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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第二章:魔剣の担い手
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第二十六話:魔剣の担い手

累計にランクインしました! 皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございました!

「私がアタッカーになります。アンネはサポートを」


 クーナはそう言うなり、ワンピースを脱ぎすてる。

 そう、彼女が本気で戦えば普通の服は燃え尽きてしまうのだ。

 彼女の魅力的な下着姿を堪能しようと目を凝らす。

 しかし……。


「インナーを着ているだと!?」


 クーナは非常に残念なことに俺がイノシシの化け物で作ったインナーを着たままだった。

 あれはかなり耐火性が高いので、工夫をすれば燃やさずに済むだろう。


 クーナのインナーは彼女のリクエストに応えて、両腕と背中の部分が露出するように改造している。彼女の話では本気を出した際、そこだけは、耐火性の高いイノシシのインナーでも一瞬で燃え尽きてしまうらしい。


「ソージくん、私の本気を見せます。今回だけは……刀を使います。私は友達と、意地を天秤にかけたりしない。父様、力を借ります」


 クーナの手には二本の短刀があった。

 美しい朱金の刃……その刀身を見て、魂が吸い込まれるかと思った。

 あれは、アンネのクヴァル・ベステにも匹敵するほどの刀だ。


 クーナが二刀を構えたのを見た瞬間、クーナに欠けていた何かが埋まった気がした。短刀がなかったのが、不自然だったと思わせるほどの一体感。


「【煉獄】!」


 クーナが全力で炎を呼ぶ。

 火狐の炎適性。

 何者かによって意図的に潰されていたクーナの回路を俺が治療したこと。

 【魔力限定解除】による魔力の増加。

 その三つの効果により、生み出された炎の量は、ランク3の魔術師の全力をも凌駕する。


 その炎を短刀の刃が全て吸収した。

 ありえない。あれほどの力、おそらくクーナでも制御し切れないはずだ。

 それを可能にしたのは純然たる、短刀自身の性能。


「【爆炎舞踏】」


 クーナが飛ぶ。その背中で小さな爆発が起き、クーナの体を吹き飛ばす。

 クーナは小規模な爆発で加速し、尻尾を使い重心と空気抵抗を調整をすることで、あのティラノをも上回るスピードを発揮し自在に跳ぶ。


 クーナが背中と両腕部分を露出させた意味がわかった、あれでは一瞬で焼き切れる。それを考えた上での背中の露出。


「ギュア!?」


 あまりのスピードにティラノはクーナを見失う。これだけ離れている俺でも、油断すれば一瞬で見失ってしまいそうだ。


「震えろ、紅空!」


 クーナは死角から背後に周り、二刀を使った十字斬りを見舞う。

 ティラノの瘴気で強化された皮膚はランク1程度では傷つけられないはずだった。

 だが、短刀はあっさりと切り裂く。


 クーナが炎を込めたことによる、超高熱及び、炎をエネルギーとした超振動による分子結合崩壊がそれを可能にした。

 恐ろしいのは、クーナが行ったのは炎を注入しただけ、あとは全て短刀のギミックだということだ。この剣の製作者は神話級の鍛冶師だ。


「グガアアァッァ」


 ティラノが苦しんでいる。短刀は切った傷を完全に炭化させている。

 あれは切り傷ではなく、肉の欠損。回復に使う瘴気量は段違いに高い。

 だが、ティラノを切るために相当量の炎を消費したようだ。熱量が落ちている。次は切れないだろう。

 クーナは、斬りつけたあとさらに一歩前に踏み出して諸手突き。

 力を一点集中させる突きであれば、まだ有効打を放つことができる。


「【炎刃開放】!!」


 そして、刀に溜め込んだ全熱量を注ぎ込む。

 最高クラスの炎耐性を持つティラノの肉を炭化させ、直径二十センチほど肉が抉れ、傷跡が炭化する。

 ティラノは怒りにまかせて尻尾を振るうが、それよりも爆発にのって後ろに跳ぶクーナのほうがはやい。


 速やかに攻撃範囲外に離脱し、再び炎を剣に集めた。

 おそらく、あの剣は炎の継ぎ足しができない。炎を再度吸収させるためには、すべてを空にする必要がある。だからこそ、クーナは【炎刃解放】で少なくなった炎を開放しつつダメージを与えたのだ。

 クーナの息が荒い。


 彼女も無理をしている。あのティラノに有効打を与えるために、自身で制御できないほどの炎を短刀の性能だよりに放出しているが、その負荷は馬鹿にならない。


 おそらく奴に有効なだけの熱量を刀に込めれるのはあと一回だろう。


「グギャァァァァァァァ!!」


 ティラノはクーナだけを敵とみなしてまっすぐに突っ込む。

 クーナは土魔術を起動して、泥沼を作るが、ティラノはあの巨体にも関わらず機敏な動作でサイドステップを踏み泥沼を避けた。

 あいつは、ああ見えて学習能力があるらしい。


 しかし、その着地先にはアンネが居た。

 アンネは貯めに貯めた【斬月】を見舞う。

 しかし……カチンッと硬質な音を立てて、アンネの刃がティラノの皮膚でとまる。

 【魔力限界解放】で魔力を強化しても、それだけでランク2上位の防御を貫くには至らない。

 アンネにはクーナの短刀のような隠し玉がない。気合だけではどうにもならないこともある。


 それでも、アンネは集中を切らさない。ティラノが煩わしげに放った火球をステップで躱し、今度はただの袈裟斬り。当然のように効かない。

 ティラノが尻尾でのなぎ払いをしようとした瞬間、アンネに気を取られていた隙をついて、クーナが肉薄し、有効打を与える。


 そう、アンネははじめからクーナのサポートに徹してるのだ。けして深追いをせず、確実に当てれるときだけあてる。そうすることでクーナの負担を減らす。

 クーナ一人では、ティラノを足止めし切れない。


 一見無駄に見えるアンネのあがきが、このギリギリの戦いを支えている。

 いや、少しだけアンネに変化が起こってきた。この命をかけた戦いが、アンネに唯一足りなかった、実戦経験を補っていく。

 そして、クヴァル・ベステの刀身に紅いラインが光る。そうか、ついにクヴァル・ベステがアンネを認めはじめたか。

 わずか、皮一枚だが、ティラノをアンネが傷つけた。彼女は戦いに集中するあまり、それには気づいていない。


 一秒一秒確実に時間が過ぎていく。俺の魔術が完成に向かう。

 今、ちょうど一分がたった。


「もう少しだ。二人とも耐えてくれ」


 俺は祈るようにつぶやく。

 二人共よく頑張っている。俺の期待よりもずっと。

 また、危ない展開だ。アンネが回避しきれないタイミングでのティラノ攻撃が振るわれた、その瞬間クーナが短刀を突き刺し【炎刃開放】を見舞うことで、ティラノを吹き飛ばし救出する。


 クーナが再び、短刀に炎を集中しようとするが、もう、炎は生まれなかった。クーナの魔力が尽きたのだ。


 今、七十秒。俺の魔術はまだ完成していない。

 ティラノが起き上がる。

 今までクーナがつけた傷が完全に癒えていた。


「ギュアッ!!」


 ティラノが急にこちらを見た。

 奴は、俺に向かって敵意を丸出しにする。

 まさか、俺の魔術の危険性に気づいた!?

 奴の瘴気が爆発的に高まる。


 しっかりと大地を踏みしめ首を突き出し、尻尾をまっすぐ伸ばす。

 大きく口をあける。すさまじいまでの熱量が高まっている。


 おそらく、奴の最大最強の攻撃。未だかつてない炎の一撃が俺を襲うだろう。

 確実に俺は躱せない。


 アンネはティラノの異変に気付いて懸命に刃を振るうが、薄皮を切るだけ。

 覚悟を決めたティラノは、自分にダメージを与えられないアンネを完全に無視して俺を殺すことに集中する。


 俺は、ただ全力で魔術を演算し続ける。

 諦めたわけじゃない。もとより、躱すことは不可能。

 そして、クーナとアンネが一分三十秒の間、俺を守ると誓った。なら彼女たちが守ってくれると信じるだけだ。


 クーナが俺の目の前に現れ、仁王立ちする。


「私が止めます。ソージくんは魔術を確実に決めてください。たぶん、これで全ての力を使い切ります。次はありません」

「そのつもりだ」


 俺とクーナは目を合わせ、うなずき、そしてお互いの仕事だけに集中する。

 ついに、ティラノが最強最大の一撃を放つ。


 それは、クーナが見せた炎すらも、軽く凌駕する獄炎球。

 全てを滅ぼす、小型の太陽が向かってくる。

 こんなもの、ランク3の冒険者でも一瞬で灰になってしまう。


 どう考えてもランク1では太刀打ちできない一撃。

 だが、クーナが出来ると言ったのだ。

 なら、必ず彼女はやり遂げる。

 クーナが短刀を地面に落とし、両手を前に突き出す。


「私に炎なんて……火狐を………」


 獄炎球がクーナの手に触れた。彼女の両腕が焼ける。だが、彼女はまっすぐに獄炎球をにらみ、一気に両腕から、まるで自分の全てを絞りだすように、限界を越えて魔力を引き出し、炎を生み出す。


 それは、獄炎球の熱量に比べたら、ちっぽけな炎。

 しかし、魔術構成を見抜き、脆弱な一点を見つけ、そこにピンポイントかつ一瞬で全ての力を放出することによって魔術構成を崩壊させてみせた。


 つきだした両手を左右に開くと、獄炎球が割れ、その炎がクーナの両手にまとわりつく。

 それだけでは終わらない。彼女は舞うように一回転し両手を頭上で合わせる。

 そして……


「舐めるな!!」


 オーバスローのように炎を投げつけた。

 クーナは魔術式を破壊し拡散させた力を支配し、束ね跳ね返した。

 ティラノが獄炎に包まれる。


「ギュァァ、ギュアアアアアアア」


 さすがに、自身が全力で放った炎だ。ティラノと言えど耐え切れるものじゃない、全身が焼かれ苦悶の声をあげる。


「ソージくん、あとは、……まかせ、ました」


 全魔力を消費したクーナがその場で倒れて意識を失う。

 限界を振るった力を行使したのだ。こうなっても仕方ない。


「ああ、任された。ここからは俺の出番だ」


 永遠とも思える演算が終わり、ついに俺の魔術が完成した。

 祈るように胸の前で手を組み、それをまっすぐにティラノに向ける。

 そして……


「【銀龍の咆哮】」


 必殺の魔術を放った。

 いつもと違い、失敗時に自分を守る防御用の魔術は展開していない。そんな余裕はなかった。


 ここで失敗すれば全てが終わる。

 周囲のマナが急速に集まってくる。


 ここまでは順調。そして、俺はマナを握りつぶす。

 マナの保有する全ての力が放出され暴れはじめた。

 これを束ね、指向性を持たせることで【銀龍の咆哮】は完成する。

 だが……


「くっ」


 制御が定まらない。マナを抑えようとする術式が今にもはじけ飛びそうだ。

 俺は必死に、術式の制御を行う。

 ここで失敗したら、クーナとアンネ、二人の頑張りが全て無駄になる。

 理論は、あっているはずなのに、術式は完璧なはずなのに、あと一歩、ほんのすこしが足りない。

 耐えろ、耐えろ、耐えろ、だめだ魔術が崩壊す……


「……開放、我が魂」


 魔術が崩れると思った瞬間、不思議と口から言葉が発せられた。そのフレーズが妙に懐かしく思える。


 もやが晴れるように、頭が急にすっきりする。

 そして、頭にコツが浮かぶ、絶妙の力加減、タイミング。そういった、経験のみによって裏付けされるものが次々と浮かんだ。

 そうだ、マナの崩壊現象はこう使うんだ。


 さきほどまでの苦労が嘘のように、【銀龍の咆哮】の制御できた。

 そして、マナの崩壊現象で発生した力を全てティラノ向かって放つ。


 黒い光が一直線に走る。


「いっけええええええ!!」


 マナの崩壊によって発生した力は全てを消滅させる。

 昔、魔術の練習をした際、地面にクレーターをつくるほどの事故を起こしてクーナたちが地面の揺れに気づかなかったのはそれが原因だ。

 一瞬で消滅させる。それ故に振動なんて起きようがない。この黒い光が通ったあとは全てがなかったことになる。


 だからこそ、これの防御用に俺が用意したのは魔力に反応して反発し爆発する魔術。黒い光に触れるまえに、自身を吹き飛ばし、黒い光から逃れるためのものだ。


 あのときはその爆風でダメージを受けたのだ。もし、黒い光に触れていたら、存在の一欠片も残さず消滅していた。


「ギャッ」


 一瞬だった。

 黒い光が通りすぎた瞬間。ティラノの胸から下が消滅する。

 ごとりと、ティラノの体の残りが地面に落ちる。

 俺はその場で膝をついた。

 ほぼ、全魔力を使用した一撃。もう、動けない。


「ギャッ、ギャギャ、ギャギャ、ギャ」


 俺は凍りつく、ニョキニョキと、胸から下にティラノの肉が盛り上がっていく。

 バカな!? どんな魔物も体の半分以上が消失すれば、即死のはずだ!?

 この状態から、回復する魔物なんて、聞いたこともない。いったい、これはなんなんだ。


 それだけじゃない奴は地面を喰っている。地下迷宮は瘴気でできてる故に、理論上はわずかながら瘴気の回復が可能だ。……だが、こんなことをする魔物も聞いたことがない。このままでは、奴は回復する。

 止め、止めを刺さないと……だが、体が動かない。

 クーナも気を失っている。

 ティラノに止めを刺せるとすれば、それは…・・


「アンネ!」


 俺は叫んだ。

 この場で動けるのはアンネだけ。

 ティラノの回復は続く、もう腹まで回復している。

 地面を食らうことで瘴気まで回復し続ける。


 おそらく、チャンスは一度だ。瘴気と傷の両方を回復し続ける奴、それを殺せるとしたら今しかない。


 アンネは走る。

 ただ、一心に。

 俺はティラノを視る、奴のまとっている瘴気量と強度を視るに、今までのアンネの【斬月】では足りない。


 もうひとつ上の力が必要だ。

 そして、その力に心当たりがあった。

 そう、少しづつその片鱗を見せていたクヴァル・ベステの力。

 だから、最後のひと押しを……


「アンネは言ったな。その剣も、オークレールも、自分の一部だと、その気持ちが嘘じゃないなら、行動で示せ。クヴァル・ベステはおまえだ! クヴァル・ベステは、共にあるものを望む!」


 そう、クヴァル・ベステが求めるのは、自分と一つになる存在。

 特別視してもダメ、道具として割りきってもダメ。

 己の一部だと、魂の底から認めること。


 アンネにはその素質があった。彼女はクヴァル・ベステと共にあり続けた。自分の存在意義をクヴァル・ベステに求めた。

 アンネという存在は、クヴァル・ベステがあって初めて成立する。

 今まで、その気持ちを邪魔していたのは、自身がふさわしくないという葛藤。それに加え体に合わない違和感のある剣は、一体感を阻害し続けていた。


 だが、アンネはもう自分の全てを受け入れた。そして、流麗な自分の剣を見つけた。ならばできるはずだ。


 アンネが、完全に”入った”。集中の極地。この状況で、彼女は為すべきことを為すために、余計なものを捨てた。

 その瞬間、クヴァル・ベステがアンネを認めた。

 この主は自分と共に歩く者だと。


 剣に赤い筋が血管のように幾筋も走る。クヴァル・ベステの第一段階開放が発動した証拠。


「はぁぁぁぁぁぁ! 【斬月】」


 アンネの袈裟斬りがティラノに頭に吸い込まれる。

 今までアンネが見せた中でもっとも、美麗な一撃。

 その剣はなんの抵抗もなくティラノを切り裂いた。

 剣が通りすぎた後、ティラノの頭が斜めにずれて、上下にわかれる。


「ググウグ、グギャ」


 クヴァル・ベステの力。それは瘴気・加護・魔力を食らう【暴食】。いかなる力もクヴァル・ベステの刃に触れた瞬間、喰らい尽くされる。クヴァル・ベステを受け止めるには、魔力や瘴気に頼らない純粋な硬度か、クヴァル・ベステが喰らう速度を上回る力を展開しないといけない。

 今のティラノはその両方共持ちあわせて居なかった。

 ティラノはもう、ぴくりとも動かない。

 アンネが棒立ちになって、呆けた顔で口を開く。


「ソージ、私、やったの」

「やったよ。俺たちは生き残ったんだ。アンネ、最後の一撃すごかったよ」


 アンネは信じられないといった様子で自身の体を抱きしめ、そしてペタンと女の子座りになった。


「だめ、腰が抜けたわ」

 

 今になって、緊張と恐怖が彼女に襲いかかってきたのだ。

 本当にアンネはよくやってくれた。

 そして……アンネの体が、光に包まれた。

 これは、アンネの存在が一つ上のステージにあがる祝福の光。

 そう、この極限で魂が力を求め【器】を拡大した。そして【器】は過剰に吸収していた【格】を吸収し、次の段階へとアンネを誘う。


「アンネ、ランク2おめでとう」


 俺は笑顔で祝福の言葉を放つ。

 俺たちの中で初めてのランク2の誕生の瞬間だった。



ついに決着です!

長いティラノとの戦いが終了しました。楽しんでいただければ幸いです!


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