第五話:酒場
無事、金を稼ぎ封印都市に入った俺たちは腹ごしらえをしようと酒場に入っていた。
「それでは、さきほどのお金を山分けにしましょう。すごいですね。さすが封印都市。お金持ちがたくさんいます。おひねりだけで二十五万バルですよ♪」
クーナが上機嫌に、札束と硬貨を二つに分ける。
一つは、二万五千バル。もう一つは十二万五千バルだ。
「これがソージくんのぶんです」
そして十二万五千バルのほうを俺に渡してきた。
おそらく、入場料で自分のために払った十万バルがクーナの山からはひかれているのだろう。
「いや、いいよ。俺は手伝っただけだし、そもそもあれはクーナの邪魔をした償いだ」
「それは別に関係ありません。二人で稼いだお金だから山分けです」
「俺はクーナの歌を特等席で聞けたから、それだけでこのお金分の価値はあった。今、クーナは一文無しだろう? 大事にとっておきなよ」
「だけど……」
「俺はクーナの歌を聞くために演奏したんだ。それに、俺だけはよっこらふぉっくすって可愛い踊りまで見れた。その上お金をもらうわけにはいかない」
「本当にいいんですね?」
「うん、クーナの歌と踊りにはそれだけの価値があった」
「ソージくんっていい人ですね。エルシエ……私の居た国の外の人はみんな怖い人だって思っていましたけど、そうじゃないって知れてうれしいです。ありがとうソージくん」
クーナが俺の手をとり感謝の気持ちを伝えてきた。
すぐに恥ずかしくなったのか、ぱっと手を離して必要以上に距離をとる。
「それはそれとして、ふんふんふん、久しぶりのご馳走です♪」
照れ隠しで鼻歌を歌いながら山のようにつまれた料理に手をつける。
もし俺が金を受け取っていれば、所持金を今日の料理で全て使い切るぐらいの量だ。
「クーナ、贅沢しすぎだろう」
「いいんです。たまの贅沢なんですから。家出してから一か月、こんなのばっかり食べてましたからね」
クーナは自分の鞄の中から固そうな干し肉を取り出した。
「まさかとは思うが、家出してからここまで家から持ち出した保存食だけで過ごして来たっていうのか?」
「そんなわけないじゃないですか、自分で山に入って獲物を狩って、血抜きをして、火の魔術で乾燥させて作ったに決まっていますよ。あとは、こんなのも食べてますね」
そして追加で広げられたのは山菜。
さまざまな種類があり、どれも食べて問題がない山菜だ。生だったり、乾燥させたり色々と混じってある。
「クーナはお嬢様なのに、いやに生活力があるな」
「父様にサバイバル技術は仕込まれましたからね。あの人めちゃくちゃなんですよ! 九歳のとき、眠っている間に見たこともない雪山に運ばれて、目を覚ましたら、『一か月後に迎えにくる。俺の教えたことが身についていたら生き延びれるはずだ』って!! 放り出されたんですよ。あのときは百回ぐらい死を覚悟しました」
「……容赦ないな。クーナのお父さん」
クーナはよほど、そのときのことを怒っているのか、身を乗り出して大声を出す。でも、その声音はどこか楽しそうだった。
「他にも、たくさんひどい話はあるんですよ。抵抗をつけるためって毎日食事に毒盛るし、挌闘訓練なんて虐待だし、魔術の訓練なんて拷問ですよ!」
文句ばかりだが、不思議とクーナからお父さん大好きっていう気持ちが伝わって微笑ましくなる。
クーナの父親の話を俺は、たまに相槌を打ちながら聞いていた。
「はあ、はあ、はあ、っという訳でひどい人なんです。あれ、ソージくん。さっき私のことお嬢様て言いいましたよね。私、そんなこといいましたっけ?」
「ああ、酒場に来る前にね」
しまった。これは今のクーナには聞いたことがない話だ。
「そうでした? まあ、いいです。言わなくても、この溢れ出る気品とか、そういうので伝わっていましたから」
「どっちかっていうと、クーナは親しみやすい雰囲気だと思うよ」
「そうですか? まあ、どっちでもいいです」
そう言いながら、気品漂うお嬢様は串に刺さった魚をナイフとフォークでばらしたりせず、串の両端をもってかぶりつく。
「そう言えば、耳は隠すんだな」
クーナは商人たちと別れたあと、歌を披露する前には、帽子を被って耳を隠して、尻尾はスカートの中にしまい込んだ。
「火狐はお金になりますからね。見せる必要がないときは隠しておかないと長生きできません。死んでもお金になりますし。特に、この街は私が勝てない化け物がたくさんいると言う話ですから慎重にいかないと」
「確かにな、世界で一番、強い人間が集まる街だ」
封印都市エリン。
ここの作りは異常だ。城壁が堅牢すぎる。そして中から絶対に開かないようにもできる。
それはなぜか、この街に魔物を閉じ込めるためだ。
この街の目的は、本来世界中に湧き出る魔物を、この街に全て集め閉じ込めること。
そのために作られたのが地下迷宮で、万が一地下迷宮から魔物が漏れ出たときに、この街から外には出ないようにしている。
「俺は、ここの地下迷宮目当てで来た。クーナはどうしてここに?」
「一緒ですよ。私も地下迷宮が目当てです。武力が平和的にお金になるのはここぐらいしかないです。私は兄様や姉様たちと違って、戦うことと、歌以外とりえがないですし」
クーナは握りこぶしを作って、ぼそっと呟いた。
「クーナって兄姉がいたんだ」
「ええ、私、よくお姉さんに間違えられるのですが、実は五人兄妹の末っ子です。それも他の皆がだいたい同じぐらいに産まれたのに、一人だけ十年以上あとに産まれたので、ものすごく兄姉には甘やかされて育ったんです」
「兄姉が好きなんだ」
「ええ、兄様も、三人の姉様も大好きです。でも、父様は嫌いです」
「それだけ厳しくしつけられたら嫌いにもなるよね」
「それはいいんです。私の立場上、必要なことだって理解していましたし、他の兄妹もみんな辿って来た道です。でも、私が許せないのは、勝手に婚約者を用意したことです。それも別の国にいる人。それも私に嫁げって、エルシエから出て行けって言うんですよ!」
「クーナのお父さんも、自分なりにクーナの幸せを考えてのことだったんじゃないかな?」
……ああ、クーナのお父さんはクーナに迫っている危機をわかっていたんだ。それなのに、クーナが家出したから、おかしなことになった。かつてのクーナの辿って来た悲劇の疑問が少しだけ晴れる。
「そうかもしれないですけど。でも、嫌だったんです。道具にされたみたいで。だから、私、そんなに出て行って欲しいなら出て行ってやる。でも、父様の道具になんてならないぞって家出しました。でも、それだけじゃ足りなくて、父様がお願いだから戻って来てほしいって言うような、すごい人になるって決めたんです」
「だから、ここか。世界で唯一、大量の魔物と戦う機会がある街」
「はい。ここで魔物を倒して魔石をゲットして、もっと強くなるんです!」
「だいたい、俺と一緒だね。でも、そもそもどうしてこの街にだけ魔物が湧くか知っているか?」
「もちろん、知っています。この地下迷宮に安置されているエルナ集積装置のおかげですよね」
「そう、大魔導士シリルが作った世紀の発明だ」
世界でこの街だけにモンスターが存在するわけ。
それは、この街の中心に位置する地下迷宮にある。
そもそもモンスターとは、魔術の反動で産まれるマイナスのエネルギー……通称エルナ。それが人間の感情・恐怖によって指向性を与えられて具現化したものだ。
魔物はエルナがあればどこでも出現する。事実三十年前まではどこにでも現れた。それこそ、ある日、家の中に突然魔物が現れるということまでありえた。
だが、三十年前、エルフの大魔導士、シリルがとある発明をした。エルナを一か所に集める魔道具だ。それで世界中に溢れていたエルナを集めることで、その装置の周辺以外には魔物が出なくなった。
……もっともごくまれに集めきれなかったエルナがどこかで魔物に変わるという事例もある。
装置の設置場所は世界に八か所。この街のものが最大規模で、残りの七つはサブだ。
「別に、シリルなんて大した人じゃないです」
「大した人だよ。地下迷宮も、あの人が作ったものじゃないか」
エルナを集め続ける装置、その周辺にはそれはもう恐ろしい勢いで魔物が湧き続ける。それも、強力な魔物ばかり。
だから、それを閉じ込めるために地下迷宮を作った。
それも生きた迷宮だ。不可能と言われたエルナの利用を部分的とはいえ可能にした奇跡の技。エルナを消費し、地下へ地下へと階層を増やしつつ迷宮は複雑になっていく。その迷宮は魔物が住みやすい形に変わる上に、複雑な構造で、魔物が外へ出ようと思ってもなかなか出られない。
「シリルのことは知っていますよ。エルナ集積装置のことも、迷宮のことも。それこそ嫌になるぐらい」
「そうなんだ。博識なんだね。こういう話を知っているか? 今では地下迷宮の最下層は六十階層になっていると言われているらしいぞ」
そして、この地下迷宮のいいところは、エルナ集積装置に近ければ近いほどエルナの濃度が高まり、魔物が強くなる。逆説的に言えば、上層ほどエルナの濃度が薄く、弱い魔物が出現する。
弱い魔物は、人々によって魔石を得るための最適の獲物になるし、そいつらを狩ることでエルナの総量も減る。一石二鳥の構造だ。
「でも、問題点もありますよ。今、この封印都市に集まっている人たちがどれだけ頑張って上層の弱い魔物を狩っても、全然エルナの増加に消費が追いつかなくて、どんどん、エルナが溜まっていくし、下層のほうだと誰も倒せないぐらい強い魔物が産まれているって話じゃないですか」
「そうだね。だから、今必死になって地下迷宮の攻略者を国が集めているんだ」
クーナの言うとおり、今は地下迷宮の飽和が見えてきている。
地下迷宮から抜け出して外に出て来る魔物も増えて来たし、本来下層に居るはずの強力な魔物が上層に出て来る例もある。
上層の弱い魔物をちまちま倒すのではなく、下層の強力な魔物を倒す必要がある。そうしないといけないところまで地下迷宮は限界に近づいている。
「だからこそお金になるんですけど。気が乗らないですけど、どんどん魔物を倒さないと世界に魔物が溢れちゃいますから。私みたいな優秀な人が迷宮に挑戦しないといけません。そのために国が支援してくれているわけです」
「その通りだ。でも、クーナは知らないかもしれないけど、地下迷宮に入るのあれ、免許がいるんだ」
「なんですと!」
クーナが身を乗り出して驚く。
いろいろと残念な子だ。下調べが足りない。
「どうやってその免許をとればいいんですか!」
「普通にやれば、今申し込みが殺到しているから、順番待ちで来年に試験を受ければラッキーってところだね」
「そんな。一年も待てないです」
クーナががっくりと肩を落とす。今は帽子に隠れて見えないがキツネ耳がぺたんと倒れて居るだろう。
「落ち込むのはまだ早いよ。俺は普通にやればと言った」
「普通じゃない方法があるんですか!」
「もちろん、ただし。三日後に、十六才以下、ランク1以下、その条件にあてはまる人だけに与えられるチャンスだ」
「私は全部OKです。是非、教えてください!」
「うん、そのために俺はこの街に来たんだけどね。三日後、この街の学校、ヴェルグランデ騎士学校の入学試験がある。あそこは強い騎士を育てることを目標にしている学校でね、生徒にはもれなく地下迷宮に入る資格をもらえる。最近までは貴族しか入れなかったけど、今は一般枠が用意されてるんだ」
「それは、すごいですっ! でも、学校なんて、通うお金がないです……」
「その心配もいらないよ。この街は今、少しでも多くの魔物を倒すために優秀な若者の発掘のために支援をしているんだ。一般枠の入学者のうち成績上位三名については、特待生で入学費、三食付の寮費、授業料全額無料で、教材もただで支給される」
「なんですかその超VIP待遇!」
「驚くのはまだ早い。卒業時にランク3に到達していれば、名誉貴族になることができる」
そう、それこそが俺の目的だ。
貴族という身分は何かと便利だ。名誉貴族なので領地を治める必要もなく、義務が少ないのもポイントが高い。
だが、卒業時ランク3というのはかなりハードルが高い。五年に一人ぐらいしか、この制度を利用できる生徒は現れないと聞く。
「すごい! 受けます。絶対受けます」
「受けるのはいいけど、実技の他に座学もあるけど大丈夫?」
「ざっ、座学!?」
「結構、マニアックな問題出るよ。クーナが居た国の教育水準はわからないけど専用の勉強をしないと無理だね」
クーナが再び崩れ落ちる。
だが、数秒で立ち上がった。
そして、財布の中に手を突っ込み、所持金全部を俺に握らせる。
「クーナ、演奏の分け前は断ったけど」
「いえ、これは別のお金です。私の有り金全部で、三日間、私の家庭教師をお願いします」
「三日で何ができる?」
「私なら三日で十分です」
クーナが即答する。たしかに彼女ならそうだろう。俺の知っている彼女なら三日もあれば大丈夫だ。
「わかった引き受けよう。この金はもらう」
「はい、お願いします」
俺はクーナと握手をした。
「ところでクーナ」
「はい、なんでしょう」
「クーナは店に入る時にワリカンって言ったよね。でも、全財産俺に払ったクーナは一文なし」
「えっと、その、お金を貸してくれれば、うれしいかな、なんて」
「ここは俺が奢るよ。これでクーナには貸し一つだ。利子をつけて返してもらうから、覚悟をしとけよ」
俺がそう言った瞬間、クーナは顔を赤くして自分の体を抱きしめ、距離をとって口を開く。
「まっ、まさか体で払わせる気ですか!? 兄様、母様、やっぱり外の世界は怖いです。こんな鬼畜に汚されるクーナをお許しください……」
「だれが、そこまでするって言った!」
「えっ、しないんですか?」
「しないよ。未来の同級生相手にそんなことができるか! まずは宿をとる。受験までは徹夜だから二人で一部屋でいいな」
「その、乙女としては別の部屋を希望します」
「クーナ。君は文無しで、三日間勉強する以外の時間がないから稼ぐ時間もない。君の宿代は俺が出すことになるけど、それを承知で高い別室を希望しているのかな」
「……ごめんなさい。二人一部屋でお願いします。でも、一つだけ言わせてください。体を自由に出来ても、心まで自由に出来ると思うないでくださいね」
「あんまりからかうと、本気にするよ」
俺は苦笑する。
クーナはきっと、俺がそういうことはしないと気が付いてからかっている。
これで、何はともあれしばらくクーナと行動できる。
このまま問題なく進めば、学校に入ってからも共に迷宮に挑むぐらいの関係は築けるだろう。