第一話:王城への誘い
アンネとクラネルのクヴァル・ベステを賭けた決闘は、アンネの勝利で無事終わった。
だが、俺たちはまだ王都に居る。どうやら、帯剣式が予定されているらしく、それが終わるまではアンネは王都を出れないのだ。
アンネを置いて帰るわけにもいかないので、三人でもうしばらく残ることにした。
その打ち合わせということで、イベントの管理を任されている男に大使館に呼び出され、それなりに豪華な会議室に来ていた。
「それでは、アンネロッタ様、ソージ様、クーナ様。全員が揃われたことですし、三日後の帯剣式についての打ち合わせを行わせていただきます。本件について私、ネリネラが責任者です。全てのことに関しての窓口になりますので、なんなりとお申し付けください」
線の細い文官のように見える。しかし、どこか戦場の匂いがした。従軍経験者だろうか?
そして、俺は少しだけ驚いた。こんなことを任せられるぐらいだから、かなりの権力者のはずなのに、平民である俺たちを侮る気配がまったくない。
「よろしくおねがいします。いきなりだが、聞かせていただきたい。かなり盛大な帯剣式と聞いたが、なぜ、アンネの帯剣式なのにここまでしてくださるのでしょうか?」
街は帯剣式の話で持ちきりだ。
祭りでもするかのように商人たちは屋台の準備をはじめたり、品物を大量に仕入れたり、クヴァル・ベステにちなんだ商品開発まで行っている。
さらに、宿にはさまざまな国から客が訪れていた。
「実をいいますと、帯剣式自体は、フェイラーテ公爵が金と権力に物を言わせて一月前から盛大な規模のものを準備されていたのです。国内はもとより、国外の有力者にまで声をかけられております。もはや、勝者が変わったぐらいでは取りやめはできません。……それに国としてはこういった行事は経済の活性につながります。せっかく、公爵様が私財を投じて準備してくださったのです。最後までやり遂げたいと思って当然ではありませんか」
「なるほど、道理です。だが、罪人の娘と思われているアンネを、正規の場で讃えてしまっていいのか?」
俺は、ネリネラに問いかける。
すると、ネリネラは薄く笑う。
「かまいません。アンネロッタ様の父上は、最低最悪の罪人だと思われております。ですが、父上は父上、アンネロッタ様はアンネロッタ様でございます。お父上の罪は、処刑され、家を取り潰されたことで拭われました。これ以上のことを、コリーネ王国として求めるつもりはありません。実力でクヴァル・ベステを掴みとったのなら讃えられるべきです。もとより我らが王は酔狂で有名です。また、才能のある若者を見つけて浮かれているということで納得できるでしょう」
一見筋が通っているように見える。
だが、おかしい。それなら、アンネを保護する貴族の一人や二人現れていないとおかしい。今まで見てきた徹底的にアンネを嫌悪する人間の態度。それを見て、今の言葉を信じる気持ちにはなれなかった。
だが、裏での手回しも進んでいるのは感じている。
クラネルとアンネの決闘を、アンネにいい感情をもつように書かれた新聞が街中に出回っている。
技術力が高く、印刷方法の確立と紙の安価な大量生産ができるコリーネ王国ならではだ。
「私の言葉を疑うのはごもっともです。ですが、裏はありませんよ。アンネロッタ様が、クラネル・フェイラーテ様に勝ち、観客に鮮烈なイメージを民と貴族たちに与えたからこそできるのです。もし、何も力を示さずに、帯剣式を行えば、それこそ暴動が起きたでしょうね」
そう言ってネリネラは苦笑した。
この男個人として見れば、かなりアンネよりの考えをしているように見える。そして、この男は最低最悪の罪人だと”思われている”という表現をした。おそらく、真相を知っている側の人間だろう。だから、本件の担当者に選ばれたのかもしれない。
「アンネロッタ様、一つだけ忠告をさせていただいてよろしいでしょうか?」
「ええ、いいわ」
「今回、帯剣の儀式の際には、アンネロッタ様に注目が集まります。間違ってもその際に父上の無実を叫ぼうなんて思わないでください。この場でやったところでなんの意味もない。それどころかあなたに待つのは破滅です。本気で父上の無実を証明したいなら、この場はこらえ、いずれしかるべき場で。それがあなたの戦いです」
「……ご忠告感謝するわ」
アンネが目を逸らしながら返事をする。
もしかしたら、忠告されたことを考えていたのかもしれない。
「帯剣の儀式には協力するし、騒ぎも起こさないことを約束するわ。でも、懸念があるの」
アンネが真面目な顔をして口を開く。
心なしか言いにくそうにしている。
「それはなんでしょうか?」
「帯剣式に着ていく服がないわ」
真顔でアンネがそう言った。
その瞬間、あたりを沈黙が包む。
考えてみれば当然か。没落したアンネに帯剣の儀式に行けるような服があるはずがない。
陛下をはじめ、多数の有力者が集まる場だ。そんなところに普段着や、騎士学校の制服で出るわけにもいかないだろう。
「ぷっ、あははは、なんだ。そんなことですか。心配はいりません。2日で作り上げますよ。この打ち合わせが終われば、この国で一番の仕立屋に最高の材料を使わせて作らせます」
「2日で最高の服? できるのか?」
なにせ、この世界にはミシンすらない。こんな大イベントで着るような服、普通なら一月単位の時間が必要だ。
「なに、職人には、すべての仕事を後回しにさせ、不眠不休でで製作していただきます。……それでもきついでしょうが、それができるからこの国一番の仕立屋なんです」
意地の悪い顔でネリネラは言う。
「頑張るのは仕立屋の職人だけではありません。アンネロッタ様。貴方様にも頑張って頂きます。型紙を作っている余裕がないので、2日まるまる付き合っていただきます。さらに、帯剣の儀式の作法を叩き込みます。というわけで、アンネロッタ様を帯剣の儀式までお借りしたいのですがよろしいでしょうか?」
アンネが俺の方を見てきた。
「アンネの好きなようにすればいいさ」
「うん、ならソージ。帯剣の儀式までお別れね」
「がんばれよ」
俺とアンネは眼でお互いにエールを送った。
そんな中、ネリネラが口を開いた。
「あの、クーナ様。どこかでお会いしたことはなかったでしょうか?」
クーナの帽子がぴくりと動いた。帽子の下でキツネ耳が立ったのだろう。
クーナは、王都に入ってからキツネ耳とキツネ尻尾を隠している。
「いっ、いえ、そんな、あったことなんて、ないですよ。私はただのしがない美少女です」
「そうですか、どこかで見た気がするんですよね。まあいいです。それでは、時間もないことですしはじめましょう。アンネロッタ様、こちらに」
そしてアンネがネリネラに連れ去られていった。
「じゃあ、俺たちも行こうか」
「はい、ソージくん」
ここに居ても仕方ないので部屋を出る。
すると、そこには、なぜか男性用の執事服を着た女性が居た。短い髪で、すらっとしてかっこいい女性だ。年の頃は二十代ぐらい。
「あなたが、ソージ様ですね。陛下の密命であなたを迎えにきました。この金印が陛下の代行である証です」
きりっとした顔の女性は胸元から金印を取り出す。一目見た限りでは、本物のように見える。
だが、それよりも……
「一つ言わせてもらっていいか」
「はい、なんなりと」
この男装の麗人は、にくらしいほどキメ顔だ。
「密命なのはいいんだが、なんで連れがいる前で密命だと告げる?」
「ひゃひぃ!? なっ、なっ、ああ、やっちゃった。またお嬢様に怒られる。これ以上減給されると、エルシエワインが買えなくなるよぅ」
そして、かっこいい男装の麗人。あらため、残念な美人さんは頭は抱えて、ううぅ、唸っている。
「いったいこんなところで、なにやっているんですか。じい」
クーナが俺の後ろからひょこりと頭をだし、問いかける。
「あっれえ、お連れさんが、クーナちゃん!? なんでこんなところに。ちっ、これで口止めも出来なくなった。クーナちゃんをアレしたら、間違いなく、あの親ばかにアレされる。ぐぬぬぬぬ」
「じい。本人の前でそんな物騒な話をしないでください。大丈夫ですよ。私は何も見なかったし、聞かなかった。そういうことにしますから、さっさとソージくんを連れて行ってください」
「本当? 本当にお嬢様に告げ口しない」
「はい、アスールさんにはいいません」
「クーナちゃん、ありがとう!」
男装の麗人がクーナに抱きつき、クーナが呆れ顔でつぶやく。
うっかりもののクーナを超えるうっかりさんに付いて行っていいものかと俺は思案する。
「大丈夫ですよ。ソージくん。その人の身元は私が保証します。だから行ってください。そもそも、その人が来ているってことは、最悪無理矢理でも拉致るつもりだし、この人が本気を出したら、どうしようもないです。素直についていくしかありません」
「知り合いなのか」
「はい、残念なことに」
「あっ、残念なんてひどぅい。このファザコン! 一二歳までお父さんとお風呂入ってたことばらしちゃいますよ。それとも、一三歳の頃、父様と結婚するからってエルシエで一番のモテ男を振った話がいいですか? 他にも、週に一回お父さんが泊まりにくるときに必ずお父さんのベッドに忍びこむクセとか、一度こっそり忍び込んだせいで気付かれずに両親がやりはじめて、トラウマに。ぷっ、くすくす」
「ソージくん、ぜっ、全部嘘ですからね。ぜんぜん、私ファザコンとかじゃないですから。あと、ちょっと、このゴミを焼かないと」
クーナが顔をぷるぷる震えわせながら、火のマナを集めはじめる。
俺は、クーナの頭をぽこんと軽く叩いた。
「痛っ」
「落ち着け、……あれであの人は悪気がないんだろう」
「はい、信じらないことに、そんな人です」
「なら、諦めろ。それに、別に隠すようなことじゃないさ」
「ですよね! これぐらい普通ですよね!」
「ああ、もちろん」
俺は、安堵し笑顔を浮かべるクーナに微笑みかける。
ここで、ありえないほどのファザコンなんて言ったら、クーナは3日ぐらい口を聞いてくれなくなるだろう。
「それじゃ、俺も行ってくるよ」
俺はクーナに手を振る。
「気をつけてくださいね」
「うん、気をつけるよ。クーナ一人にさせてごめん。帰ってきたら、一緒に寝ようか。エルシエを出て以来、お父さんと一緒に眠れなくて寂しいだろうから俺がクーナの寂しさを埋めてあげるよ」
俺がそう言うと、クーナがにっこり笑う。
「帰ってきたら、ソージくんから焼きます♪」
そして物騒なことをのたまった。
「じゃあ、陛下のところに案内しますよ。まったく陛下もお嬢様も人使いが荒いんだから」
そして、クーナにじいと呼ばれていた女性は何かを思い出したように振り返った。
「そういえば、クーナちゃん。エルシエに帯剣の儀式の招待状を出したんだけど、お父さん来るみたいだよ。やったね! 他にも、ユキナちゃんとか」
「えっ!? 父様と、ユキ姉様!?」
クーナが顔を青ざめる。そして、器用にスカートに隠していた尻尾がぽろりとはみ出た。
たまに思うが、どうやってあのボリュームの尻尾をスカートに隠しているのだろうか。
「ユキ姉様って誰だ?」
「私の姪です。でも、私よりも年上なので姉様と呼んでます……ソージくん。帰ってきて私が居なくても捜さないでくださいね。王都に居なくてもしらっとした顔で封印都市には戻っていますから」
クーナは恐ろしく物騒なことを言う。
「頼むから、一人で消えないでくれ。何があっても今日中には戻るから、本気で父親が来る前に逃げたいなら、どうするか相談しよう。絶対に早まるなよ」
それだけ言って俺はクーナと別れた。
まったく、暴走しないといいが……
そんな懸念をしながら、俺はじいとやらに連れられて行った。
 




