第四話:火狐の尻尾を隠すには
俺はクーナと共に王都を散策していた。
今日はアンネが居ないので二人きりだ。
アンネは、帯剣式の準備で忙しく、外に出る余裕がない。
アンネが着替えを取りに戻ってきたときに、少し話すことができた。彼女は疲ていたが、充実して楽しそうだった。
俺は、アンネに楽しそうにしている理由を問いかけた。
表でも裏でもアンネのことを悪く言う人間は多いし、帯剣式をすること自体の負担も大きい。嫌がっても不思議ではないと思っていたからだ。
だが、アンネは、どんな形であろうと正式な場で大々的に、オークレールである自分がクヴァル・ベステの後継者であることをアピール出来る場は嬉しい。そのためなら、どんなことでも耐えられるし、努力でもすると言って笑った。
それなら、俺はアンネを全力で応援してやりたい。
「ソージくん、さすが王都ですね。もぐもぐ、あっちこっちに美味しいものが、ああ、凍らせた果物が串に刺さってる! あの赤い果物、見たことないですよ! 買わねば!」
クーナは、さきほど屋台で買ったスパイシーな羊肉の串焼きにかぶりつきながら、新たな屋台に走っていった。
この調子でいろいろな屋台で買い食いを楽しんでいる。
ほくほく顔で、氷菓をぺろぺろと舐めながらクーナが戻ってくる。
両手に氷菓を持っている。どうやら羊肉の串焼きは食べ終えたようだ。
「クーナ、そんなにがっつかなくてもいいのに。屋台よりも宿で出される料理のほうがいいものが出てるだろう」
「あの宿は偉い人を迎え入れるための宿なんで、サービスもいいし、料理も美味しいんですけど、上品すぎて合わないんですよね。私はこういうほうが性に合っています」
クーナはほんとうに美味しそうに氷菓を食べ始める。
今は、帽子でキツネ耳を隠しているが、キツネ耳が見えていればぴょこぴょこと動いていただろう。
美味しそうに氷菓を食べるクーナに見惚れていると、クーナがまだ食べていない方の氷菓の串を差し出してきた。
「ソージくんは仕方ないですね」
「これは?」
「物欲しそうに見ていたじゃないですか。あげます。甘くて冷たくて美味しいです。特別ですからね」
どうやら、俺の視線の意味を勘違いしたらしい。
俺が食べたいのは氷菓じゃなくて、クーナなのに。
だが、それを言うのは野暮だ。
「ありがとう。いただくよ」
「美味しいですよね。これ」
「ああ、うまいな」
クーナにもらった氷菓は、確かに美味しかった。
また、機会があれば食べたいと思うぐらいに。
お互い、味わいながら氷菓を食べる。
食べ終わったころ、俺は前から気になっていたことをクーナに質問することにした。
「ねえ、クーナ。前から不思議だったんだが、帽子でキツネ耳を隠せるのは分かる。だけど、スカートの下にどうやって尻尾を隠しているんだ? ボリューム的に無理だろ」
王都に入ってからクーナは火狐であることを隠すために耳と尻尾を見せないようにしている。しかし、クーナの見事なもふもふ尻尾がスカートの下に収まるとは思えないのだ。
「そんなこと気になるんですか?」
「うん、わりと」
「えっと、それは……口で説明するのは難しいですね。見たほうが早いです。ちょっと、こっちに来てください」
クーナが、俺の腕を引っ張って路地裏のほうに入っていく。
周囲に誰もいないことを確認してからクーナは足を止めた。
そして、スカートの下から尻尾が顔を出す。
いつもの毛並みがよくボリュームたっぷりのモフモフ尻尾だ。金色と先端の白のコントラストが美しい。
「私たち火狐の尻尾ってすごく太く見えるんですが、毛がたっぷりの空気を含んで膨らんでいるだけで、じつはそんなに太くないんです」
クーナが俺にわかりやすいように、スカートをたくし上げておしりを向けて尻尾を見せる。
白くて可愛らしい下着が丸見えだ。尻尾を出す関係上、ローライズ気味にパンツを履いている。
俺は、ごくりと生唾を飲む。
「だから、こうやって力を入れると、空気が抜けて毛がぺちゃんこになって、細くなります」
クーナの言うとおり、毛がぺたんとして尻尾が細くなる。
俺はそんなものより、クーナのパンツに夢中だ。サイズが少し小さいのか肌に張り付いていて、クーナの形のいいお尻の輪郭がはっきりと分かる。
「あとは、細くなった尻尾をくるりと腰に巻いて、ほら、綺麗にスカートの中に隠れるんです! すごいでしょ!」
クーナは言葉の通り細くなった尻尾を腰にまいて、スカートをたくし上げたまま、振り向く。お尻はお尻で楽しめたが、前から見るのもいいものだ。食い込みが素晴らしい。
「ああ、すごい、ほんと、すごい、クーナ、すごい」
俺は、せっかくクーナが快く見せてくれるのでしっかりと目に焼き付ける。
鍼治療のときに裸を見ているが、こうやって街の中でスカートをたくし上げるというのは、また違った趣がある。
「以上で実演は終了です。ソージくん、そんなにじっくり見て。本当に尻尾が好きなんですね。まあ、無理もないです。なにせ、私の尻尾はエルシエ一の尻尾美人の母様に瓜二つな尻尾ですからね。夢中になるのも納得です」
クーナがドヤ顔で、鼻を鳴らす。
相変わらずスカートをたくし上げてパンツを見せたまま。
「うん、いい尻尾だ。そして、ナイスパンツ」
「えっ? パンツ」
クーナが、まさかという顔を浮かべる。
「クーナがこんなにも大胆にパンツを見せてくれるとは思ってなかったよ」
「パンツなんて見せるわけないですよ! ちゃんとスパッツ穿いてます。今日だって、動きやすいように、騎士学校の制服で支給されたスパッツをちゃんと、穿いて」
クーナは油を差してない機械のような、ぎこちなさで自分がたくし上げたスカートの下を覗き込む。
そこにあったのは、いつもの騎士学校の制服の下に履いているスパッツではなく、まごうことなきパンツ。
「きゃっ!」
クーナの顔が一気に真っ赤になる。
そして、その場でペタンと女の子座りになってスカートの裾を押さえる。
涙目になりながら、上目遣いで俺を恨めしげに見ている。
「うううう、うううう、うううぅ」
そして、唸る。
本気で恥ずかしそうだ。
勝手に自爆したので、俺を怒るに怒れなくて、ああやって唸っているんだろう。
「まあ、なんだ。どんまい。クーナはちょっと、おちょこちょいなところがあるから、次から気をつけるといいよ」
俺がそうやって、慰めると。クーナは涙目のまま口を開いた。
「ソージくんの……ばかぁ!」
そうやって、恥ずかしさのせいか小さな声で怒るクーナだが、どうしようもなく怖さよりも可愛さが勝った。
◇
しばらく、休憩してクーナが立ち直ったので大通りに戻る。
クーナは、いつもより半歩ほど距離をとっている。
「ソージくんのエッチ。気付いてるなら、なんで言ってくれなかったんですか!」
「てっきり、わかっていて見せつけているのかなって」
「ソージくんの中の私は、いったいどれだけ、はしたない女の子なんですか!?」
「……冗談だよ。滅多に見れないからこそ、クーナが気がつくまで楽しもうかと思ってね」
「なんの悪びれもなく言い切った!? これだから、ソージくんは、ソージくんは、ソージくんは、ぐぬぬぬ」
クーナはかなり身持ちが固い。それだけにショックだったのだろう。
まあ、本気で怒ってはいないということは、俺にならある程度は見せていいと考えてくれているのかもしれない。
クーナの機嫌をどうとろうかと、考えながら大通りを歩いていると、とある異変に気がついた。
「向こうのほうがちょっと騒がしいな」
大通りに居る人々が騒がしい。特に、街の外へと続く門のほうへいけばいくほど、その傾向が強くなる。
すると、自警団があらわれ人々を道の端によせ、ロープで道の中央に入れないようにした。
「いったいなにが始まるんだろう」
「さあ、私も王都に来たのは初めてなのでわかりません」
俺とクーナはぽかんと口を開けて、様子を見ていた。
すると、気のいいおばちゃんが俺たちに話しかけてきた。
「おや、あんたら聞いてないのかい? 今日はエルシエから、大魔導師シリル様一行が来てくださるんだよ! いまからこの大通りを馬車で通るから、そのための準備さ。あのシリル様だ! みんな、一目見たくてこうして集まってるんだよ」
なるほど、シリルが来るとなればこの騒ぎも納得だ。
この世界の救世主にして、地下迷宮の生みの親。
魔術、科学、そのどちらも精通した天才。そして、ゲーム時代はランク6になった俺でも勝てなかった世界最強の魔術師でもある。
ふと横目にクーナがを見ると、汗を流して、ガタガタと震えていた。
そうか、シリルと共に、クーナの父親やユキ姉様とやらが来るのかもしれない。
「ソージくん、私は用事を思い出しました。というわけで先に宿に戻りますね」
「昨日、君の父さんや、ユキ姉様っていう人と、ちゃんと向かい合ってエリンに居るって話そうって言ったよね」
「父様やユキ姉様と戦う覚悟はあるんですよ? でも、それはそれとして、できれば会わないにこしたことはないなーって思ったり。というわけで、また後で!」
そう言ってクーナが全速力で走って消えていく。こんなに速く走るクーナは初めて気がする。
そして、あたりから歓声が響き渡った。
どうやら、大魔導師シリル様ご一行の馬車が王都にたどり着いたようだ。




