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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:クーナの焔《ほのお》
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第五話:シリル・エルシエ

 クーナが逃げたあと、俺はその場に残り、エルシエからきた、大魔術師シリルの一行を、ひと目見ようと決めた。

 過去に出会ったシリルと、今のシリル。どれほどの違いがあるかを確認しておきたい。

 門のほうから、どんどん歓声がこちらに近づいてくる。

 どうやら、馬車が到着して中央に向かって来ているようだ。

 そして、ついに俺の前に通りがかった。


「さすがだな」


 俺は思わずつぶやく。

 エルシエ一行の馬車は、貴族にありがちな華美なものではない。

 装飾は最小限。だが、機能美に満ちていた。

 車輪には、ゴムタイヤのようなものが巻かれ、足回りは精度の高いシャフトとベアリング、サスペンションまで搭載している。明らかに、この時代ではオーバーテクノロジー。

 よく見ると、馬車を引く馬すら異常だ。異様に太い足、それでいて筋肉質ですらりとした体。いったい、どんな品種改良をし、どんな育て方をすればああなるのか。エルシエは、小国でありながら、魔術水準と共に、工業技術も異常に発達している。


「シリル様! 手を振ってください!」


 俺の後ろから、年頃の娘が黄色い声をあげた。

 すると、馬車の中から一人の男が手を降った。

 四十後半のはずだが、見た目は二十代後半の美しいエルフの青年。見た目は若いが、その顔立ちには、経験に裏打ちされた厳しさと、確かな包容力が両立していた。

 ゲーム時代と変わらない。俺の知る、世界最強の魔術師、シリル。そのものだった。

 シリルは、ただ手を振っているだけなのに、俺の産毛が逆立つ。

 ランク6にもなると、存在するだけで、うちに秘めた圧倒的な力で畏怖を与えるのだ。


 シリルの横に座っている女性が目に入る。

 年頃は俺やクーナと同じぐらいだろう。銀色の髪とキツネ耳をした火狐の少女だ。

 シリルと同じように、自分たちに向かって歓声をあげる王都の民に手を振り返している。

 クーナに負けないぐらいの美少女。もしかしたら、彼女がクーナの言ったユキ姉様かもしれない。

 そして、シリル一行を乗せた馬車は目の前を通り過ぎていった。

 自然と、拳に力が入る。あれが、俺がやがて乗り越えないといけない男だ。


 ◇


 俺は、シリル一行の馬車を見送ったあと、街を一人で散策していた。


「時間もあるし、買い物をしておこうかな」


 なにせ、最近かなりの収入を得た。

 そう、アンネとクラネルの決闘で、俺はアンネに大金を賭けていたのだ。


 王都でも、こういった行事にはギャンブルがつきものだ。俺はアンネの勝ちに一千万バルを賭けていた。

 倍率が四倍で、一気に四千万バルになり、手形をもらっている。


 本来なら、こんな大金を賭けても胴元が渋るのだが、今回は客層が良かったこと。そして、クラネルに賭金が集中しすぎて、賭けが成立しなくなる寸前だったことから胴元は快く賭けさせてくれた。

 胴元に手形を受け取りにいったときには、感謝されたぐらいだ。

 俺に、四千万バルを払っても大黒字らしい。


「クーナに剣を作る約束をしたし、材料を探さないと」


 こんな機会でもなければなかなか王都なんてこない。きっちりとチェックをして、掘り出しものを見つけないといけない。


 クーナの剣の他にも、俺の武器となる金属も購入したい。手持ちのミスリルが限界だ。度重なる酷使で、ミスリルに疲労がたまり、性能が落ち始めた。これ以上酷使し続ければいつかミスリルは砕けてしまう。


 そもそも、ミスリルの強度・魔術適応能力に不足を感じている。ランク2のうちはいい。だが、ランク3同士の戦いになれば、ただのミスリルではついていけない。実際俺は、【紋章外装】を使った際には、ティラノと素手で戦う必要があった。


 もし、手元にあったのがオリハルコンや、アダマンタイトならと思う。

 オリハルコンは魔術適応、物質強度ともにミスリルの上位互換だ。アダマンタイトは魔術適応は若干ミスリルに劣るが、物質強度はオリハルコンにも勝る。


 このあたりは、特定の金属が数千年もの間、マナに触れて変質したものなので、地下迷宮では手に入らず、古い地層から掘り出すしか無いので、市場に出回るのを待つしか無いのだ。


 俺は、商業地区に入りいろいろと物色する。

 武器屋や防具屋。貴金属屋。かたっぱしからのぞくがなかなかいいものが見つからない。


 オリハルコンやアダマンタイトは超希少金属。めったに出まわらないから仕方がないとい言えば、仕方がないのだが……

 最低限、疲労が溜まってないミスリルぐらいは欲しいものだ。


 ◇


「完全に無駄骨か」


 街中の店を回ったが収穫はゼロ。

 素材を買えなくても、良質な素材を使った武器や防具があれば鋳潰して、素材を確保するつもりだったが、それすらもない。

 俺のミスリルはだましだまし使って、延命するにしても、クーナの剣をどうしたものか……。

 

「おっと、すみません」


 男の声が聞こえたかと思うと、肩に軽い衝撃が響く。

 誰かがぶつかった。

 考え事をしていたせいで注意力が落ちていたようだ。

 その誰かは、尻もちをついている。

 目深に帽子を被っているせいで顔はよく見えない。


「こちらこそ、不注意でした。大丈夫ですか」


 俺は手を差し伸べる。

 その手を男が握り立ち上がる。相手が手を握った瞬間、俺のではない魔力が体を駆け巡った。

 それは、解析魔術によく似ていた。

 俺がアンネに最適な体の動かし方を調べるためにしたような……


「いったい、なんのつもりだ!」


 俺は、手を振りほどき、後ろに跳んでから、戦闘態勢を整える。

 いきなり、相手の情報を入手しようとする奴が、まともなはずがない。

 そして、相手を注視して全身が震え始める。

 なんだ、この魔術強度、加護の強さ。


 俺と強さの次元が、十は違う。

 この理不尽で圧倒的な力は……


「これは失礼。ずいぶんと、綺麗に魔力を循環させていたからね、詳しく知りたくなったんだ。他意はないよ」


 その男はにっこりと笑う。

 そして、帽子をとった。その下にあるのは非人道的なまでに端正な顔だった。

 それでいて、薄ら寒さを感じさせる凄みがある。

 エルフ耳に、世界で一人しか居ないエルフの上位種である【ハイ・エルフ】の特徴たる【翡翠眼】をもつエルフ。もはや、生きる伝説とかした最強《ランク6》。

 その名は……。


「シリル」

「俺のことを知っているんだ。はじめましてでいいのかな? 一応、名乗っておこう。俺はシリル。よろしく」


 そして、握手を求めて手を伸ばしてくる。

 俺は、震えを根性で抑えこみ、そしてこわばった手のまま握手をした。

 今の俺では、どうあがいても勝てない。あふれる敵意を押さえ、必死に平静を装う。


「それでだ。こんなところで、”偶然”出会えたんだ。せっかくだし、いっぱいどうだい」

「……まだ、明るい。酒を飲むにははやい時間だ」

「昼から飲むから楽しいんだよ」

「なんで、はじめて会った俺なんかと? あなたは忙しい立場のはずだ」

「俺も最近は、子どもたちに色々任せて割りと、暇なんだ。だから、こうやって退屈な仕事は、任せて抜けだした。それにさ、この歳になると若いやつと一緒に飲みたくなるんだよ」


 あまりにも突然の申し出に戸惑う。

 絶対に何か裏がある。エルシエの長であり、多忙なシリルがわざわざ一介の市民のために時間を割くなんて信じられない。


「手持ちがないなら、心配しなくてもいいよ。俺がおごるから。さあ行こう。アスールがおすすめしてくれた店があるんだよ。まず、間違いないだろう」


 俺の肩に手を回して、シリルは歩き出す。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ。俺にだって用事がある」

「君の用事なら大丈夫だよ。俺に付き合ってくれたら、君が探しているオリハルコンを手配してやってもいい」

「なぜ、それを」

「少しあとをつけていたんだ。だいたい視線を追えば考えいてることはわかるさ。ほら、行こうか。息子よ」

「誰が、息子だ!」


 そうして強引に、俺はかつての宿敵であり、超えるべき壁である男に酒屋へ連れて行かされた。


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