第六話:娘が欲しければ、俺を倒して見せろ
エルシエの長にして世界最強の魔術師……シリルに連れられて入った店は雰囲気のいい落ち着いた店だった。
とは言っても、完全な高級店ではない。
ぎりぎり、ドレスコードを気にしないでいい程度の店で、中流家庭の人々が月に一度の贅沢で使うような店だ。
これぐらいだと気楽でいい。あまり高級すぎると疲れてしまう。
俺達が席につくと同時にウェイトレスが食前酒をもってやってくる。
シリルは、シェフに任せるとだけ言うと、ウェイトレスが頷いて去って行った。
「シリルさん。強引な誘いだったな。ナンパするなら、女相手にしたほうがいいと思うんだが」
俺がそう言うと、シリルは肩をすくめて苦笑する。
「やめておくよ。これでも俺は愛妻家だ。浮気はしない」
そして、俺の方をまっすぐ見つめた。
「強引に誘ってすまなかった。君とはゆっくり話してみたかったんだ。二人きりでね」
「……何が目的だ」
単刀直入に聞く。
この男は老獪だ。腹の探り合いではおそらく勝てない。
「いきなりだね。まあいいか。まず、俺がここに来た表向きの理由から話そうか」
シリルは食前酒を一口含む。
その酒は、口当たりの柔らかい酒を甘酸っぱい果実のジュースで割ったものだ
。
「俺は、エルシエの代表として、クヴァル・ベステの帯剣式に招待された。……でも、それはついでだよ」
「国の代表としてきたのが、ついでか。御大層な目的があるみたいだ」
「まあね。俺にとっては、何よりも大事なことだ」
シリルは意味ありげな笑みを浮かべる。
そこに、ウェイトレスが前菜をもって現れた。
チーズソースがたっぷりかかったサラダ。
新鮮なサラダに、しっかりと熟成させたチーズ。シンプルな料理だが、素晴らしい素材を活かしたいい料理だ。
「なさけないんだが、家庭の問題だ。娘が家出してね」
俺は眉をひそめる。
どこかで聞いたような話だ。
「よかれと思って娘に縁談を勧めたのだが、娘が怒って家を飛び出してしまった。頭のいい子だけど、世間知らずだし、人が良すぎるから心配だったんだ。知り合いが、王都に来ていると教えてくれたから、無事を確認しようと思ってね」
待て、それはもしかして。
「娘の名前はクーナだ。母親が火狐族でね。俺には似ていないし種族も違うが、可愛い娘だよ」
……クーナが、世界最強の魔術師、唯一のランク6の娘?
もし、それが本当なら。
俺は、気がついたら立ち上がっていた。
「あんたは娘殺しに加担したのか!」
そして、叫ぶ。
周りの目が一気にあつまる。
顔が赤くなる。
やってしまった。”こっちの世界”では、まだ事件は起こっていない。これではただの危ない人だ。
「なんのことかわからないが、ずいぶんと物騒な話をするね」
シリルが小さく笑う。
「……すまなかった。勘違いだ」
俺はそう呟いて、椅子に座る。
ウェイトレスが駆け寄って来る。
「お客様!」
「大丈夫だよ。ちょっと、勘違いがあってね。もう誤解は解けたから」
「……かしこまりました。他のお客様もいらっしゃいますのでお気をつけください」
「ああ、気をつけるよ」
シリルがそう言うと、ウェイトレスが去っていく。
「何を勘違いしたのかわからないが、クーナを殺す? ありえない。俺はクーナを何があっても守るよ。あの子は俺の宝だ。あの子のためなら、神様だって騙して利用する」
「どうだか」
俺は疑いの目で見る。
俺がかつて経験した世界では、この男はクーナを奪おうとする勢力に加担した。
間接的に、クーナを死に追いやったのはこの男だ。だから、その世界で俺は全てを賭けて挑み……負けた。
俺はシリルの功績は認める。その強さには憧れる。だが、嫌いだ。世界のために娘を犠牲にする男を好きにはなれない。
だからだろう。今までクーナの父親がシリルでは? そう想像する度に、そんなことがあるはずないと頭の中で否定していた。
「……信じてもらえなくても無理はないけどね。君は、”経験”したから。それにもう一つ用事があるんだ。今日は娘の無事を確認するのと同時に、ボーイフレンドに会っておきたくね」
シリルはにっこりと笑う。
「会ってどうするつもりだ?」
「そうだね。君に娘を任せておけないと判断したら連れ戻すよ。もっとも、君が娘をどう思っているかってのもあるけど。君にとってクーナはなんだい? 転がり込んだ厄介者? 仲のいい友だち? それとも恋人? 教えてほしい」
答える義理はない。
そう言おうとしたが、まっすぐに俺を貫く眼光を見て、言葉に詰まる。
逃げることはできない。だから、ありのままを伝える。
「今は、友達だ。だけど、俺はクーナを愛してる。誰にも渡さない。何があっても守る。クーナと添い遂げてみせる」
「うん、良い返事だ。あの子は、すごく可愛いし、性格もいい、家事もできる最高の女の子だ。でも、いろいろと訳ありで面倒な子でもある。君はかっこいいし。才能もある。女なんてよりどりみどりだ。なのに、どうして面倒くさいあの子を選ぶんだ?」
確かにシリルのいうことは一理ある。クーナにはさまざまなしがらみがある。
クーナと一緒に居るということは、様々な問題を抱えることになる。
「そんなこと関係ないと思えるぐらいにクーナが好きだからだ」
はじめて、ゲームの世界であったとき、彼女の美しさに惹かれた。
それはただのきっかけだ。一緒に過ごしていくうちに、どんどん好きになって、絆を積み重ねてきた。
そして、この世界で、本当のクーナに出会った。天真爛漫でよく笑う。そんなクーナと共に歩み、もっとクーナのことが好きになったんだ。
「もし俺が無理やりクーナをエルシエに連れ戻すと言ったら、どうする?」
「全力で抵抗する」
「ランク6の俺に、ランク2にすぎない君がか」
「そんなことは関係ない。好きな女が奪われるのを指を咥えて見ている男は死んだほうがいい」
シリルはくすくすと笑う。
「なら、こうしよう」
シリルは乳白色のリングを左右の腕に三つずつ通す。
それは、二年後に実用化される凶悪犯用の拘束具。その製法は極秘で、ごく少数のみがコリーネ王国に保管されている魔術師殺し。
そのリングは、魔力と加護を拡散させてしまうものだ。
力は散り、魔術の行使にも致命的な悪影響がでる。ランク3程度であれば、あれ一つで一般人並みに能力が低下する。
それを6つシリルはつけてみせた。
……まさか、あれを実用化したのがシリルだとは思わなかった。
「君なら見えているだろう。これを着けた俺は加護も魔力も集めるはしから霧散している。そうだね、今の俺は差し詰め、ランク2相当まで能力が落ちている。そして、エルフの強みであるマナを使った精霊魔術も封印しよう」
「それだけ、ハンデを背負って何をしようって言うんだ」
「殴り合いを。……まあ、月並みな言葉で言えば。娘が欲しければ、俺を倒して見せろってことだ」
相手がこの男だと、異常なまでに難易度が高い。
ランク2と同等まで力を制限されても、勝率は五分に届くかどうか。
「いきなり、殴り合いか。普通は、人格から確かめるんじゃないか?」
「そっちはあんまり心配してないかな。あの子が一緒に居て楽しいと思える男なら間違いないだろう。あの子の人を見る目は信用しているんだ。だから、クーナを守れる男か確かめようと思ってね」
「勝手だな」
「父親の特権だ。……一方的に君に迷惑をかけるのもあれだし、おまけをつけようか。君がクーナを任せられる男なら、オリハルコン。それも最高品質の……白金をあげよう。それに、クヴァル・ベステ、紅空。君の仲間のアンネロッタ嬢と、クーナが使っている武器。その製法を教えよう。君は鍛冶もやるんだろう。興味がないかい?」
……こういう場だというのに、一瞬生唾を飲んでしまった。
俺の技術に、クヴァル・ベステ、紅空の技術が合わされば凄まじい物ができる。
「なんで、クヴァル・ベステまで?」
「あれは俺が作った剣だよ。とは言っても、遠い、遠い、昔の俺が作った剣だけどね。クーナを任す男になら、それぐらいは教えたいと思う」
数百年前の剣を? さすがに眉唾だ。しかし、シリルならそれもおかしくないと思ってしまう。
「そんなものがなくても、受けるつもりだ。もし、俺が負けたらどうするつもりだ?」
「どんな負け方をするかだね。クーナをどうするかは勝敗ではなく、内容だ。俺がクーナを任せられると思えば、たとえ、俺が勝っても、君をクーナに託す。俺は君が勝てるとは微塵も思っていない。さすがに、負ければクーナを連れて行くというは酷だ」
なんて、わかりやすい挑発。
だが、面白い。
クーナのバカ親父をぶん殴って、認めさせてやる。
もとより、俺はクーナに泣きそうな顔をさせた父親を殴ると決めていた。
「その勝負、受けよう」
俺は、力強く宣言して立ち上がり、店の外に出ようとする。
「君、何をしようとしているんだい?」
しかし、シリルは新たに運ばれてきた、ポタージュを上品に飲んでいた。
「えっ、だから決闘を」
「せっかくの料理がもったいじゃないか。こんなに美味しいのに。決闘は、食べ終わってからだ。今は料理を楽しもう」
そうしれっとした顔で言ったシリルを見て、ああ、こいつはクーナの父親だと俺は思ってしまった。




