたもの、わからないものを絞り込んで俺が教えていく」


 クーナが、すごい、すごいとはしゃいでいる。

 実は過去問というのは嘘だ。実際はかつてプレイヤーたちがデータベースにアップした今年のテストだ。

 数百人があげているが、そのどれもがほぼ同じ内容だった。


 神様の予測がガセでなければおそらく当たるだろう。実際はこれだけやっていれば試験は余裕だが、入学後のこともある。クーナを本気にさせるために本当のことは言わない。


「これを完璧にすればまず、座学では落ちない。試験のシステムはまず座学のテストをやって六割以下の正答率だとその時点で失格だ、生き残れば実技のテスト。座学と実技の成績を総合的にみて合格者を決める。評価は実技のほうが重要視される。だけど、座学の成績も特待生の選出に関わるから手は抜くなよ」

「わかりました。あの、ソージくん。つかぬことを教えてください。もし、試験に合格したけど特待生の枠に入れなかったら?」

「自腹で金を払うしかないかな。入学金だけで五十万バル。半年分の授業料として三十万バル。それから教材費に十万バルに、半年分の寮費と食費で二十四万バル。合計で、114万バル必要だね」


 これでも学校の中ではかなり良心的な価格設定だ。

 国からの支援があるからこその価格だろう。


「百十四万バル!? そんなお金、絶対無理です。絶対に特待生にならないと」


 クーナが拳を握りしめた。


「まあ、クーナならなんとかなると思うよ。お金を借りればいい」

「私みたいな小娘に貸してくれるんですか?」

「うん、二百万までは余裕だね。返済金を延滞したら、奴隷になる……つまり自分を担保にした借金なら、気前よく出してくれるよ」


 恐ろしいまでの美少女の火狐。

 正式なルートで奴隷市場に出せば、どう見積もっても五千万バルはくだらない。

 低金利の借金でも、二百万は余裕で、高金利の借金でいいならその十倍は借りられるだろう。


「自分を担保に借金……でも、返せれば問題ないし、それで入学できなくて一年間免許を待つよりはいいかも……悩みます」


 クーナは借金を真面目に検討している。騎士学校に入ると言うのはそれなりにメリットが大きい。地下迷宮に入ることができれば、十分月々の返済をすることは可能だと言う考えもできる。


「もし、クーナが借金を遅延しそうになったら、俺が立て替えてあげるよ。だから特待生がダメでも安心して借金して入学するといいさ」

「……その優しさが逆に怖い。父様が言っていました。クーナは可愛いから近づく男はみんな、クーナを食べようとする悪い狼だって」

「大丈夫、大丈夫、俺は紳士だから、手を出すのは恋人になったあとか、借金を肩代わりして所有権をもったあとだよ」

「全然、大丈夫じゃない!! ぜったい、ぜったい、特待生で合格しますから! 早く過去問をください」

「わかった。わかった。俺も大金をもらったんだ。ちゃんと仕事をするよ」


 俺は目を閉じ、集中する。

 脳の中に入っている。数十万人のプレイヤーたちが開発した魔術の中から目的に即したものを選択。

 さらに、鞄の中から宿に来る途中で買った木の板を取り出した。


「【凸版作成】」


 あまりにもまんまな魔術名を叫び、魔術を起動。

 脳裏に無数の魔術式がながれ、演算され、世界に干渉し物理現象を上書き。

 俺の産みだした超音波が木肌に叩きつけられ、脳裏にある映像記憶の過去問の文字列、それを浮かび上がるように掘り出していく。


 その作業を進めること、一分。見事な過去問の凸版が出来がった。

 そこにインクを塗り付け、ペタンと紙にスタンプすることで、一瞬にして過去問のテストが完成する。


「はい、クーナ。一通りやり終ったら教えてくれ。俺はあと五枚あるからそれを手掛けるよ」


 俺は次の木を取り出し、さっそく二枚目を準備する。


「すごい、なんて複雑で、工程数が多い魔術、それだけすごい魔術で、やってることが地味。恐ろしい無駄遣い。でも、こんなすごいことができる魔術師、父様以外知らない」


 クーナのほうは、俺の魔術を見て驚愕していた。

 無理もない、俺の魔術はメソッドとオープンソースを使った数万人の共用開発をすることで数百年進んでいる。


 それにそもそも、ホムンクルスの体は魔術を使う際に非常に有利だ。

 記憶した魔術言語の文字列を、一言一句間違えずに一文字づつ頭に浮かべることで魔術は完成する。口で言うのは簡単だが、ハードルが異様に高い、


 日本人ふうに言うなら、単語の意味や読み方を知らない状態でスワヒリ語の歌詞を一曲分、完璧に脳裏に浮かべろと言われているようなものだ。


「さあ、俺のことを気にしている時間はないよ。三日しかないんだからね」


 俺がそう言うなり、クーナは机に向いて過去問を解き始めた。


 ◇


「父様、クーナがんばるから、もっとがんばるから、だから」


 横で眠っているクーナのどこか悲壮な寝言が漏れ聞こえてくる。

 長旅の疲れと勉強の疲れが重なって、俺の横だと言うのに爆睡中だ。

 口では警戒しているといいつつも、この子は優しい環境で育ってきたから、お人よしで危ないところがある。


 ゲーム時代にはじめて会ったとき、彼女は無許可の違法迷宮探索者だった。荒みきった目で、世界のすべてを憎んでいるようですらあった。人の良かった彼女は騙され続け、傷つき歪んでしまったのだろう。


 いろいろとあって、クーナと友達になって、今のクーナのような純粋な少女の一面を見せてくれるようになったのは友達になってから一年もたってからやっと。願わくば、今のクーナ……神様の演算ではない本物のクーナには幸せになって欲しい。いや、俺が幸せにする。


「さて、明日も頑張ろう。少なくとも、騎士学校に入れば、クーナなら幸せな道に進めるさ」


 未だに苦しそうに、父様と呟くクーナの頭を撫でて俺も眠りについた。


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