第二十七話:満身創痍
「私が、ランク2?」
アンネが信じられないと言った表情で、自分の手のひらを見つめていた。
その気持はわかる。俺もはじめてランクがあがったときは舞い上がったものだ。
「そうだよ。アンネはランク2になった。やっと、アンネの努力が実ったね」
「嬉しい……どうして私が最初だったのかしら」
「俺たちの中で一番、力を求める気持ちが強かったからだよ」
そう、最後の一撃。あの瞬間のアンネのプレッシャーは相当のものだったはずだ。あそこでアンネがクヴァル・ベステの力を引き出せなければ、俺達は三人とも死んでいた。
アンネがランク2になっただけではなくクヴァル・ベステに認められたのは非常に喜ばしい。
今回のように一歩間違えれば死んでしまうような限界まで追い詰められることは本来歓迎するべきことではない。
だが、怪我の功名ではあった。
「これで、クラネルとの決闘にも希望が見えたな」
俺はにこりと微笑む。
俺の見立てではアンネの剣の腕は既にクラネルを追い越している。そんなアンネがランク2になり、【暴食】の能力で加護を貫くクヴァル・ベステの力を引き出せるようになった。かなり有利に戦えるだろう。
「でも、私だけがランク2なんてソージとクーナに少し悪い気がするわ」
「そんなことを気にする必要はないさ。今は素直に喜べ。心配しなくても俺とクーナもすぐにランク2になって追いつく」
今回の死闘で俺とクーナも器がかなりランク2に近づいたのは間違いない。
全員が限界以上の力を出したからこその勝利だ。
俺とクーナも少し時間が経てば余剰分の【格】が馴染んできて自然とランク2へとなれるだろう。
「さて、後片付けをしないとね。アンネは休んでいて」
「何をする気かしら?」
「せっかくこれだけ苦労してバケモノを倒したんだ。もらうものはもらわないと」
俺は最後の力を振り絞ってティラノの死骸に近づき魔石を回収する。
ランク2でも、最上位に近い魔石だ。これは食いでがある。
そして、ティラノの背中にある、逆鱗も回収する。
ティラノの体表には一つだけ、逆さになった鱗があり、それはティラノが魔術を制御するための要だった。故に純粋な硬度が優れている他にも、魔力的な作用も期待できる。これを材料にすれば素晴らしい装備が作れるだろう。
このティラノは素晴らしい。俺たちの攻撃をことごとく弾き返した防御力は当然として、あの機動性を可能にしたのは純粋な身体能力だけではなく、驚異的な軽さも大きな要因だ。硬さと軽さを兼ね備えている。これほどの素材はなかなか手に入らない。
「ソージ、随分とご機嫌ね」
アンネが上機嫌にティラノの素材を剥ぎ取っていく俺を見て、少し呆れた声をあげる。
「俺は鍛冶師でもあるからね。これだけの素材を見ると機嫌もよくなるよ。だけど、ほとんど置いていくしかないだろうな」
逆鱗以外にもティラノの素材はできる限り回収したいが、いかんせんサイズが大きすぎる。俺達のもてる荷物量には限界がある。
牙と鱗の状態のいいもの、さらに加工しやすい皮を厳選して鞄に放り込んだ。
さて、問題はこのあとだ。
「どうやって帰ろうか?」
俺は苦笑しながらアンネに問いかける。
ティラノと戦った俺達は満身創痍。この状態で地上を目指さないといけない。
「……難しいわね。クーナは気絶したままだし、ソージも限界のはず。私はまだ加護はあるけど、さっきからうまく魔力を練れないの」
「だろうね。【魔力限定解除】の副作用だ」
限界を超えた魔力を引き出す【魔力限定解除】は、強制的に全魔力を放出するうえに、魔力回路を痛めてしまう。
アンネとクーナは、十日程度は、魔力の回復量が激減する上に、魔術の制御にも悪影響がでる。
つまり、クーナとアンネはしばらくの間は魔術が使えない。
そして、俺は瘴気を纏う【紋章外装】で加護を使い切り、【銀龍の咆哮】で魔力の大半を使用している。
まともに戦えない上に、眠気がひどい。
気力だけで立っている状態だ。
だが、状況は待ってくれない。次の行動を決断しないといけない。
「……しばらく、この階層で休もう」
「ここで!? 危険じゃないの?」
地下六階の魔物は通常でも苦労する魔物が多い。
アンネが驚くのも無理はないだろう。
「危険だよ。だけど、地下五階にあがるためには、瓦礫の山をどかさないといけない。今の俺達じゃ無理だ」
あれを魔術なしでどけるのは厳しい。アンネとクーナは加護が残っている分、身体能力が強化されているとはいえ、魔力による身体能力強化が上乗せできないのはいたい。
時間をかければできるが、それで体力を使い果たしたところを魔物に狙われるのはまずい。
「それにね、フロアの全瘴気を使ってティラノが生まれた。逆に言えば、ここは瘴気がすっからかんなんだ。俺の見立てでは、あと半日は魔物がわかないだろう」
「なるほど、それなら変に動くより安全ね」
「五階への入り口に留まって、体を休めつつ、下の階層から高ランクの探索者が通りがかってくれるのを待つのが最善かな」
アンネが頷く。
単独で戻れないなら、助力を求めるしかない。誠意をもって交渉し、それなりの報酬を提示すれば引き受けてくれるだろう。
「方針が決まったし、休む準備をしないとね」
俺は倒れているクーナを拾い上げ、お姫様抱っこで運ぶ。
クーナの天使のように無垢な寝顔を見ていると、イタズラしたくなってしまう。
バックの中から寝袋を取り出してクーナを寝かしつけ、適当な布を使って、三人が入れるだけの日除けをつくり、迷宮の壁に体重を預ける。
「アンネもこっちに来て体を休めてくれ。魔物が湧いた時はアンネだけが頼りだから、そのつもりで居てくれ」
「わかったわ。いつも助けてもらっている分、今は私が二人を守らないと」
アンネには加護が残っているので身体能力は落ちていない。魔術に頼らなくても彼女には剣技がある。万全とは言わないまでもなんとか戦えるだろう。
アンネが俺の隣に座り周囲への警戒を強める。
「アンネ警戒しすぎだ。それだと神経が持たないよ。俺は少し眠る。アンネも眠っていい。太もものミスリルリングに残した最後の予備魔力で監視の魔術を使っているから、何かあったら俺が気づいてアンネを叩き起こす。体を休めるのも仕事だ」
俺は薄く目をとじる。
意識の一部を起こした軽い眠り。
こういった、休みつつ周囲を警戒する技術は地下迷宮の探索を含めた野営では必須のスキルだ。
「私は、ちょっと気が高ぶって眠れないから、もう少ししたら眠るわ。お休みソージ」
俺はアンネの声に頷いて眠りについた。
さて、運良く高ランクの探索者が通りがかるのが先か、瘴気が満ちて地下六階の平常運転がはじまるのが先か。
まだ、俺たちの危機は続く。




