エピローグ:アンネロッタ・オークレール
罵声の響く決闘場の中央でアンネとクラネルが向かい合っていた。
俺は風のマナと意識をリンクさせて音を拾っている。
人間の相性値なら風のマナとのリンクはひどく困難だが、なんとか力技で実行している。
「決着をつけましょう。クラネル。どちらがクヴァル・ベステにふさわしいか」
「その前に、謝罪をさせてくれ。……地下迷宮のことは悪かった。僕はあそこまでするつもりはなかったんだ」
驚いたことに言葉だけとはいえ、クラネルは謝罪をした。
アンネを殺しかねない暴動はクラネルにとっても不本意なものだったようだ。
「そんなこと、今はどうでもいいわ。私はただ、クヴァル・ベステの担い手として認められるためにここにいる。それだけよ」
その言葉の通り、アンネは飄々とした表情を浮かべている。
「アンネロッタ、君には負い目がある。だが、負けるわけにはいかない。今日は全力で行かせてもらう」
クラネルは剣を構えた。
細やかな装飾が散りばめられたいかにもクラネルが好みそうな剣。
その構えには一片の乱れもない。どうやら、怪我が治ってからの短期間で慣らしたようだ。それを可能にするために想像を絶する努力があったのは間違いない
「ええ、本気で来て。……私は、その本気を上回ってみせる。オークレールとして私が積み上げてきた鍛錬とプライド、ソージがくれた新しい剣、そして」
アンネが覚悟と共にクヴァル・ベステを引き抜く。
そして、半身になる独特の構えをとった。
「クヴァル・ベステ。私の半身の力で」
アンネがクヴァル・ベステに声をかけた瞬間、刀身に血管のような紅い光の筋が幾重にも走る。
会場にいる全員が度肝を抜かれた。
それは、代々のオークレールの当主たちが披露してきたクヴァル・ベステが主を認め、力を解放した証。
王都の長い歴史の中でも、十六歳という若さで、クヴァル・ベステに認められたものなど一人も居ないのだ。
誰もがアンネがクヴァル・ベステを使いこなしていると思っている。
しかし、それは間違いだ。今まで誰一人として、真の力を見せたものがいないから、これがクヴァル・ベステの全力だと思い込んでいるにすぎない。
これはまだ、クヴァル・ベステの第一段階にすぎない。クヴァル・ベステの真価はもっと先にある。アンネならいずれそこまでたどり着くだろう。
「さあ、はじめましょう。クラネル・フェイラーテ。誰がクヴァル・ベステにふさわしいかはっきりさせるわ。今、ここで!」
「それは僕のセリフだ。アンネロッタ・オークレール。フェイラーテの悲願ここで果たさせてもらう。そして、僕は……いや、やめようここでは無粋だ」
二人の緊張感が高まる。
さっきまで罵声を浴びせていた観客たちは黙りこんでいた。アンネとクラネルの空気がそうさせたのだ。
審判の男が口を開く。
「これより、クラネル・フェイラーテ、アンネロッタ・オークレールによる、クヴァル・ベステの担い手を賭けた決闘を執り行う! ……始め!」
そして戦いの火蓋が切られた。
◇
先手をとったのはクラネル。ランク2上位の身体能力をもって、アンネの側面に回り込み、上段からの振り下ろしで攻める。
もし、以前のアンネなら反応すらできずに切り伏せられただろう。
だが、アンネは成長している。魔力を周囲に溶け込ませ、目だけではなく体全体で相手の動きを感じ取っているのだ。
今のアンネなら冷静にクラネルの動きに合わせて、最適な行動を取ることができる。
「はっ!」
クラネルが剣を振り下ろす動作を感じ取ったアンネは、素早くクラネルとの距離を詰めながら、剣を振るう。それは、クラネルには近すぎ、アンネには最適な間合い。クラネルの振り下ろしが鈍り、受けと攻めが逆転し、アンネの剣をクラネルが受ける形になる。
男と女の筋力差、ランクの差もあり簡単に押し返される。だが、アンネは力の流す方向を誘導する。……それは俺がクラネルとの戦いで見せた動きだ。
アンネは俺の教えを吸収している。
クラネルに僅かな隙が出来た。その隙を見逃すアンネではない。
クラネルが体勢を立て直すより、アンネの剣がクラネルを捉えるほうが早い。速度優先で軽く振るわれた剣がクラネルの上腕を撫でる。
その、瞬間クヴァル・ベステの【暴食】が発動し、クラネルの加護を喰らうことで、ランク差があるにも関わらず肌を簡単に切り裂いてしまう。
クラネルは苦痛に顔を歪めながら横薙ぎの剣をふるおうとする。その瞬間、アンネはさらに間合いを詰め、内側に入り込む。アンネですらまともに剣を振るえない距離、ほぼ密着状態になった。
その体勢からアンネが放つのは、剣をほとんど垂直になるほどに角度を付けた下からの変速突き。あれは俺にもできない。体の柔らかいアンネだからできる芸当だ。
剣は、クラネルの腹を浅く切りいた。
クラネルはたまりかねて距離を取る。息が粗い。
そんなクラネルに対してアンネは静かに構えをとりなおし、隙なく睨みつけていた。
「……アンネ、綺麗だ」
俺は思わずつぶやいた。
戦いは続いている。剣と剣がぶつかり、甲高い音が響きわたる。
アンネの剣は柔らかい。彼女の柔軟な関節稼動域を活かしての、ありとあらゆる角度、間合いからの一撃。無理に受けようとせずに、柔軟に受け流す。
そして、ときには全身の力を込めた全力の豪剣を振るう。積み重ねた基礎によって、振るわれる豪剣があるからこそ、変則的な動きが活きる。
変則と正道。剛と柔が入り混じった彼女だけの剣。
剣を振るっているのに、どこか舞のような美しさがあった。
そんなアンネを紅色の軌跡を描くクヴァル・ベステが照らす。
あれだけ、罵声を浴びせていた観客たちも黙る。
アンネに見とれている。
ここに居る観客たちは、剣闘を見慣れ目が肥えている。だからこそ、アンネの剣の美しさがわかるのだ。
誰もが、この美しい戦いを永遠に見たいと思っていた。だが、いずれ終わりが来る。試合がはじまって十分程度過ぎた。
二人の動きが止まる。傷だらけのクラネルの喉元にアンネの剣先が突き立てられていた。チェックメイト。
「降参だ。僕の負けだよ。強く、綺麗になった。ここまで力の差を見せつけられると諦めもつく」
そして、クラネルは剣を腰の鞘にしまい両手をあげた。
審判が駆け寄ってくる。
「しょっ、勝者。アンネロッタ・オークレール」
そして震える声で、審判が告げた。
観客たちは、あっけにとられ、そして、言葉をなくす。見事な剣を見せ、勝利したアンネを讃えたい。だが、罪人の娘を讃えるわけにはいかない。
そんな中、王が、大きく、大きく拍手をする。
それを見た貴賓席の貴族たちが拍手をすると、それは一般席にまで広がっていった。
あとは、一瞬だった。
試合がはじまる前に満ちていた罵声ではなく、アンネを讃える言葉、会場に満ちていた。それは、アンネロッタが正式にクヴァル・ベステの担い手として認められた瞬間だった。
……おめでとうアンネ。
俺は心なかで総つぶやき、精一杯の拍手を送る。
帰って来たら思いっきり抱きしめようと俺は心に決めていた。
これで二章完結です。
次回から新章に入ります!
これからもチート魔術をよろしくお願いします




