表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第二章:魔剣の担い手
61/177

第二十九話:ファーストキス

 地上に戻ってからすぐにユウリ先輩の部屋に向かった。

 彼女を問いただすためだ。しかし、部屋はもぬけの殻だった。

 寮母に話を聞くと、休学届を出しており一ヶ月の間戻ってこないらしい。

 彼女の考えていることはわからない。イノシシの化物も、ティラノのことも、彼女が黒幕だったと疑っている。だが……純粋な悪意であれば間違っても救助を呼んでくれなかっただろう。それどころか、適度な試練を与えて、俺たちを強くしようとしているのではないかとすら思える。

 

 そして、十日が経過し、いよいよ運命の日、アンネとクラネルの決闘の日が来ていた。

 アンネの魔力回路は完全に復調し、ティラノの魔石を用いて【格】もランク2の中位までひきあげた。不安要素は存在しない。

 三日前から俺たちは王都に来ており、きっちりと賓客として扱われている。


 おそらく、あの王の配慮だろう。

 そして、今日は決闘場に来ている。

 豪華な貴賓席が用意されているほかは、封印都市エリンのコロシアムと対して変わらない。

 ここでは、年に一回の最高の騎士を決める武術大会や、奴隷同士を戦わせての賭け試合等、さまざまな戦いが行われている。


「行ってくるわね。ソージ、クーナ」


 待合室で、装備を整えたアンネが笑顔を浮かべた。

 緊張も興奮もしていない。静かに集中力を高める理想的な状態。

 自分の全てを賭けた試合前に、この振る舞いができるのはアンネの強みだ。


「アンネ、完全なアウェイだから、覚悟しておけよ」


 そう、ここは王家のお膝元。

 俺たちの世話をしてくれた使用人すらも、行動の端々にアンネに対する敵意を感じた。

 罪人の娘という咎はここでもアンネを苛む。


「もう、慣れたわ。それに、ソージとクーナが隣に居てくれるなら、外野のことは気にならない」


 そう言ってアンネは微笑む。彼女も随分とたくましくなったものだ。


「……ねえ、クーナ。少しだけソージと二人で話をしたいの。いいかしら?」


 アンネに問いかけられたクーナは、少し呆けた顔をしてから微笑する。


「いいですよ。では、ソージくん。私は先に貴賓席のほうに向かいますね」


 そう言うなり、クーナが立ち去っていく。去り際に小声で、アンネ頑張れと言ったのが聞こえた。

 部屋に残ったのは俺とアンネの二人きり。

 俺は、少し心音が早くなっていた。アンネの雰囲気がそうさせたのだ。

 アンネが、はにかみながら、ごほんっとわざとらしく咳をしてから口を開いた。


「ソージ、今までありがとう。ソージが居たからここまでこれた。もし、ソージが居なかったら、私はここに居ない。クヴァル・ベステが奪われるどころか、自分の命すら守れなかった」

「どういたしまして。可愛い弟子を守るのは師匠の努めだ」


 俺がそう返すと、アンネが微笑する。

 そして、頬を上気させて半歩前へ進む。いつもより少しだけ近い距離。


「ソージにもらってばかりの私だけど、いつかソージに背中を任せられる私になりたい。……今はまだ力不足だけど、今日、ここで勝って、クヴァル・ベステの担い手と認められれば、自分の殻を一つ破れる気がするの」


 アンネの目には確信があった。彼女の自信は間違っていない。

 俺の教えを身につけ、クヴァル・ベステの力を引き出した彼女は、すごい勢いで成長している。


「勝てよアンネ」

「もちろんよ。私はソージ以外の誰にも負けない。負けたくない。……だから、見ていてね。ソージが見てくれるなら、絶対に勝つから」

「観客席で応援している。がんばれ」

「ええ」


 アンネが頷く。もうすぐ決闘の時間だ。これ以上長居はできないだろう。


「そろそろ俺は行くよ」


 アンネに背を向けて歩き出す。


「ソージ!」


 アンネはいつもより大きな声で俺を呼んだ。振り返る。

 アンネがすぐそこまで来ていた。そして俺の首の後ろに手を回して、精一杯つま先立ちをして唇を押し付けてきた。

 唇が触れるだけのキス。

 十秒ぐらいそうしていただろうか、アンネは頬を紅潮させ、見惚れるぐらい綺麗な笑顔で口を開く。


「これが私のファーストキス。大好きよ、ソージ」


 そして、アンネは駆け足で試合会場のほうに向かっていった。

 俺は、唇を押さえて。アンネが消えたほうをじっと見ていた。


 ◇


 しばらく呆然と待合室で立ち尽くしたあと、貴賓席のほうに移動する。

 決闘がよく見える最高の席だ。

 この貴賓席が用意されたのは王の指示によるものだ。

 俺が部屋に入った瞬間、周囲の貴族たちの下卑た視線が突き刺さり、ヒソヒソ声があたりに響いた。

 指定された席に座り、隣に座っているクーナに声をかける。


「予想以上に人気があるみたいだね」

「ですね。こんなにたくさんの人が居るとは思いませんでした」


 なにせ、貴賓席は満杯、本来は死んでも一般人と一緒なんて嫌だっていう貴族連中ですら、一般席に紛れ込んで観戦している。

 貴族だけではなく、一般人にも人気があるようで立ち見が発生し、それでも客を収容しきれていないようだ。


「ソージくん、念のために聞きますけど、また賭けなんてしてないですよね?」

「しているに決まっているじゃないか。アンネに全財産賭けたよ」

「気が多いし、ギャンブル中毒、……救いようがないです」

「……クーナ、アンネが全てを賭けて試合に挑むんだ。俺も全てを賭けるべきだろ?」

「しかも、言い訳にアンネを利用した」


 クーナがジト目で見てくる。

 俺は口笛を吹いて気づかない振りをした。

 しばらく黙っていると、クーナがもじもじとしだし、遠慮がちな目で俺を見る。


「あの、ソージくん。二人っきりのとき、アンネが何か」


 クーナの言葉の途中だった。一気に観客席が騒がしくなる。


「アンネが出てきたぞ」


 決闘場を見ると四角い石造りのリングにアンネが出てきていた。

 一斉に響き渡る罵声。

 ”裏切り者”、”逆賊”、”恥知らず”、”淫売”。聞くに耐えない言葉があふれる。

 俺は、そんな中、必死にアンネにエールを送る。


「クーナ、なんだっけ?」

「いえ、なんでもないです」


 クーナが苦笑して視線をアンネのほうに向ける。そして、がんばれーっと叫んだ。アンネがこちらに気付いて手を振ってくる。


「隣、失礼するよ」


 二人でアンネを見守っていると隣に恰幅のいい男が座ってきた。


「陛下、いいのでしょうか? 私などの隣に来られるなんて」


 そう、王、その人だ。

 周りの貴族も、王の世話役も不機嫌そうな表情を浮かべてこちらを見た。


「いいよ。もともと僕は才能のある若者が好きと触れ回っているからね。ランク1でクラネル・フェイラーテに勝った君を気に入っても不自然じゃない」


 王は微笑みかけてくる。

 周囲の風の動きが変だ。なるほど、使用人たちが音を漏れないように魔術で制御しているのか。


「……単刀直入に聞きます。あなたはここに世間話をしにきたのではないでしょう?」

「これは手厳しい。僕はね。君にお礼をしに来たんだ。”アンネ”を支えてくれてありがとう」


 王は優しげな口調で語りかけてくる。

 さすがに人目があって頭を下げたりはしない。

 それにしても驚いた。随分と自然に、アンネロッタではなくアンネと口に出した。よほど言い慣れてないとこうはならない。


「あの子は僕にとって、娘のようなものだ。本当なら、何に替えても守ってやりたかった」


 王の拳が震えている。

 王であっても、いや、王であるからこそ、動けなかったのだろう。

 だが、釈然としないものはある。不快感が胸にこみ上げてくる。


「私は、手を差し伸べただけです。戦って勝ち取ったのはアンネだ」

「……だが、君がいたから、アンネは立ち上がれた。そして、君が支え続けてくれたからここまで成長できた。いずれ、何かしらの形で報奨を出そう」


 その言葉で、俺の中の何かが弾けた。

 相手がこの国の王だというのに、声が荒くなる。


「バカにしないでください陛下。俺たちは、俺たちの夢のために戦っている。報奨を出すだと!? 陛下が罪悪感を拭うために利用しないでいただきたい。そんなことで、あなたの罪は消えない。そんなことで満足されては困る。あなたは、一生罪に苦しむべきだ」


 俺は、絞りだすような声で吐き捨てる。


「君は、知っているのか?」


 主語を抜かして、あえてあいまいな聞き方を王はしてきた。


「それを私に聞きますか?」

「いや、すまない。忘れてくれ」


 俺が知っていると言った瞬間、王は俺を処罰しないといけなくなる。

 この質問は、死刑宣告と一緒だ。


「だが、礼だけは受け取って欲しい。アンネを助けた君への感謝は僕の心からのものだ」

「……確かに。気持ちだけは受け取りました。余計なことは持ち込まず、今はただ、アンネの戦いを見守りましょう。陛下が、かつておっしゃられた輝きのある若者が好きだという言葉が本当なら、最高のものが見えると思いますよ。そう、アンネの輝きを」


 俺はにこやかな笑みを浮かべた。

 そして、風の精霊に働きかけアンネの動きと声を拾い始めた。

 師匠として少しでも彼女の動きを身近に感じておきたい。

次回、第二章。最終回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ